第88話 地下の浄化と、名誉の返上
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リフェルナの最下層で暴れていた『水底の蛇』を、命からがら退治したクレアたち。
「名誉保守官」という輝かしい肩書きを背負って挑んだ初めての大きな任務でしたが、泥にまみれ、死線を潜り抜けた五人の心に去来したのは、意外な「答え」でした。
自分たちらしく生きるために。
最弱パーティが下した、あまりにも贅沢な決断をお見守りください!
リフェルナの最下層、暗黒に沈んでいた浄化槽に、ようやく清冽な水の輝きが戻った。
『水底の蛇』の母体が霧散し、汚濁が消え去ったその中心で、五人は肩で息をしながら、領主から預かっていた「青い鍵」をそっと握りしめた。
「……ふぅ。……名誉、……保守官。……あたいには……ちょっと……重すぎたかな……」
カノンが、銀色のブーツの踵を鳴らし、湿った床に力なく座り込んだ。
『一秒間の虚空静止』。自分自身がその場に一秒間「居座る」ことで敵の猛攻をスカし続けた彼女の背中では、小さく飛べない羽が、安堵感からか力なく垂れ下がっている。
街を守るという公的な義務感は、自由を愛する彼女にとって、想像以上に心を磨り減らしていた。
「論理的に見て、……これ以上の……公務継続は……不可能です。……魔導ブースターの……残余魔力、……一パーセント以下。……私の頭脳も、……オーバーヒート寸前ですね」
セインが泥に汚れた眼鏡を外し、目頭を押さえた。
環境解析という精密作業。名誉保守官としての責任を果たすために、彼女はかつてないほど自分の限界を削り取っていた。
「……お腹、……空いた。……蛇、……食べられない。……泥、……不味い。……お肉、……食べたい。……自由な、……お肉」
ミルが、『もう壊さない杖』を杖代わりにして、よろよろと歩き出す。
かつては魔力を込めすぎて杖を粉砕していた彼女も、今は精密な魔力制御で敵の急所を凍りつかせ、見事に仲間を援護しきった。
だが、その瞳に宿っているのは、英雄としての誇りではなく、ただ「いつもの生活」への渇望だった。
「えへへ、よくやったよ、みんな! あたいも、パチンコの弾が尽きちゃった。……さあ、地上に戻って、領主様に『鍵』を返してこよう!」
ケットルが、空になった袋を叩き、明るい声を上げた。
ドワーフの可愛い女の子らしい元気な笑顔。
彼女もまた、この地下での戦いを通じて、自分たちが本当に大切にしたいものが何かに気づいたようだった。
数時間後。
リフェルナ領主公邸、再び。
泥と返り血にまみれた戦装束のまま、五人はエルバート公爵の前に立った。
公爵は、返却された青い鍵を愛おしそうに受け取ると、満足げに深く頷いた。
「……見事だ、我が街の誇り、名誉保守官たちよ。……君たちがいたからこそ、リフェルナは救われた。……さあ、これからもその肩書きに恥じぬよう、街の盾として……」
「……申し訳ありません、領主様」
クレアが、公爵の言葉を静かに遮った。
その手に握られていたのは、以前授かったばかりの「名誉保守官の証」である徽章だった。
「……この徽章、……お返しします」
「……なっ……!? 何を言っているのだ!? 名誉保守官の地位を、……自分から捨てるというのか!?」
周囲の家臣たちが、信じられないものを見るような目でざわめき出す。
それは、この街で得られる最高のステータスであり、安泰な未来の象徴だった。
「……私たちは、……自分たちが『名誉』のために戦っているわけじゃないって、……今日、……ようやく分かったんです」
クレアが仲間たちの顔を見回す。
「……あたい、……誰かの下で……義務で動くのは……やっぱり……苦手なんだ。……借金取りから……逃げてた頃の方が、……まだ……自分らしくいられた気がするよ」
カノンが苦笑いしながら告げると、セインもまた静かに続けた。
「……論理的に見て、……私たちは……『最弱』なんです。……街を守るなんて……大層な看板を背負い続けるのは、……効率が悪すぎます。……私たちは、……自分たちの家を守るだけで、……精一杯なんですから」
「……レバーの……食べ歩き、……自由がいい。……公邸の……食事より、……みんなで……囲む……パンが、……いい」
ミルの言葉に、ケットルも「ガハハ! あたいの家は、あたいの腕一本で維持してみせるよ! 誰にも文句は言わせないからね!」と、可愛い笑顔で胸を叩いた。
公爵は呆気にとられたように口を開けていたが、やがて、観念したように豪快に笑い出した。
「……ハッハッハ! 欲のない連中だ。……よかろう、強要はせぬ。名誉保守官の解任を認めよう。……だが、これだけは言っておく。……君たちは、私にとって、……そしてこの街にとって、最高の『友人』だ」
結局、彼女たちが受け取ったのは、今回の依頼に対する成功報酬の金貨と、領主が「友人として」手渡した、最新の設備を搭載した「家」の権利書だけだった。
夕暮れ時のリフェルナ。
夕陽に照らされた運河の側を、五人は自分たちの「普通の家」へと歩き出す。
「……ふふ。……結局、……また明日から……ただの冒険者だね」
「……いいよ。……あたい、……自分の足で……好きなところへ……走れるのが……一番好きだから」
カノンが銀靴を鳴らし、軽やかにステップを踏む。
街を守る重圧から解き放たれ、その羽は先ほどよりもずっと軽く揺れていた。
「……あ、……でも、……お金、……ちょっとある。……今日は、……奮発して、……厚切りレバー、……食べよう。……あ、……あと、……トイレ……。……最新の、……楽しみ」
ミルのマイペースな一言に、全員が顔を見合わせて笑った。
名誉も地位も、彼女たちには似合わない。
選んだのは、泥臭くて、危うくて、けれど何よりも眩しい「自由」だった。
リトル・リンク、今日も(大きな名誉を返上して、自由な空気を吸いながら)ちょっとだけ成長中。
第88話をお読みいただき、ありがとうございました。
せっかく手に入れた「名誉保守官」という安定を、自分たちの意志で手放した五人。
「最弱」を自認する彼女たちらしい、潔くも贅沢な決断だったのではないでしょうか。
やっぱり彼女たちには、公的な制服よりも、自分たちでコツコツ手入れをする「いつもの装備」が一番似合っていますね。
とはいえ、また明日からは依頼をこなさないと食べていけない生活に戻ります(笑)。
そんな彼女たちの、自由でドタバタな日常をこれからも描いていきます。
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