第十一話 エアリィの死闘
ローブの裾をまくりあげて、エアリィが短剣を投げてくる。
ちなみにこの短剣、さっきは彼女の脚にばかり目がいってしまいよく見ていなかったが、どうも太もものあたりにベルトみたいなもので鞘ごと固定してあるようだった。
そして、そこまで冷静に観察できてる以上、放たれた短剣をかわすのも余裕なわけで。
というか、余裕があるかないかって点においては、エアリィにそれがなさすぎる。
焦ってるとか勝ち急いでるとかをとおり越して、なにか悲壮なものすら感じるぞ。
ザクッという音が、足元でする。
地面に短剣が突き刺さった音だ。これでもう、五度目。
わざと外してるんじゃないとしたら、あまりにもお粗末っつーか、手元が狂いすぎだろ。
気に留めた様子もなく、エアリィはまたしてもローブの裾を上げて太もものあたりに手を伸ばす。
この動作を何度か見て思ったんだけど、もしかしてこれ、色仕掛けとかじゃないのかもしれない。
だってほら、この国には基本、女性の兵士しかいないんだから。
戦いにおいて、肌を見せることが油断を誘うことに繋がるなんて、よく考えてみればありえないわけで。
唯一の例外――俺の知ってる男の兵士はアーロンさんなわけだけど、いうまでもなく彼はエアリィの祖父だから、やっぱり彼女が羞恥を覚えるような対象にはならないんじゃないだろうか。
そんなことを考えているうちに、もう一本、短剣が飛んできた。
そしてそれは、俺がかわそうとするまでもなく、地面へと突き刺さる。
確かに、もうちょっと位置がズレてれば、俺の足に刺さっていただろう。
牽制が目的であるのなら、効果は抜群だ。
でも、牽制のために短剣を放つ必要なんて、ないと思うんだよな。
そして、これが意図的なものでないのなら、はっきり言って、らしくない気がする。
そりゃ、俺は彼女のことをよく知ってるわけじゃないけどさ。それでも、ここまで連続で外すなんて――
と、そのときだった。
エアリィが両手の指を絡ませ、呪文の詠唱を開始したのは。
「――砕いてあげましょう!」
それと同時に、俺の足元でなにかが蒼白い光を放つ。
「骨の、一欠片までっ……!」
見れば、そこには俺を囲むように地面に突き立っている六本の短剣があった。
いや、それだけじゃない!
蒼白い光が線となって六本の短剣を結び、星にも似た模様を描いている!
これは、確か……六芒星っつったっけか?
じゃあ、これって――もしかして、魔法陣!?
とすると、エアリィの投げていた六本の短剣は、やっぱり外れてたんじゃなくて……!
「――圧殺陣っ!」
この六芒星の魔法陣を作るために、すべて、計算して外してたってことに――って、うおっ!?
足元から伸びてきた無数の光の鎖が、俺の身体を絡めとる!
それだけじゃなく、ギシギシと身体に食い込んできやがるぞ、おい!
やられた! これは俺が一番気をつけなくちゃいけない、『不意打ち』の類の攻撃だ!
「――くっそお……!」
けど、この展開は全部エアリィの思いどおりのものなのか!?
偶然がいくつも重なって起きた現象とかじゃないのかよ!
でも、エアリィは『知略』の技能を持ってるし、魔法陣を形作るのに用いている短剣は、どれも地面に突き刺さっているものばかりだ。
俺に当たって地面に落ちた短剣は、魔法陣を作るのに一切利用されてない。
つまり彼女は、『偶然』とか『場の流れ』とかを上手く取り込んで魔法陣を完成させたんじゃなくて。
すべてを一から計算して、六本の短剣をそこに『配置』したんだ。
自分の思いどおりに、一度たりとも狙いを外すことなく。
それを、俺とは違って自分の力だけでやってのけたんだ。偶然を引き寄せることなく、『創聖神の加護』みたいな技能に頼ることなく。
もちろんエアリィだって、ランクこそCだけど『信仰の加護』ってのを持ってる。
でも『創聖神の頭脳』から得た知識によると、あの技能は『偶然を味方につける』とか、そういう類のものじゃないらしい。
単純に、光属性の魔術や癒しの術の効果が上がるだけ。
だから、これはすべて彼女の実力ってことになる。
もちろん、『知略』の技能のおかげってわけでもない。
逆なんだ。技能があるから頭が回るんじゃない。
策略を巡らせることができるくらいの頭脳を持っているからこそ、エアリィは『知略』の技能を得られているんだ。
「……くっ、うぅっ……!」
締め上げはどんどんきつくなってきている。
このままいくと鎧が破壊されて、肉に食い込み、最後には本当に骨の一欠片まで砕かれちまうんじゃないかって勢いだ。
まさか、たった二節の詠唱で、これほどの威力を持った術を発動させることができるだなんて……!
と、額に玉の汗を浮かべているエアリィの姿が目に入った。
どうやら、この魔術を維持させ続けるのも、なかなかに大変らしい。
そりゃそうか。二節だけの詠唱でこれだけの威力を持った術を――って、うん?
そこで、またしても頭の中に流れ込んでくるものがあった。
――この魔術は、『二節だけの詠唱』で成立しているものでは断じてない。
エアリィ・プレスコットの尋常ならざる精神制御力と、両手の指を合わせて組んでいる『印』、そして六本の短剣を用いて描いた簡易な魔法陣。
それらの補助があるからこそ、短い詠唱で発動させることができたのだ、と。
<圧殺陣>は本来、二工程相当の詠唱を必要とされる、中級に属する魔術なのだ、と。
なるほど、道理で威力が高いわけだよ、この術。
でも、精神の制御や印、そして簡易なものであっても魔法陣を用意して、術を発動させる段階にまで漕ぎつかせたのは、紛れもなくエアリィ自身の実力だろ?
そのかけた労力や時間が、二工程分の詠唱に釣り合ってるからこそ、こうして術が発動してるんだ。
俺みたいに、技能に任せて楽をしてるってわけじゃないんだよな。
そのあたり、俺はどうなんだろう。
『創聖神の加護』には微妙な『穴』があるってことを抜きにしても、さ。
それだけに頼って戦っていこうっていうのは、なんか違うんじゃないのか? 格好悪くはなくないか?
いつだったか、俺はカミラに言ったじゃないか。
『救世主』って肩書きにあぐらをかくつもりはないって。
でも、『創聖神の加護』があるからって気が大きくなってるのはどうなんだ?
肩書きにあぐらをかいてるのと、どう違うってんだよ?
ああ、わかってる。
『創聖神の加護』は、俺が無意識のうちに抱いた思いを実現させる。
なにより、この『加護』抜きに俺がこの世界で生きていくなんて、きっとできやしないだろう。
アーロンさんにはもちろんのこと、エアリィにすら勝てやしないだろうって、ちゃんとわかってるさ。
だから――いまは使う。
遠慮なく、使わせてもらう。
いつか、必要なくなるそのときまでは、最大限に活用させてもらうさ。
俺は、それを悪いことだなんて思わない。
でも、『創聖神の加護』があるから、なんて思考は捨てる。
一度だけとはいえ、その効果を実感しちまったから、時間はかかるだろうけどさ。
それでも『創聖神の加護』の効果には、幸いなことに微妙な『穴』があったからな。大丈夫、きっと使っていくうちに慢心は捨てられるさ。
――さあて、と。
まずはエアリィのこの魔術をなんとかしなきゃ、だ。
『創聖神の加護』頼みになっちゃうけど、そうと望んで光の鎖を引きちぎらないとな。
「――らあっ!」
「――っ!?」
身体全体に力を入れると同時、音も立てずに光の鎖が弾け飛ぶ。
それは瞬時に無数の光の粒へと変わり、そうなるのが自然とばかりに虚空へと溶け消えていった。
魔力によって編まれた鎖を、物理的な力のみによって破壊したわけだ。
もちろん、本当ならできないことなんだろう。
魔力によって生み出されたものは、魔力を用いてしか破壊できないんだろう。
なのにそれができたのは、『創聖神の加護』を持っている俺が、そうなってほしいと望んだからに違いない。
耳に、エアリィの息を呑んだ音が聞こえてくる。
額の汗を拭いもしないで、ただ呆然と立っている。
そのリアクションでわかった。
いまのはやっぱり、この世界の常識から外れた行為だったんだな、と。
ともあれ、スムーズに敗北を認めさせるのなら、ここらで一気に畳みかけるのが一番だろう。
そう判断し、一息のうちに間合いを詰めて突きを放つ。
もちろん、当てるつもりはない。突くべき場所はエアリィのすぐ隣、なにもない空間だ。これで彼女が腰でも抜かしてくれれば、それがベスト。
しかし、エアリィは動かなかった。
動けなかったんじゃない、動かなかったんだ。
いまも身じろぎひとつ、瞬きひとつせずに、険しい表情で俺を見つめてきてるのが、その証拠。
俺の『速』のランクを考えれば、ただ突っ込んでこられただけでも怖かったはずだ。なのに――
「最初から外すつもりでいたでしょう? ホクトさん。それでは駄目ですよ。技能としては有していないものの、わたしは『危険感知』を得るための修行だって積んできてますから」
「当てにきてるのかどうか、大体わかるってことか?」
「ええ。わたしに身をかわさせたいのなら、ちゃんと殺気を伴わせないと。当てるつもりのない攻撃は、時間の浪費にしかなりませんよ?」
ちゃんと、斬るつもりでやれってことか。
けど――
「お前、さっきからおかしいぞ!?」
「どこがですか? 当たり前かつ、いつもと同じようなことしか言ってないつもりですけど?」
確かに、言ってることはいつもと同じだ。
俺に低姿勢にならず、たしなめるようなことを言ってくる。
でもさあ。お前、そういうことを言うときだって笑顔だろ? もっと柔らかく、おどけるように言ってくるだろ?
なのに、いまはどうだよ? いまは……
「なんで、そんなに険しい表情してんだよ……!」
「戦ってる最中なんですよ? 少しは険しくもなります」
「違う! お前、さっきから切羽詰まりすぎだろ! いいか、これは模擬戦なんだぞ!? 殺し合いやってんじゃねえんだぞ!!」
「――変わりませんよ。真剣を用いて、魔術を使って。そんなの、絶対の命の保障がなされている方以外には、殺し合いとなにも変わりません」
「それは、そうかもしれないけど……!」
でも、やっぱりこんなのおかしい!
憎みあってるわけでもない二人が――いや、その片方が命を懸けて戦ってるなんて、絶対におかしい……!
「それに、わたしは……」
「『わたしは……』、なんだよ?」
「……っ。ちょっとおしゃべりが過ぎてしまいましたね。戦闘再開といきましょう」
「おい! ――っと!?」
エアリィが素早くバックステップして、太もものあたりから短剣を抜き出し、投げてくる。
一瞬だけ白いものが目に飛び込んできたけれど、いまはそんなの気にしちゃいられなかった。
『わたしは……』のあとに、彼女はなにを言おうとしていたのか。それだけが頭にこびりついて離れない。
迫り来るのは、どこにこれだけ隠し持っているのかって数の短剣だ。それを俺は『集中思考』を使いながら、ときに弾き、ときに避ける。
そうしながら、同時に別の思考を巡らせもした。
エアリィは、本気で斬りかかってこいと暗に言っていた。
こう言っては彼女に失礼かもしれないが、エアリィらしからぬ真剣な瞳が、確かにそう告げていた。
なら、そうするのもひとつの手なのかもしれない。
俺の剣術技能は高いんだし、エアリィには感知できないギリギリのところで外すってこともできるのかも――いや、それじゃ駄目だ。
やるのなら、ちゃんと『斬る』つもりでやらないと。
そもそも、この世界には治癒の魔術があるんだ。
斬ったとしても致命傷さえ避ければ、問題にはならないはず。
いや、仮に致命傷になったとしても、問題にはならないのか?
これは彼女も望んでいること。同意の上での戦いなんだから。
それに、これはアリシアにも言えることだけど、この模擬戦では本物の槍や剣を振るわれてるんだ。魔術だって使われてる。事実、俺も二回くらい食らったしな。
つまり、アリシアもエアリィも万一のときの覚悟はしてるんだ。そのうえで戦ってるんだ。
なら、その万一を俺が起こしちまっても、別に罪悪感を覚える必要なんて……。
「――風よ、切り裂け!」
今度こそ手持ちの短剣が尽きたのだろうか、エアリィが呪文を詠唱し、
「裂風刃!」
一節のみで構成された魔術を発動させる。
出現したのは、目には見えない風の刃だ。
それが、空気を裂きながら俺のほうへと向かい来る。
しかし、俺はまだ『集中思考』状態だ。
見えない刃であっても、俺のほうへ直進してくるのなら、かわせないわけがない。
だから問題とするべきなのは、エアリィの短剣のほうだった。
彼女の隠し持っている短剣は、本当に尽きたんだろうか。
尽きたと思わせるために、敢えて魔力消費量の少ない『一節の魔術』で攻撃してきたって可能性もあるんじゃないか?
だって、そんな理由でもない限りやらないだろう? 俺相手に初級の魔術を使うなんて、無駄で無意味なことはさ。
相手は『知略』持ちのエアリィなんだから、なおさらだ。
案の定、術をかわしたあとも短剣は飛んできた。どうやら、右手側のローブの袖に隠してあったらしい。
けど左手で投げてるからか、少しばかり精度が落ちてるような気もする。
右手で取り出せる場所にある短剣を全部使い切ったんだとしたら、いよいよ、本当に手持ちの短剣が尽きようとしているのかもしれないな。
でも、短剣が尽きたって認めやしないんだろう? 自分の負けはさ。
だったら、俺の手で負けを認めざるをえない状態にしてやるよ!
手にしている剣はフィアー・イーター。人を傷つけるときの怖さをも吸い取ってくれる長剣。その際に、斬れ味すらも上がる優れ物。
この上がった斬れ味がいつまで持続するのかは不明だけど、アーロンさんと戦うまで持ってくれたらいいなあ、なんてことをふと思う。
つまるところ、俺はこれで終わらせるつもりでいた。
振るうのは一度で充分だろう。
その一撃で、これ以上は戦えない、立っていられないって状態まで追い込んでやる。
そして、それがエアリィにとって致命傷になっちまうかどうかは知らない。俺の知ったことじゃない。
だって、本気で剣を振るわせようとしているのは、他ならぬエアリィ自身なんだから。
短剣を弾きながら、俺は前へと進む。
一歩一歩、前進する。
そうして、ある程度近づいたところで――
「――ふっ!」
身体を前に倒すようにして突進。
間合いを詰め、一息のうちに剣を振り上げ、『集中思考』を解いて斬りかかる!
「……っ!」
声にならない声をあげ、それをかわそうと試みるエアリィ。
バトルシスターの主な役割は回復や浄化だ。頭に『バトル』とついていても、その本質に変わりはない。
そのはずなのに、彼女の体捌きはあまりにも見事だった。
けれど、エアリィは体術や剣術の技能を持っていない。対する俺は、どちらも高ランクのものを持っている。
あまり引き合いに出したくはないけど、『創聖神の加護』だってある。
そしてなにより、両者のパラメーターには、あまりにも開きがありすぎる。
だから、彼女に俺の剣をかわせる道理はなく。
立っていることすら困難になったエアリィは、地面に倒れ伏したのち、しばしその場に横たわり。
やがて彼女は、他のシスターたちによって治療用の一室に運ばれ、俺は三人目の対戦相手と戦うことになる。
そうなるのが、当然のはずだった。
なのに、どうして。
どうしてエアリィは、俺の剣を避けきれたんだろう。
少しかすったために青いローブが――その脇腹のところが斬れているとはいえ、なんで、かろうじてとはいえ、俺の一撃を避けきることができたんだろう。
いや、それ以上に。
なんで俺は、エアリィに向けて、本気で剣を振るったんだろう。振るえちまったんだろう。
間違って殺しちまっても別にいいやって、そんな、軽い感覚で……。
そして、そんな俺の『恐れ』を喰らっているのだろう。
手の中のフィアー・イーターは、いつまでも妖しい輝きを発していた。
使い手である俺の驚愕なんて、意に介することもなく――。
色々と危ないことになっております、ホクトくん。
まあ、予想してしかるべきなんですけどね、フィアー・イーターの弊害は。
ともあれ、ようやくホクトが『創聖神の加護』に頼りきっていてはいけないのでは、と自覚しました。
もちろん、だからといって『創聖神の加護』を捨てることはできないですし、『ただの高校生、国崎北斗』だと、この世界では生きてすらいけないので、しばらくは『創聖神の加護』に頼らざるをえない状態が続くのでしょうけど。
でもまあ、こういうのは気持ちの問題なのですよ、気持ちの問題!
そんなわけで、また次回。




