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魔法使いの嫁  作者: ふとん
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物語の結末

 戦場を出されたのは、金髪の男と対峙した三日後だった。

 他に戦場に居た魔法使いたちが敗北宣言をしたのだ。男の遺体は彼らによって引き取られていった。

 この戦役で、隣国はこの国への侵犯を完全に封じられる形となった。結界の中に居る魔法使いたちには伝えられていなかったが、あちらではクーデターが起こり、すでにこの戦いを命じた者たちは皆失脚したか殺されているという。

 あとの政治的なことは、魔法使いが入れる領分ではない。

 そんな情勢をガードウィンに伝えにやってきたのは、忙しいはずのトール宰相だった。結界の前で馬車を構えて待っていたかと思うと、ガードウィンを有無を言わさず箱馬車に放り込んだのだ。

「―――あなたの倒した彼が、最後の末裔だったそうです」

 宰相は珍しく言葉を切った。

 彼は仲間の制止も聞かず、単身ガードウィンとの対決を自ら望んだのだという。呪いのことを知りながら、それでも止められなかったことを彼の遺体を囲んでいた魔法使い達は悔やんでいた。

「この戦役に志願したのは、彼は自ら死ぬことすら出来ず、次代に呪いを引き継がなければならないという苦悩の結果なのだそうですよ」

 希望もないとはこのことだ。

「……お陰で、私は最後の親戚さえも殺してしまいました」

 ガードウィンは何か大切なものを全て失ったような気分で息をついた。

 彼が死んだことで、呪いを受け継いでいるのは己一人になる。


「どうですか。私の一族に呪いをかけた張本人としては」


 話を向けたのは、正面でいつもの三つ揃いで静かに座っている宰相殿だ。

 トールは感情の薄い顔でガードウィンを見つめて目を細める。

「……いつから気付いていたのですか?」

「実は、私の一族はあなたのことをすでに知っていました。あなたが、あなたこそが三百余年の時を生きている魔法使いだということも、呪いをかけた魔法使いだということも」

 そう。

 ガードウィン達に呪いをかけたのは、この目の前のトールだということを、祖父が亡くなる前に教えてくれた。そして、これは決して宰相に悟られてはならないとも。

「あなたは、姿を変え、名前を変え、この国に尽くし続けているのですね。―――私の一族にかけた呪いをご自分にもかけて」

 トールはガードウィンを見据えて、そして口を開いた。

「―――そうでなければ、あなたの一族にとても詫びることができないと思ったのです」

 静かに語り出す声にガードウィンは黙って耳を傾ける。

「当時の私は、魔法使いとしては力がありましたが、うまく仕官できずにいました。ですから、あなたのご先祖である親子に呪いをかけることにほとんど抵抗などありませんでした。戦ばかりの時代でしたし、非合法な話はどこにでもありました。……けれど、呪いが次の代にまで受け継がれていくことになることは予想ができなかった」

 馬車がいったい何処へ向かっているのか気になったが、ガードウィンはそれを問わなかった。

「だから、同じ呪いを?」

 ガードウィンの問いにトールは肯く。

「しかし、時代の方が魔法使いを次第に必要としなくなってきています」

 戦が盛んな時代とは違い、すでに魔法使いが必要な世の中ではないのだ。

 兵士としての魔法使いよりも、今は知識人としての魔法使いが重用される時代となっている。だから、ガードウィンのような呪い持ちの古い魔法使いは今の時代にあっては取り残されている。

 ガードウィンが、すでにこの国にとって不要になっていることは知っている。

 それでも必要なことがあればと誓約を結んだが、それも追い出される形となった。

 馬車の行先が国外であれ、処刑台であれ、ガードウィンはそれはそれで構わなかった。

 ガードウィンが死ねば、呪いは全て解放される。

「長い時が過ぎました」

 トールは思い出を眺めるように馬車の小窓から外へと目をやる。

「あなたの呪いも、私の呪いもすでにない。―――あなたは自由なのですよ」

 自由という言葉に目線を上げると、トールはゆっくりと笑んだ。


 馬車が唐突に止まった。

 トールに降りるよう促されてガードウィンが戸を開けると雪が舞っていた。

 結界の中の世界は時は止まった状態になるため、外との時間に誤差があるのだ。今が冬だというと、すでに季節を二つは越している。

 そこまで考えて、この雪の季節が自分にとって見慣れた景色だということに気がついた。

 降り立つ石畳に見憶えがあるのは当然だ。

 ここは、生まれ育った国の関所の門なのだから。

 雪の季節に出歩く人は少ない。

 積った雪はおざなりに両脇によけられているだけで、ガードウィンの足元にも薄く雪が積もっている。

 白い息を吐きながら門へ目をやると、小柄な人影が見えた。

 花びらのように舞う雪の中で、白い彼女は寒そうだった。

 雪が跳ねる。

 白銀に輝く髪が雪の中を踊り、あっという間にガードウィンの前へとやってきた。

 思わず腕を広げてためらった。


 人を殺してきた腕で、真っ白な彼女を抱いてもいいのか。


 けれど、彼女の方は何のためらいもなくガードウィンに飛び込んでくる。

 反動で屈んだガードウィンの耳元で、鈴のような声が言った。


「おかえりなさい」


 寒そうだと思った彼女がとても温かくて、ガードウィンはそっとその柔らかな背中を抱いた。


「―――まったく、あなたには驚かされてばかりです。フェネルさん」

 そう言って笑うと、鈴を転がすように彼女は不服を言うので、ガードウィンは改めて笑った。



「ただいま帰りました」




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