第186話 王子の素振り、重い「木剣」と絆の剣閃
翌朝。鳳凰の熱源で適温に保たれたリビングで熟睡したレオナルド殿下を、私は庭先へと連れ出しました。
虹色の筋が走る**『銀竜の絆』**を腰に、私は一本の使い古された木剣を王子に差し出しました。
「……殿下、……おはよう。……冒険者の……一日は……、……剣の……重さを……知る……ことから……。……次……、……その……木剣……、……真っ直ぐ……振り下ろして。……これ……、……騎士の……儀礼……じゃなくて……、……生き残る……ための……一撃……」
「……あ、ああ。分かっている。……くっ、重いな。王宮の練習用細剣とは、重心のバランスが全く違うぞ……!」
王子の戸惑いを鼻で笑ったのは、ドワーフの職人でした。
「ガハハ! 冗談じゃないよ! 宝石で飾られたおもちゃじゃ、三層の氷鱗一枚傷つけられないよ! ――セイン、殿下の足腰がガタついてるねぇ! アタシの特注『重力アンカー靴』の出番だね!」
ケットルが、**『巨大背負い袋』**から無骨な金属の留め具がついた靴を取り出しました。
ドワーフの鍛冶技術が注がれたその靴は、履く者の重心を強制的に大地へ固定する修行用装備。彼女は王子の華奢な足にそれを装着し、逃げ場を塞ぎました。
「……ふぅ。……おうじさま、……肩……あがってる。……ミル、……筋肉の……叫び……視える……一秒前。……そこ……、……背中の……すじ。……ピクピク……してる。……リラックス……して。……三……二……一……、……あ、……力みすぎ」
ミルが、静かに**『もう壊さない杖』**を掲げ、王子の周囲に「疲労分散結界」を張りました。
吸血鬼の彼女には、王子の幼い筋肉が悲鳴を上げ、限界を迎えようとしているのが視えていました。王子の振るう木剣は空を切り、慣れない重さに振り回されて無様に尻餅をつきました。
「……論理的に見て、……殿下の……体幹……筋力は……不足……しています。……構造解析……。……っ、……木剣の……軌道が……右へ……三ミリ……ズレた……! ……環境上書き……! ……庭の……空気抵抗を……前方……のみ……ゼロへと……固定……し、……理想の……残像を……投影……しなさい……!!」
セインの眼鏡が黄金色に輝き、庭の空間が歪みました。
ハーフエルフの理知的な瞳が、王子の未熟なスイングを瞬時に補正。彼女の演算により、空中に「正しい剣筋」の光の道筋が浮かび上がり、王子の腕を磁石のように吸い寄せ、完璧な縦一文字を描かせました。
「……あはは、……やっぱり……あっちの……王子様が……自分の……剣速に……驚いて……鼻血……出す……ほうに……銀貨……三枚……!! ……ねえ、……クレア……、……あたいが……王子の……木剣に……爆竹……仕掛けるか……賭ける……!?」
カノンが、銀靴を鳴らして庭の木々の間をひらりと舞いました。
回避タンクとしての遊び心。彼女は王子の死角から小石を投げ、反射的に剣を振らせることで、理屈ではなく本能に「敵」の気配を叩き込んでいきました。
数時間後。
手のひらにマメを作り、汗だくになったレオナルド殿下は、震える手で木剣を握り締めていました。
「……はぁ、はぁ。……クレア。……私は……今まで、……剣を『振らされていた』だけだったのだな。……自分の……重みで……、……自分の……意志で……斬る。……これが……『力』……なのか……」
王子の瞳には、もはやお飾りではない、泥臭い冒険者としての執念が宿り始めていました。
「……ふふ、……いい……筋です、……殿下。……その……マメの……痛み……、……大切に……して。……さあ、……修行の……後は……、……最新式……自動……洗浄……シャワーが……待って……いますよ」
リトル・リンク、今日も(王位継承権を持つ少年の「甘え」を木剣の衝撃で叩き伏せ、真の剣士への一歩を踏み出させながら)ちょっとだけ成長中。




