第128話 最上階の嘲笑、追い出された「あの日」の残響
「……ふぅ。……三階、……におい……ひどい。……人間の……醜い……におい。……腐った……レバー……よりも……ずっと……鼻に……つく」
ミルが、鼻を摘みながら**『もう壊さない杖』**を胸元に引き寄せた。
吸血鬼の彼女が感じているのは、単なる悪臭ではない。この部屋全体に満ちている、他人を足蹴にして悦に浸るような、ドロドロとした「傲慢」の魔力だ。
「ガハハ! 冗談じゃないよ! こんな豪華な部屋を作って、一人でふんぞり返ってるつもりかい? アタシのパチンコで、その高い天井ごとぶち抜いてやろうか!」
ケットルが、**『巨大背負い袋』**の重心を低く保ち、部屋の中央にある巨大な机を睨みつけた。
だが、そこには誰もいない。
ただ、蓄音機のような魔導具から、不気味に歪んだ「声」が流れ続けていた。
『――おやおや、驚いたな。あの「お荷物」のクレアが、こんな深淵まで辿り着くなんて。……相変わらず、無能な仲間を集めて傷を舐め合っているのかい?』
「……っ! ……その、……声……」
クレアの手が、**『銀竜の絆』**の柄を握ったまま、白くなるほど震えた。
忘れもしない。かつて所属していた中堅パーティで、自分を「盾」としてしか見ず、道具のように使い捨てたあの男の声。
彼女を雨の中、路地裏へと放り出した時の、冷徹な響き。
「……論理的に見て、……この……声は……記録された……ものでは……ありません。……構造解析……。……遠隔……投影術式……! ……誰かが……リアルタイムで……私たちの……姿を……見て……嘲笑って……います……!!」
セインが、眼鏡の奥で血走った瞳を動かし、空気中に浮遊する微細な魔力の糸を特定した。
ハーフエルフの彼女は、自分たちのリーダーを「無能」呼ばわりしたその見えない主に対し、静かな、けれど苛烈な怒りを燃やしていた。
『ハハハ! 怒るなよ、耳長さん。……クレア、覚えているかい? お前は剣も振れず、魔法も使えず、ただ敵の攻撃を受けてボロボロになるだけの「肉壁」だった。……今持っているその綺麗な剣も、お前には分不相応だと思わないか?』
「……あはは、……一秒……あれば……その……蓄音機……蹴り飛ばして……あげたいよぉ……! ……クレア、……あんなの……聞いちゃ……ダメだよ……!!」
カノンが銀靴の踵を激しく鳴らし、今にも飛び出そうとする。
だが、クレアはゆっくりと顔を上げた。
その瞳には、かつての絶望や悲しみではなく、凛とした「光」が宿っていた。
「……ううん、……大丈夫だよ、……カノン。……その通りだよ。……私は……一人じゃ……何も……できなかった。……雨の中で……泣くことしか……できなかった……」
クレアが、**『銀竜の絆』**を鞘から抜き放った。
地底竜の鱗粉が、彼女の静かな怒りに呼応して、これまでにない深い銀光を放つ。
「……でも、……今は……違う。……この……剣の名前は、……『絆』なんだ。……一人で……戦うんじゃなくて、……みんなと……繋がって……強くなる……。……それを……教えてくれた……仲間が……私には……いるんだから……!!」
クレアが魔力を練り上げる。
ただ自分を守るための魔力ではない。
横に立つミル、ケットル、セイン、カノン。
四人の存在を背中で感じ、その信頼を剣先へと集束させていく。
『ふん、絆だと? 弱者の馴れ合いに過ぎない! ……ならば、その絆とやらが、この「本物」の暴力に耐えられるか試してやろう!』
声が止むと同時に、書斎の床が激しく割れた。
中から這い出してきたのは、かつての元リーダーが自慢していた、地上の街一つを滅ぼしかねない守護兵器――**『魔導ゴーレム・零式』**の、巨大な腕だった。
リトル・リンク、今日も(過去の呪縛を、仲間の笑顔で上書きしながら)ちょっとだけ成長中。




