雨と魔術師の受難(1)
そろそろ、起から承くらい。
多少の雨が降っても多少視界が悪くなるくらいで、現実に濡れる訳でもなく、街の中を歩き回るのはまったく問題にならない。むしろちょっとした風流を楽しみつつ、生産職関連の聞き込みを続ける。
集会スペースや酒場などに設けられたプレイヤーの簡易ショップや各地のギルド直営のストアなどを、冷やかしたり実際に買い物したりしていると(NPCのショップ売りでは手に入らない回復ポーションLV1+aが予想通り少数であるが出回り始めていた)、東門の方が騒がしくなっているのに気付く。現実だろうとゲームだろうと、人が集まって活動していれば一定程度のいざこざやトラブルは起きる。何か喧嘩でも起きたのかと、物見遊山で見に行く。
東門の近くの広場に近付くと、外から帰ってきたと思わしきどこかのギルドと、広場に集まった人たちが激しく議論をしている。喧嘩、というよりは外から戻ってきた連中が、街の中の人たちに何やら話しかけているのを周囲の人が訝しく見つつも話は聞いている、という感じである。トラブル、というよりは何かアクシデントでも起きたか。
「やべーよ、なんか魔法が全然効かなくなってんだよ。草原の蛇が全然倒せねーの。どうなってんだよ、これ。」
「なんか変なものでも拾って発動率ペナルティでも食らったんじゃないのか?食い物アイテムに新しい効果でも発見されたのかい?」
「な。嘘だと思うなら試して来てみろよ。痛い目を見ればいいのさ。」
濃茶のローブを着て杖を持った如何にも魔術師風の男が何やら主張している。周囲は、聞き流しているもの半分、話の相手をしているのが一部、面白かったらなんでも良さそうというのが残りというところか。他人のことは言えた義理ではないが、野次馬成分が全体的に濃い。はじめは男の話は碌に取り合って貰えず聞き流されていたが、同じような話を持ち込むプレイヤーが増えてから風向きは徐々に変わってきた。困惑が広がる中、外から戻ってきた5人組のパーティを捕まえて話を聞いてみる。
「遺跡の攻略を進めているときだったか。雨が降ってきたのは。一部のエリアで足場が悪くなるので地形効果がバッドステータスで働くらしい。とたんに戦いにくくなった。あと、どうもはっきりしないのだが、魔法の効きが悪い。これでは攻略もきついというので一度街に戻ってくることにした。さっきから周りの話を聞いていると、どうも魔法が効かないケースは同じであちこちに出てるらしいな。」
パーティのリーダーだろうか、気持ち軽装備の鎧に大剣を背負った戦士風の男が話してくれた。続いて、パーティの魔法職担当だろう。種族は容姿のカスタマイズが激しいので判別しにくいがエルフだろうか。レザー系装備に短剣に小ぶりのロッドと軽戦士よりのスタイルを採っている。
「補助魔法は変わらず使えていたので、魔法がまったく使えないというのではないわね。炎系が軒並み駄目。サブに備えてた風系も半分くらいかしら。攻略するにはちょっと使えたもんじゃないわね。リーダーと話し合って区切りも悪くないので撤収。どうしたものかしら、これ。」
理由は、と考えるまでもなくほぼ明らかであろう。雨のせいである。雨で炎が消えるから、とさすがにそんな単純な話ではないにしても天候変化、あるいは環境変化で魔法攻撃は影響を受けるということであろう。果たして魔法だけなのか?との疑問は立つが、いずれ各所で話を聞けば分かることである。こうなるとやることはひとつ。まずは実際自分でも試してみるに尽きる。涼音さんに事態の説明と合わせて出陣要請を出し、草原での散歩としゃれこむことにした。ポーション出来ていたらそのまま持ってくるように合わせて依頼しておく。
まだポーション混ぜてるのよ!との文句から待つことしばし。そうは言ってもどこかしら楽しげな涼音さんがやってきた。
「ほれ、2本だけ出来た+aポーション。一本あげる。他でも出回ってきてるし、気の早いところでは+bが出来たとの話も入ってきてるし、攻略も進むようになるかもね。生産やってる人たちも頼りにされてるから結構楽しそうよ。」
声も楽しげな涼音さんがポーションを手渡してくるので素直に受け取る。
「さんくす。では虎の子として使わせて貰おう。代わりにではないけれども、状態異常関連のポーションセット。町売りに混じって出てた若干割安のプレイヤー生産もの。で、起きてることは話した通りなんだけれども、もちろんのごとく実地テストをしたい。」
「何が起きてると思ってる?何か予想は出来てるんでしょ?」
装備品の簡単なチェックを行いつつ涼音さんが尋ねてくる。
「完全ではないけれども。むしろ、前から持ってた疑問が解消されてすっきりした。」
「疑問って?」
「ほら、炎系の属性が他より、与ダメージ効率では1,2段優れてるぱっと見て強いバランスだったよな。フィールドがそう広範囲に広がることはないだろうβテスト期間を考えると、炎系に偏りが出そうなのを運営はなぜ放置したのだろう、と。普通に攻略の効率を考えたら炎を取りたくなる。ま、そこで誰かさんは素直な育ちの良さを発揮して氷系に半ば特化した訳であるが。」
「特化したのって誰のことでしょうね、それ。世の中しみじみいろんな人がいるものね。」
この程度だと流せるだけのスキルは持ってるか、まぁいい。ジャブというほどでもないので話を先に進めよう。
「あからさまに取るといいぞ、とばかりのバランス設定の見せ方自体がこのゲームのデモンストレーションだったんじゃないかと今では思ってる。間違いなく、表の掲示板やWikiにはこの出来事についての議論が溢れていることだろう。“どういうゲームなのか”を分かってもらうにはユーザーに思い切り実体験してもらう方がいい。タイミングについては事前設定していたのか、モニターしていて環境変化させたのかは知らないが、ある程度ゲームに馴染み始めたところで雨を降らせたのは、いま騒ぎになってるような展開を狙ってだろう。」
「確かに、この広場にたくさん人集まってるよね。ちょっと多くて邪魔なくらい」
「もうひとつ、気付いてるかもだけれど大きなヒントがあった。」
「占いね。雪ちゃんのお友達の、上原あざみさんだっけ?」
「そう。ネタクラス、遊び用のスキルである可能性はもちろんあったけれども、ネタだったらもっとやりたい人が自由に選んで選びやすくした方が面白いのにわざわざ門戸を閉じてるのはおかしい。となると、何か明らかになっていない設定と繋がっていてもおかしくない、とは踏んでいたけれどもまさかこう来るとは。」
「スクロール商人も、表向きはそれで取ったんでしょ?本音はどうせ面白そうだから、だろうけれども」
「む、その話に行くか。こっちはまだ大したことは何も分かってないので追々とすると、つまり、あからさまに炎系魔術が流行るようにしておいて、雨で駄目駄目にする。持ちあげておいて落とす、というお笑い基本コースみたいなのを仕掛けられた訳だ。ざまぁみろ、βユーザーども、とばかりに。さすが運営。事前プロモーションの情報統制をかけてまでやってくるとは。」
「でも、怒る人も出てこない?これだと」
涼音さんの疑問はもっともである。ハメられた、との気分になるユーザーも多少は出てくることだろう。とはいえ、ゲームバランスとして歪にしていない限りは早晩ゲームシステムへの理解が進んで騒ぎは落ち着いてくることだろう。
「涼音さんの言いたいことも分かる。でも、その程度のことならとっくに予想済みで分かって仕掛けているんじゃないか。もう少し経ってみないと確証を得られないが、要は炎系は環境変化に左右されやすい、少なくともβテストの期間とフィールドではそう見える系統なんじゃないかと踏んでる。モンスターの属性と、先々の天候変化、あるいはフィールド環境変化を読みつつ攻略体制を作っていくのがこのゲームの本質なんじゃないか。どの状況でも平均的に戦えるけれども、爆発力のなさそうなのを“素・直・に”取るか、状況に左右されるが火力が高いピーキーなのを取るか。そういう作戦の組み方やプレイスタイルの選び方も問われてるんだと思う。」
「ええ、素直に取りましたよ。氷。なんせ育ちがいいですからね。そ・だ・ち・が。」
よし、一本取れた。しかし、まだ甘い。期を逃さず追撃するのが戦いの基本である。
「という訳で、表で起きてるだろう阿鼻叫喚を眺めて回るのと、実際に自分たちで試してみるものの二つだな。噂の年上の彼氏とは真逆の年下属性だが、そこのところは我慢してもらって雨中のデートとしゃれこもうじゃないですか。ね、涼音さん。」
にやり、と分かりやすい形で最後だけわざと音声の出ないチャットで話しかける。
「な、な、なんで!言ったことないよね!どうして知ってるの!」
ギリギリ理性が残っていたか、狼狽しつつも反応はチャットで返ってきた。リアル身体の方はパクパクとして、丘に打ち上げられた魚のごとく機能不全に陥っている。鍛冶作業をしていた大塚が何かあったのかと目で問いかけてくるがいまは話を広げるつもりはない。なんでもない旨を伝えてさっさと門の外に出ることとする。さぁ、おとなしく行った行った。なんのためにチャットでこっそり伝えたのか分からないでもなかろうに。ほどほどにしないと大塚が怪しんでるよ?バレるよバレるよ?
リセットのかかった涼音さんが機能不全から戻ってこれたのは、東門から草原に出て軽く一回りし、通称蛇、あるいは草蛇ことアシッドバイパーにあしらわれる幾つかのパーティを楽しく眺め、北の森と同じく棲息しているグラスガゼルをサンプルに魔法の威力変化調査を概ねし終わってからであった。分かったこととして、氷だと倒すには至らないものの雨中でもそこそこ戦えること、氷系の魔法は威力減はさほどではなく、落ちても8割程度まで。雨の影響は微小。落ち方も魔法が弱まったというよりは、水環境ボーナスによりバイパーの耐性が高まったのが半分原因ではないかというところだった。それよりも、弓の精度が落ちる。遠くから射った際の命中度が目に見えて悪い。戦えないものではないが、これはたまったものではない。若干笑ってる場合ではなかった。雨天の単独行は無理せず逃げの一手がいいかもしれない。
もうひとつ。草原を中心に蛙型のモンスター、レインフロッグが出現するようになっていた。まんまやな!との関西風味の突っ込みを聞き流しつつ、不規則に跳ねる蛙を二人で射抜いては凍らせては倒していく。加工系のスキルを持っていないため、何の役に立つのかまったく分からないが素材として獲得した両生類の皮をまたも積み上げるのであった。
動きの速くあちこち跳ねまわる蛙に小規模範囲魔法を連発していた涼音さんが魔力切れに陥ったため、調査を切り上げて街に戻ることにする。歩き回りながら観察とヒアリングを続けた結果、遺跡に行けるパーティが草原でもややてこずるようになるなど、雨になると難度が1段階2段階上がっていた。晴れない限りは、遺跡の全踏破はもう少し先になりそうである。
大規模改定はかけてないですが、過去更新に多少の修正をかけています。
が、あんまり改定ログをちゃんと取れてないのでごめんなさい。。。




