追憶と希望
※モリス視点
「じいちゃん。これ、ここに置いておくから」
「ありがとう」
テオドールは森で集めてきた木の実をキッチンの前に置くと、再び外へと出掛けていった。
(あの子は働き者だな)
ゆっくりと閉まるドアを見つめながら、目を細めた。
——フィン達が旅立ってから、二十日以上が経った。
テオドールはあの日から、頻繁に森に帰ってくるようになった。
『そろそろ冬支度もしないとだろ』
そう言ってはいたが、あの子なりに私を心配してくれているのだろう。
スッ。
無意識に、自分の膝を撫でた。
(あと何年、あの子達の成長を見ることができるだろうか)
二年前のことを思い出す。
あの子達の両親が死んだ、あの日のことを——
*
パキンッ!
「!!」
突如鳴り響いた音に、チェストの上を見た。
そこに置かれているのは、息子家族の写真と一つの指輪。
指輪の周りで、光の粒が舞っていた。
(魔石が……割れている)
『父さん、これを預かってほしい』
息子のウィリアムはそう言って、
自身の指に着けている指輪と同じ指輪を差し出した。
この指輪は、数年前にウィリアムが妻のソフィと揃えて誂えた物だった。
息子達に頼まれて、
片方が死んだ時、もう片方の魔石が割れるよう——私が施した。
『なぜこれを』
『念のためだよ』
そう言って、ウィリアムはいつものように微笑んだ。
そしてそのまま、
ウィリアムとソフィはこの場所を後にした。
「……っ。 ウィリアム……」
私が預かったのは、ソフィの指輪だ。
少なくとも、ウィリアムは死んでしまった。
息子は、こうなることを知っていたのだろうか。
「っ」
あの時、止めていればと後悔が襲う。
「おじぃちゃ?」
幼い声に息を呑む。
一拍。
私は動揺を見せないよう、静かに振り向いた。
「……フィン」
「おじぃちゃ」
フィンは私に近づくと、両腕を大きく広げて抱きついた。
ウィリアム達が預けた、
二人の息子のうちの末っ子、フィン。
「兄はどうしたんだい?」
(テオドールと一緒にいたはずだが……)
そう思い、フィンに尋ねてすぐだった。
「うっ……」
部屋の外から、押し殺すような声が聞こえた。
微かに、鼻を啜る音もしている。
(まさか……)
私はフィンを抱え、ゆっくりと部屋の外に歩いていった。
「おにぃちゃ」
フィンが手を伸ばした方向。
そちらを振り向くと、
「ううっ……」
テオドールが泣いていた。
腕で目元を押さえて、必死に堪えようとしている。
ウィリアムたちは、
兄であり12歳のテオドールには、話していたのだろう。
自分たちが、二度と帰れないかもしれないということを。
「テオ……」
名前を呼ぶ。
テオドールは腕を下ろし、そっと私を見た。
「じい……ちゃん……っ」
「っ」
気づけば、テオドールを抱きしめていた。
テオドールは一瞬肩を揺らし、
間もなくして、堰を切ったように泣きじゃくりはじめた。
「テオ、待とう。
報せがくるまでは、諦めてはいけない」
まだ、ソフィだけは無事かもしれない。
一縷の望みに、縋るしかなかった。
「おにちゃ、いたいいたい?」
何も知らないフィンが、テオドールの頭を撫でる。
その姿に余計、胸が締め付けられた。
ウィリアム達に何があったのかは分からない。
しかし少なくとも、
ここにいる間は、この子達は安全だ。
「うあああ!」
「おにちゃっ……うわぁああああん!!」
テオドールにつられて、フィンも泣きはじめた。
(ウィリアム。君達に、何が起こったんだ)
私は二人を抱きしめる手に、力を込めた。
——それから二日後。
他の羊族から、
二人の死を報せる手紙が届いた。
*
(フィンは今頃、どうしているだろうか)
フィンを彼らの旅に連れていくことを頼むのは、簡単に決めたことではなかった。
ウィリアム達に何があったのかは、未だ分かっていない。
その状況で、フィンをラウハから出すということ。
それは普通の旅以上に、危険を伴うものだった。
それでも決めたのは、
二度目の未来が見えたからだった。
静かに、瞼を閉じた。
(私は、信じている)
未来は変わる。
そう教えてくれた、君たちを——。




