第67話 継承される残光、魔道具師の遺言
拠点を自爆させ、宿敵の手から『古代回路』を取り戻したリトル・リンク。
満身創痍で辿り着いたマーガレットの隠れ家で、彼女たちは衝撃の真実に直面します。
自分たちが守り抜いた黄金の回路は、単なる金目の物ではなく、水都リフェルナそのものを動かす「心臓」だったのです。
絶望から一夜、失った家よりも大きなものを守るため、彼女たちの過酷な『特訓』が始まります。
石造りの塔の内部は、外の喧騒が嘘のように静まり返っていた。
暖炉で爆ぜる薪の音と、煮込まれたレバースープの湯気が、戦い疲れた五人の身体をゆっくりと解きほぐしていく。
「……ふぅ。……温かい。……生き返る、……心地」
ミルが木匙を口に運び、細い肩を震わせた。吸血鬼としての渇きが癒えていくにつれ、その紅い瞳に本来の理知的な光が戻り始める。
「論理的に見て、この塔の防壁はリフェルナの都市結界から独立しています。……外部からの魔力探知はほぼ不可能です。……マーガレットさん、あなたは一体……」
セインが眼鏡の奥の瞳を鋭くし、スープを配り終えた老婦人を見据えた。ハーフエルフの鋭敏な感覚は、この塔の壁に刻まれた術式が、現行の魔導体系よりも数段深く、古いものであることを見抜いていた。
「ふふ、セインさんは相変わらず疑り深いのね。……私はただの、変わり者の隠居ですよ。……かつて、あなたたちが爆破したあの家に住んでいた、愚かな男の弟子だった女……と言えば、少しは納得してくれるかしら?」
マーガレットさんは、窓辺に置かれた古い揺り椅子に腰を下ろした。その視線は、ケットルがテーブルの上に大切そうに置いた黄金の『古代回路』へと向けられた。
「……あたいらの師匠の、知り合いだったってことかい?」
ケットルが、煤けた手で回路をなぞりながら問いかける。ドワーフの瞳には、尊敬と、そして拠点を失ったことへの消えない悔しさが入り混じっていた。
「そうよ。あの子……あななたちの師匠は、この回路を完成させるために、一生を捧げたわ。……それが、自警団のバザルや、闇ギルド『水底の蛇』の連中に狙われることも分かっていたはずよ」
「……バザル、……あいつ、……回路を、……汚した。……灰皿に、……してた」
ミルが杖の端をぎり、と握りしめる。魔力の火花が微かに散った。
「そうね、彼らにはこの価値は分からない。……彼らが欲しがっているのは、これに秘められた『膨大な魔力貯蔵量』だけ。……でもね、リトル・リンク。この回路の真の役割は、蓄電器ではないのよ」
マーガレットさんが立ち上がり、ケットルの手元にある回路にそっと指を触れた。
その瞬間、黄金の表面に刻まれた複雑な幾何学模様が、呼吸を始めたかのように淡く、青白く脈動し始めた。
「……えっ? なにこれ……。あたいが調整してた時よりも、ずっと深い……」
「これはね、『鍵』なのよ。……リフェルナの街の地下深く、忘れ去られた『大水利循環系』を再起動させるための、唯一の制御核」
マーガレットさんの言葉に、セインが息を呑んだ。
構造解析の魔法を日常的に使う彼女にとって、その言葉の意味する「規模」は戦慄に値するものだった。
「……大水利循環系。……リフェルナが『水都』と呼ばれる由縁、太古の魔導技術。……それを、……この小さな回路が、……動かすというのですか?」
「そう。そして、あなたたちが爆破したあの家は、その循環系の『点検口』だったの。……バザルたちが狙っていたのは、回路を使って街のすべての魔力を独占し、文字通りリフェルナの『呼吸』を止めること……」
部屋を支配する沈黙。
五人は自分たちが、単なるギルドの抗争ではなく、街の存亡を左右する巨大な陰謀の渦中にいたことを、今さらながらに理解した。
「……そんなの、許せない」
クレアが、横に立てかけた『切ない剣』に手を伸ばした。鞘から覗く刃はまだボロボロだが、その決意はかつてないほど鋭い。
「……うちらの城を奪って、汚して……。挙句の果てに、この街まで自分たちの道具にしようだなんて。……最弱パーティだって、……いや、リトル・リンクだって、黙って見てるわけにはいかないよ」
「ガハハ! リーダー、いいこと言うね! あたいの回路を汚した報い、リフェルナの地下水路全部使って、綺麗に『洗浄』してやろうじゃないか!」
ケットルが洗浄砲を力強く叩く。
カノンも、悪魔族特有の野性味溢れる笑みを浮かべ、双牙を指先で回した。
「借金回避のつもりが、随分と大きな貸しを作っちゃったみたいだね。……バザル、それから『紫煙の牙』。……うちらの清掃料金は、高くつくよ?」
「論理的に見て、反撃の勝機は今の私たちにはありません。……家も、設備も、魔晶石も失いました。……ですが」
セインがマーガレットさんに向き直り、深く頭を下げた。
「……マーガレットさん。……教えてください。……この塔にある、古い中継点を使えば……。私の『環境上書き』を、街の全域に届かせることは可能ですか?」
マーガレットさんは、しばらくセインを見つめていたが、やがて満足げに微笑んだ。
「……いいわ。魔道具師の弟子たちが、そのプライドを取り戻すためなら、この隠居も一肌脱ぎましょう。……ただし、修行は過酷よ? 明日の朝まで、一睡もさせないから覚悟しなさい」
塔の暖炉が、赤々と燃え盛る。
それは、拠点を失った絶望の火ではなく、反撃を誓う五人の魂の炎そのものだった。
リトル・リンク、今日も(灰の中から、世界を塗り替えるための)ちょっとだけ成長中。
第67話をお読みいただき、ありがとうございます!
失った拠点の大きさに打ちひしがれる間もなく、物語はリフェルナ全土を巻き込む巨大なスケールへと発展し始めました。
セインの知略と、ケットルの職人魂、そしてクレアたちの絆が、この窮地をどう切り拓くのか……。
灰の中から立ち上がる彼女たちを「かっこいい!」「逆転劇に期待!」と思ってくださった方は、ぜひ下の**【☆☆☆☆☆】を【★★★★★】**にして、応援いただけますと幸いです!
皆さまの評価が、私の執筆の何よりのガソリンになります!
次回、第68話。
眠れぬ夜の特訓。そして、リフェルナに牙を剥く『紫煙の牙』の次なる一手。
リトル・リンク、反撃の火蓋が切って落とされます。
引き続き、応援よろしくお願いいたします!




