第137話 束の間の休息、白銀に映る「新しい朝」
自動洗浄トイレの心地よい作動音と、浴室から漂う石鹸の香りが、新居の廊下を穏やかに満たしていました。
迷宮の深部で味わった泥と死の気配は、セインの魔法で沸かされたたっぷりのお湯によって、排水溝の奥へと綺麗に流し去られていきました。
「……ふぅ。……お風呂、……極楽。……羽、……ふやけた。……ミルの……指先、……ピンク……になった。……もう、……一歩も……動けない。……ここで……溶ける」
ミルが、湯上がりの真っ白なワンピースに身を包み、**『もう壊さない杖』**を枕元に置いてソファへと倒れ込みました。
吸血鬼の彼女の肌は、温かな血行とセイン特製のレバー煮込みによって、透き通るような白さを取り戻していました。それは、地底の闇で戦う戦士ではなく、ただの年相応の少女の姿でした。
「ガハハ! 冗談じゃないよ! アタシの関節も、油を差したみたいに軽くなったねぇ! ――見ておくれ、クレア! あんたの剣、……風呂上がりに磨いておいたよ。竜の鱗が、さらに馴染んできやがった!」
ケットルが、**『巨大背負い袋』**から取り出した特製のネル生地で、クレアの剣を丁寧に拭い上げました。
ドワーフの職人眼は、激戦を潜り抜けた武器が、持ち主の魔力を吸って「成長」していることを見逃しません。彼女は、自らの手で作り上げた相棒が、より鋭く、より強靭に変化していく様子を、我が子の成長のように見守っていました。
「……論理的に見て、……睡眠……時間は……八時間……確保……すべきです。……構造解析……。……っ、……寝具の……反発係数、……各員の……体格に……最適化……済み……! ……環境上書き……! ……心地よい……夢の……世界へ……誘いなさい……!!」
セインが、眼鏡を外し、少しだけ眠たげな瞳でパジャマのボタンを留めました。
ハーフエルフの彼女は、仲間の健康管理こそが次の探索の成功率を左右する最重要事項であると断じ、全員の枕の高さまで魔法で微調整し終えていました。
「……あはは、……一秒……どころか……コンマ……一秒……! ……あたい、……明日の……朝ごはんの……仕込みまで……全部……手伝っちゃったよぉ!! ……みんな、……おやすみ……なさい……!!」
カノンが、銀靴を脱いで裸足のまま、廊下を音もなく駆け抜けました。
回避タンクとしての俊敏性。彼女は消灯の準備を完璧にこなし、最後にリビングの明かりを落とすと、自分も毛布の中へと潜り込みました。
「……みんな、おやすみ。……明日も、……一緒に……行こうね」
クレアが、枕元に置かれた**『銀竜の絆』**の鈍い輝きを眺めながら、ゆっくりと瞳を閉じました。
かつての孤独な夜にはなかった、隣の部屋から聞こえる微かな寝息。それが何よりの守護魔法となって、彼女を深い眠りへと誘っていきました。
リトル・リンク、今日も(幸せな夢を見ながら、明日の成長のために)ちょっとだけ休息中。
第137話をお読みいただき、ありがとうございました。
戦いの合間の、完全な休息回。
それぞれの役割(と特技)を活かして、家の中を完璧なリラックス空間に変える五人の姿は、微笑ましくもあり、プロフェッショナルでもあります。
ポータルを使えば一瞬で戦場に戻れるからこそ、この「全力のオフ」が可能なのです。
さて、目覚めた彼女たちが再び向かう第二階層の深部。
あの石碑が示した「菌糸の塔」の先には、果たして何が待ち受けているのか……。
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