快適な睡眠を
これは、
音凪たちがリベルタを出てから、五日目を迎えた深夜の出来事——。
〈透真視点〉
カラカラ……。
(……ん?)
フィンの寝息だけが微かに聞こえる、静まり返った部屋。
そこに響いた、引き戸をゆっくりと開けるレールの音。
眠りから覚めた俺は、まだ少しぼんやりとする頭を動かした。
(朝か? ……いや、まだそんな寝てないな)
体感だけではない。
開かれた戸から差し込む光は、あまり強く感じない。
(何かあったのか……?)
フィンが目の前で寝ている以上、戸を開けるのは音凪しかいない。
朝でもないのに部屋に訪れるのは余程のことがない限りあり得ないだろう。
戸の音がして僅か一瞬。
そんなことを考えながら、身を起こそうとした時だった。
カサッ……ギシッ。
布の擦れる音と背中に触れた冷たい空気。
直後に軋んだベッド。
(?! これは——!)
嫌な予感に慌てて振り向こうとした、次の瞬間。
ぬくっ。
「ん……」
背中に温もりが訪れ、
首筋に、音凪の吐息がかかった。
胸に音凪の腕が周る。
(ね、ねなーー!!)
どうして入ってきた?!
いや、これは絶対寝惚けて間違ってるだろ!
焦りで騒がしい思考の一方、
一先ず音凪を起こすため体をよじろうとして、停止する。
(これ、振り返れるのか……?)
目の前には気持ちよさそうに眠るフィン。
後ろには再び夢の世界に入りかけている音凪。
俺が体を音凪に向けるためには、フィンを押してスペースを確保するか、音凪に体重をかけなければならない。
(……いや、起き上がればいい)
少し窮屈だが、起き上がることはできるはず。
腕に力を入れて、ゆっくりと体を浮かしていく。
「ぅん……」
ぎゅうっ。
「……」
(まじか)
離すまいと、
音凪は俺を抱きしめる力を強めた。
普段なら離すことはできるが、今は体勢が悪く、うまく力が入らない。
しかし、このままにしておく訳にもいかない。
「音凪、起きろ。……音凪」
フィンを起こしてしまうかもしれないが、どうしようもない。
俺は音凪に声を掛けた。
「ん……」
音凪はかろうじて返事を返すものの、起きる気配は全くない。
「音凪……っ」
さっきより、大きな声を出す。
(頼むから起きてくれ……!)
切実な思いで、声を掛け続ける。
4回ほど呼ぶと、音凪は僅かに動いた。
「んぅ……?」
俺の後ろ首に埋めていた顔が少し離れた。
「音凪、部屋間違ってる」
「……とうま……?」
まだ声はぼんやりしている。
しかし、
これでやっと離れてくれるはずだと、
俺は胸を撫で下ろし——
「まぁ……いっ、かぁー……」
音凪はそう言って、
また顔を埋めた。
(〜〜っ! よくない!!)
「音凪っ、自分の部屋に戻れ。音凪、音凪!」
「すぅ……」
小さな寝息を立てはじめた音凪に、必死に声を掛け続ける。
しばらくすると、フィンが目を開いた。
むくっ。
フィンが起き上がる。
「フィン。ごめんな、うるさくして」
「……」
「音凪を起こすから、もうちょっとだけ我慢してくれ」
俺がそう言うと、
フィンはぼんやりした目で、こちらを向いた。
——嫌な予感がする。
背筋が冷えた、瞬間。
スゥッ。
フィンの人差し指が、俺の額に向けられた。
「待て、フィン。何をするつもり——」
「おやすみぃ」
フィンの指先から、魔力が放たれる。
(くそっ、催眠が……)
霞んでいく視界の中、フィンがベッドを離れていく姿が見えた。
(フィン! 俺たちを残して行くな!)
襲いくる睡魔に、その願いが声になることはなかった。
そして——
そこからの記憶は——ない。
終
おまけ
フィン「トーマがうるさかったんだよっ! でもね、おやすみってしたらじょうずに〈催眠〉できた!」
音凪「そ、そうなんだ。フィン、すごいね」
透真「……」
音凪「えっと……ごめんね、透真」
透真「あぁ……」




