第十話 思わぬ難敵
たかが出会って五日程度の付き合いとはいえ、決して少なくはない言葉を交わした相手と戦うってのは、やっぱりどうしたって戦りづらい。
まだ刃を交えることすらしてないのに、俺はそんなことを思っていた。
目の前に立っているのは、青いローブに身を包んでいるシスターの少女、エアリィ。
その両手にはなにも握られておらず……つまりは、俺の剣と打ち合うための武器すら持っていない。
わかってる。彼女はシスターだ。
主となる攻撃手段は魔術であって、刃物じゃあないんだろう。
けど、素手の――それも年下の女の子に斬りかかるってのは、傷を負わせるのが怖いとかを抜きにしても、やっぱりためらわれるものがあった。
見た目が華奢で可愛らしい美少女とくれば、なおさらだ。
そんな俺の内心を知ってか知らずか、彼女は柔らかく微笑んで告げてくる。
「さて、では戦いの前にステータスの開示を行うとしますね。あ、ホクトさんのは先ほど見せてもらいましたから、もうけっこうですよ?
いや~、なかなかに立派なパラメーターと技能をお持ちになっていたようで。正直、驚きました」
そして、頭に乗せるようにして被っていた帽子を取り、一礼してくるエアリィ。
それに合わせて、長い栗色の髪がさらりと揺れる。
それから、ややあって。
ネーム:エアリィ・プレスコット
マジック・ポテンシャル:風、治癒、束縛、殺
クラス:バトルシスター
レベル:19
力:D
耐:E
速:D
魔:C
運:D
スキル
魔術:B
調理:A
知略:C
忠誠心:A
見切り:C
鋼の意志:C
薬品調合:C
隠密行動:C
信仰の加護:C
投擲(短剣):C
あれ? なんか、さっき戦ったアリシアと比べてパラメーターがあまりにも低いような?
技能も、数こそ十個と多いけど、ランクのほうを見てみると全体的に浅く広くって感じだし、戦闘には影響しなさそうなものだって混じってる。
「どうしました?」
「へ? あ、いや……」
思ってたよりも弱そう、なんて口に出せるはずもなく、俺は代わりに問いをひとつ発した。
「エアリィのクラスって、『シスター』じゃないんだな。えっと、『バトルシスター』……?」
「ああ、そのことですか。『シスター』って、戦闘能力が皆無なんですよ。治癒や蘇生、強化に浄化といったことはできるんですけど、『傷つける』ってことに関しては、からっきしで。
で、戦闘能力を得た『シスター』は『バトルシスター』に成るんですよね。自動的に」
「クラスチェンジ……役割の変更、か」
手にしていた青い帽子を頭に戻しつつ、エアリィは俺の言葉を肯定する。
「そういうことです。――他に、なにかご質問はありますか? わたしにわかる範囲のことでしたら、冥土の土産に答えて差し上げますよ?」
「待て待て待て待て! これ、模擬戦なんだよな!?」
「ええ。でも、わたし言ったじゃないですか。『殺す気でいきますので』って」
まあ、確かに言ってたけど……。
「もちろんホクトさんも、わたしを殺す気でかかってきてくれていいですからね?」
「いやいやいやいやいや。そんな気には、さすがになれねえから」
でも、エアリィはこれといった武器を持ってねえんだよなあ。
アリシアのときみたいな勝ち方を狙うのは、正直、難しそうだ。
喉元に剣を突きつけても、意地を張られたらそれまでだし。
いや、待てよ。
本当にエアリィは武器を持ってないのか?
彼女の技能をよく見てみれば、それっぽいのがあるじゃないか。
『投擲(短剣)』。
ランクはCだけど、こんな技能を持ってる以上、彼女は短剣を愛用しているはずだ。
よしよし、こうやってちゃんと分析していけば、エアリィを降参させるための糸口は見つけられるはず。
他には……魔術の技能か。これは持っていて当たり前だな。
でもって、魔術メインで攻めてくるのなら、注意すべきはマジック・ポテンシャル。
……って、うわ、四つもあるのかよ! 多いな!
ん? ちょっと待てよ? 風と治癒はわかるが……
「束縛!? あと、殺ってなに!?」
「束縛は束縛、殺は殺ですよ」
なにをわけのわからないことを言ってるんですか、みたいな表情と口調で返される。
あーっと、つまり……縛るのと殺すのが得意ってこと?
つか、これはアリシアと戦う前にも思ったことなんだけど、マジック・ポテンシャルって魔術に限ったものじゃないっぽいんだよなあ。
その人間の本質っつーか、本性っつーか。だから、つまり……
「この人殺し予備軍!」
「どんな思考を経て、その結論に至ったんですか!? ……まあ、あながち間違ってはいませんけど」
「間違ってねえのかよ! むしろ間違っててほしかったよ!!」
「でも、事実としてわたしは、建物に忍び込む訓練とか、相手の裏をかくための技術とかを祖父に教え込まれていますし」
「そういうことをサラッと言わないでくれ! そんな可愛い顔で!」
「女性だというだけで油断することもあるらしいですからね、男の人って」
「男の純情を手玉に取ろうとするなあぁぁぁぁぁぁっ!!」
「あ、大丈夫ですよ。まだ『暗殺術』は全然教われていないので」
「それ教わってたら、色々手遅れだったからさあ!」
つーか、なんなんだ?
アリシアといいエアリィといい、この国では暗殺者めいた技能を身につけるのが当たり前なのか?
いや、それとも他の国でも……?
「それはそれとして、ホクトさん。おふざけはこのあたりで終わりにして、そろそろ模擬戦を始めるとしましょうか?」
「へ? あ、ちょい待ち! もうちょっとだけ技能見させて!」
「はあ、別にいいですけど……。あんまり、舐め回すようにジロジロと見るのはやめてくださいね?」
言って、自分の身体を軽く抱きしめてみせるエアリィ。
それはまるで、あまり見られたくはない箇所を俺の目から隠すような仕草で……。
「……って、いやいやいやいや! ステータスってそういう類のもんじゃないだろ!? ……えと、そういうものじゃ、ないよな?」
いや、けどまさか、と思いながら恐る恐る問うてみると、彼女は両腕を身体から離し、人差し指を立てて小悪魔めいた笑みを返してきた。
「ええ、もちろん見られて恥ずかしいものではないですよ? いまのは、ちょっとした冗談です」
「やめてくれよ、そういうの! 他人にステータスを見られるのは、もしかしたら恥ずかしいことなんじゃないかって、まだ思ってたんだよ!!」
「なら、そうではないという確信が得られてよかったですね」
「ええ、そうですね!!」
ヤケ気味に叫び、改めて俺はエアリィの技能に目を向ける。
魔術と短剣投げ以外だと、戦闘に向いていそうなものは……『知略』と『見切り』、くらいのものか?
屋外で、それも正面きって戦う以上、『隠密行動』は役に立たなさそうな気がするんだよな。
実際、アリシアとの戦闘でも、その恩恵があった感じはしなかったし。俺とアリシア、お互いに。
「よし、準備オッケーだ。始めようぜ」
「わかりました。――ではシャーリーンさま、よろしいですか?」
「ええ、悔いの残らぬよう全力で戦いなさい、エアリィ。これがあなたの最後の戦いとなるかもしれないのですから」
「はい。承知いたしております」
最後の戦いになるかもしれない?
どういう意味だ?
しかし、そんな疑問は女王さまの声にかき消さることとなった。
「では――第二戦、始め!」
その一声を皮切りに、エアリィから和やかな雰囲気がかき消える。
「――ふっ!」
左手側のローブの袖。
彼女がそこに右手を差し入れたと思った次の瞬間、その右手が一閃し、銀色に輝く『なにか』がこちらに向かって飛んでくる!
「――いっ!?」
ガスッと音を立てて、それが俺の額に直撃。
思わず腰を屈め、両手でおでこを押さえてしまう。
な、なんだなんだ!? いま、俺の額には一体なにが当たったんだ!?
もちろん、その答えはもう出ている。
彼女の持っている技能のことを思えば、なにを投げてきたのかなんて、考えるまでもないのだから。
事実、俺の足元には安っぽい造りの短剣が一本、転がっているし。
けど、いきなり額めがけて投げてくるなんて思わないだろ、普通!
「――わたしの短剣が、外れた……?」
「外れてねえよ! 思いっきり当たってるじゃんか! つーか、めちゃくちゃ痛かったぞ、おい!」
呆然と呟くエアリィに、声を大にして反論する俺。
しかし、彼女が言いたかったのはそういうことではなかったらしく。
「……なら、もう一度っ!」
再び振られるエアリィの右手。
けど、もう当たるかっての!
『速』のランクには圧倒的な差があるんだ。投げるモーションさえちゃんと見てれば、避けるなんて余裕余裕!
「今度は、当たってさえいれば、ちゃんと刃が刺さっていた。そういうふうに、ちゃんと飛ばせた……。……では、次ですっ!」
なんだ? いまのは外れること前提で投げたのか?
なら、目的は牽制? いや、そういうのとも違って、もっとこう、なにかを検証しようとしているかのような……。
袖のところに隠し持っていた短剣が尽きたんだろうか、彼女はローブの裾をまくりあげ、そこに手を――って、ちょっと待てエアリィ! お前はなにを考え――
「――てっ!?」
三度目の短剣は、俺の脛に命中した。
痛てえ! 当たったのは刃じゃなくて柄の部分だけど、それでも痛てえ! さすがは弁慶の泣き所っていわれてる場所だけのことはあるな、おい!
つーか、俺の『耐』のランクはBだろ!? それでもこんなに痛てえのかよ!!
それにしても……あー、くそぅ! エアリィって、いつも足首近くまで隠れるローブを着てるからなあ。白く眩しい肌が膝のちょっと上あたりまで見えたってだけで、思わず動揺しちまった!
や、動揺したっつーか、目が釘づけになっちまったっつーか……。
とにかく、そんな色仕掛けめいた手段で俺の動きを止めにかかってくるとは夢にも思わなかったぜ!
一方、そんな大胆な戦法で俺を惑わしにかかってきたエアリィは、表情を厳しくして、なにごとか呟いていた。
「やはり、これも当たりませんでしたか……」
「おい、こら! だから当たってんだろ! 繰り返しになるけど、めちゃくちゃ痛かったぞ!」
「お言葉を返すようで恐縮――あ、いえ、全然恐縮はしませんが……それはそれとして、ホクトさん。本来、短剣は当てるのではなく突き刺さるように投げるものです。
命中したのに突き刺さらないだなんて、それは投擲の技能を有している者にとっては恥以外のなにものでもないんですよ?」
「うん……? まあ、言いたいことはわかるけど、手元が狂うことくらい、誰にだってあるだろ?」
「わたしに限って、それはありえません。……と言いたいところですが、まあ、そのとおりですね。一度だけなら、『手元が狂った』で済ませてもいいでしょう。
ですが、いまのは二度目ですよ? 連続でこそなかったものの、二度、ホクトさんに命中しながらも刺さらなかったんです」
「まあ、そうだな……」
「さらに、連続でこそなかったとは言いましたが、ホクトさんに当たったものは二回続けて刺さりませんでした。
一度だけなら、偶然で流しましょう。ですが二度続いた以上、これは必然です。起こるべくして起こった現象なんです」
「そう、か……?」
まだまだ、偶然の範囲内だと思うんだがなあ。
あ、でも俺が望めば『創聖神の加護』の効果で、そういうことも起こりうるか?
というか、望まなくても『短剣の軌道が明後日の方向に逸れる』くらいの現象は起こってくれよ、頼むから。
いやまあ、『俺が望めば』っていう条件である以上、俺がそうと望まなければ『創聖神の加護』が働くなんてことはありえないんだろうけど。
でも、もうちょっと融通っつーか、そういうものが利いてくれてもいいんじゃないか?
もちろん、本当に融通が利かないっていうんなら、エアリィの短剣は俺の額やら脛やらに刺さってたんだろうけ――
「……って、そういうことか」
「あら、ようやくホクトさんも思い当たりましたか? あなたの『運』のランクの高さと『創聖神の加護』という技能、それらがもたらしているのであろう現象に」
「まあ、なんとなくは、な。――けど、そっか。そういえば俺の『運』も高かったっけか、忘れてたぜ……」
「忘れないでくださいよ、ランクEXって破格なんですから……」
「悪い悪い。――でも、そうだな。俺が望むとおりのことが起きるってのが『創聖神の加護』の効果なんだもんな。
心の奥底であろうと本能的にであろうと、俺が『死にたくない』って思ってれば、死ぬことにだけは絶対にならないってわけか。
でもって、死に繋がる可能性がある以上、『創聖神の加護』は慣性だろうとなんだろうと捻じ曲げ、どうにかして短剣が俺に命中しても大丈夫な状況を作りだす、と」
もちろん、本当なら『当たらない』のがベストなわけだが、不意打ちにも近いものだと、俺が『当たりたくない』って思う前に、その攻撃が当たっちまう。
で、俺が『思う』ことが発動条件である以上、『思わない』と『創聖神の加護』は働かないわけで。
でも人間は誰だって、本能的に『死にたくない』と思ってるから、それをギリギリのところで察して、死なない程度の怪我に留めてくれる、と。
う~ん、やっぱり万能ってわけじゃないんだなあ、この技能も。
死ぬことはなくても、油断してたら全治一年とかの大怪我は普通にしそうだ。
特に一番怖いのは、エアリィの短剣投げや色仕掛けみたいな『不意打ち』や『騙し打ち』の類。
要するに、俺の意識の外からの攻撃か。これには本当に注意しなきゃだ。
と、思っていたよりも『穴』のあった『創聖神の加護』の効果に顔をしかめていると、どこか恐怖に怯えたような表情のエアリィと目が合った。
「ホクトさんの『望むとおりのことが起きる』……? そんな……そんなの、どうしようも……。可能性なんて、億にひとつも……」
「ど、どうした? エアリィ?」
「……それでも。それでもわたしは、この国のために……。シャーリーンさまや、お爺ちゃんのために……。
なにより、わたしが忠誠を誓った、シャルのために……!」
「お、おい! エアリィ!?」
「ホクトさん、覚悟っ!」
そう声を張り、彼女は滑らかに呪文を詠唱する。
「――光に包まれ、逝きなさい」
そこには、淀みや悪意なんて微塵もない。
「せめて、心安らかに――」
けれど、なぜだろう。
俺はそれに、狂気じみたものを感じずにはいられなかった。
紡ぎ終えた、二節の詠唱。
魔術を発動させるために、彼女は両の手を前に突きだし――『解放言語』を口にする!
「精神裂槍っ!」
撃ちだされたのは、蒼白い光線だった。
あるいは、光の槍と喩えることもできるかもしれない。
どちらにせよ、これに当たるわけにはいかないだろう。
その軌道が変化することがあっても対応できるよう、俺は意識のすべてを光の槍へと集中させ――
瞬間、時間の流れが――変わった。
なにもかもが、遅い。
エアリィの口の動き、戻そうとする両手の動き、そして迫り来る青白い光線の動き。
そのどれもが、どうしようもないくらい遅く感じられた。
これは、俺の持つ技能の効果か?
それ以外には考えられない。
けど、一体どれの……?
――あ、『集中思考』か!?
事実、すべてが遅くなった世界の中で、俺の思考だけがいつもどおりの速さで動いている。
そう、思考だけが。
自分の身体は、ゆっくりとしか動かせないのに。
けれど、かわせる。
あれを避けるための、一番ベストな動き。
もっとも無駄のない動作。
それを考える時間がたっぷりあるいまなら、余裕で避けられる。
そうして、その意志のままに俺は魔術をかわし。
元に戻った時間の流れの中で、再びエアリィと対峙する。
それにしても、一体どうしちまったっていうんだ? エアリィは。
『創聖神の加護』の効果を正確に把握したあたりから、様子がおかしく――というか、半ばヤケになり始めたような気がするけど……。
「かわ、された……。――けど、まだっ!」
それにしたって、落ち着きってもんがなくなりすぎてるだろ!
お前、どっちかっていわなくても余裕を持ってかまえてるタイプじゃんかよ!
本当、一体どうしちまったんだ、エアリィ……!!
模擬戦の第二戦、VSエアリィ開始です!
けれど、途中から彼女の様子がおかしくなってきているような……?
ホクトのウザいくらいの調子の乗りっぷりすら、なんだかエアリィの放つ雰囲気に呑まれてしまっています。
まあ、こちらは早々に緩和したかったので、ちょうどよかったですが。
ともあれ、ホクトVSエアリィが一体どのような形で決着するのか、楽しみにしていただければ幸いです。
この戦いの決着が、エアリィにとってはひとつの転機にもなると思いますので。
それでは、また次回。




