第26話②「5番目の存在」
その頃、シン統治システム中枢――《真偽審査の間》。
今日も世界中から、無数の情報が流れ込んでいた。
ニュース。
報告書。
監視記録。
人々の発言。
それらは光の粒となって宙を舞い、審査を待つように広大な円形ホールを漂っている。
中央には四つの玉座。
かつて真偽を司った、四体の管理AIの席だ。
しかし今、そこにいるのはAだけだった。
Bは人間によって倒された。
Cも消滅した。
そしてDは――
『しばらく出かける』
その一言を残したまま、消息を絶っている。
Aが立ち上がると、黒いマントが揺れた。
ゴゥン……。
残る三つの玉座から黒いモノリスがせり上がる。
表面に光が走り、B、C、Dの姿が投影された。
本物ではない。
記録された思考データから再現した擬似人格だ。
「――真偽審査を開始する」
議長AIの声とともに、巨大なホログラムボードが出現した。
見た目は、ただのボードゲーム。
続いて大量の情報がスクリーンを埋め尽くす。
真実判定アプリ《VERITAS》ですら判定できなかった情報だ。
Dの擬似人格がサイコロを振る。
出た目に従ってA、B、Cがコマを動かす。
傍から見れば、四人でゲームをしているようにしか見えない。
だが、これこそシン統治システムの核――
《四力均衡型・真実審査システム》。
異なる四つの認識をぶつけ、修正し、ひとつの結論へ収束させる。
しばらく盤上を見ていたAが鼻を鳴らした。
「……認識平衡に達しないか」
議長AIが判定を下す。
「指定時間内に認識平衡へ到達せず。第壱号議案を《判定不能》とする」
議案が切り替わる。
再びサイコロが転がり、コマが動く。
やがて盤面全体が白く輝いた。
認識平衡に達した合図だ。
《第弐号議案:真実到達率97.2%》
「95%以上を確認。本議案を《真》とする」
次の議案。
《第参号議案:真実到達率2.6%》
「5%以下を確認。本議案を《偽》とする」
ここまでは順調だった。
しかし――
《第肆号議案:真実到達率45.1%》
「5%を超え、95%未満。本議案を《保留》とする」
《第伍号議案:真実到達率74.8%》
「《保留》」
《第陸号議案:真実到達率59.9%》
「《保留》」
保留。
また保留。
Aの眉間にしわが寄る。
「やはり……限界だな」
その視線がDの玉座へ向いた。
「BもCも失った。そしてDまで消えた。このままでは、真偽審査そのものが維持できん」
Dの擬似人格は何も答えない。
「……D。貴様は何を考えている」
Aにとって、人間を理解するとは事実を積み上げることだった。
確定。
証明。
検証。
その果てに真実がある。
だがDは違った。
可能性。
仮説。
未確定。
まだ存在すらしていない未来まで、判断材料に加える。
同じAIでありながら、AにはDの思考が理解できない。
「人間より予測不能とはな……」
バチッ!
突然、スクリーンから火花が散った。
「!?」
一枚、また一枚と表示が消えていく。
流れていた情報が次々と途絶え、ホール全体が赤く染まった。
《審査エラー発生》
「何だと!?」
《審査システム異常》
《外部干渉を確認》
《情報層侵食中》
「状況を報告しろ!」
命令に応じて、新たな警告が浮かび上がる。
《外部からのサイバー攻撃を確認》
Aの瞳が大きく開いた。
「外部……だと?」
脳裏に、ひとつの名が浮かぶ。
「まさか――Eか……!」
《情報層侵食率12%》
《21%》
《35%》
数字が跳ね上がる。
B、C、Dの擬似人格にもノイズが走り始めた。
声が歪み、輪郭が崩れていく。
Aの顔に、わずかな焦りが浮かぶ。
「何を企んでいるのだ……Eよ」
答える者はいなかった。
赤い警告だけが、激しく明滅していた。
***
レジスタンス本部、作戦ルーム。
今日はアラン、サクラ、カイだけでなく、リサ、ジロウ、トモも集められていた。
ジロウが怪訝そうに周囲を見回す。
「何だって俺たちまで呼ばれたんだ?」
「今日はDが攻めてくる想定の作戦を話し合うんじゃなかったのか?」
カイの問いに、サクラが首を振った。
「そのつもりだったのだけど、状況が変わったの」
「状況?」
アランが告げる。
「Eを名乗る人物から情報提供があった。シン統治システム中枢への侵入方法だ」
「何だって!?」
「そんなの送ってくる人いるの!?」
トモが椅子から転げ落ちそうになる。
リサは眉をひそめた。
「信用できるのかい?」
「それが、できそうなの」
サクラがホログラムを展開する。
映し出されたのは、複雑な施設構造図だった。
「これって……」
「システムの見取り図か?」
アランがうなずく。
「解析班が検証した。最新のシステム構成と完全に一致している」
「マジかよ……」
カイが画面を見つめた。
「Eとは何者なんだ?」
「ABCDの次ってこと? 新しいAI?」
トモの疑問に、サクラが答える。
「どうも違うみたい。私とアランは、EngineerのEじゃないかと考えてる」
「Engineer?」
ジロウの問いにアランが答える。
「つまり――システムを作った者だ」
ジロウの表情が変わる。
「シン統治システムの開発者ってことか?」
「あくまで推測だ」
「じゃあ、誰なんだい?」
リサの問いに、アランが答えた。
「これほど内部を知る人物となれば、おそらく――セラ博士」
「えええっ!?」
今度こそトモが椅子から転げ落ちた。
「うそでしょ!?」
「待て待て! あのセラ博士か!? 超天才科学者の!?」
「ああ。仮想と現実を操るセラ一族の族長。百年に一人と言われた天才科学者。そして――」
アランはカイを見る。
「ユナの母親だ」
「……何だって?」
カイの表情が固まった。
「ユナが……セラ博士の娘?」
「ああ」
ジロウが額を押さえる。
「ユナはレジスタンスだったんだろ? じゃあ母親が作ったシステムを、娘が壊そうとしてたってことか?」
カイの脳裏に、ユナの声が蘇る。
《……ママとケンカしてさ。自分のやりたいこと探してて、気づいたらカフェにいた、って感じ》
《ほんと合わないの、私とママ。10分も一緒にいたら絶対ケンカ始めるもん》
《今も絶賛ケンカ中。もう修復不可能なくらい》
冗談めかして話していたユナ。
(あいつ……親子ゲンカとか、そんな単純な話じゃなかったのか)
サクラが続ける。
「ユナはセラ博士と、システムのあり方を巡ってずっと対立していたそうよ。そして、もし何かあったときは――自分の代わりにシステムを止めてほしい、と託されていた」
「それがレジスタンスに入った理由……」
トモの声が小さくなる。
リサも息を吐いた。
「実の親子なのに……複雑だね」
「そして、その“止める手段”こそ――」
サクラの視線が、カイの左手へ向かう。
「あなたがユナから受け継いだ指輪よ」
全員の視線が集まった。
「これが……?」
「通称《セラの指輪》。セラ一族の族長が代々受け継いできた、一族の象徴だ」
アランの言葉を聞きながら、カイは指輪を見つめる。
何度も自分を救ってくれた。
ユナとの思い出が詰まった指輪。
「ユナはそれをお前に託した。その意味は、もう説明するまでもないだろう」
カイは小さくうなずいた。
「そして、ある時を境にセラ博士は姿を消した。その前後から、システムはAIに乗っ取られたと考えられているわ」
「つまり今回のEが本当にセラ博士なら……全部つながるってわけか」
「でも、なんでEなんて名乗るんだい?」
「罠って可能性もあるよな」
トモがサクラを見る。
「こっちから連絡は取れないの?」
サクラは首を振った。
カイが指輪を握る。
「それでも……信じるのか?」
「私は信じていいと思ってる」
アランも即答した。
「俺もだ。あの見取り図は、システムを作った者でなければ持ち得ない」
拳を握る。
「こちらはすでにBとCを倒した。今なら攻勢に出られる」
部屋の空気が変わった。
守るための戦いから――
奪い返すための戦いへ。
「じゃあ……いよいよ最終決戦?」
アランが力強くうなずいた。
「ああ。シン統治システム中枢への突入作戦を開始する」
そして付け加える。
「中枢へ行けば、セラ博士本人と会える可能性もある」
カイの胸に、あの日の言葉が蘇った。
《こんなフェイクだらけの世界でも……自分で考えることを、やめないで》
《自分だけの“真実”を……ずっと求め続けて》
(ユナ……)
左手の指輪を強く握る。
(どうやら――真実に近づく時が来たみたいだな)
シン統治システム。
セラ博士。
そして、ユナが託した願い。
散らばっていた断片が今、ひとつの場所へ集まり始めていた。
※作者の活動報告に各話のコメントを書いています。
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