第25話③「カフェを継ぐもの」
数日後――
カイはアイマスクを付けられたまま、ピコとソウタに両脇から誘導されていた。
「おい、どこに連れて行く気だ」
「内緒です」
ピコが淡々と答えると、反対側のソウタが笑った。
「でも、期待していいですよ」
「その言い方が一番信用できねえ」
カイは眉をひそめる。
「どうせユカが何か企んでるんだろ」
「さて、どうでしょう」
「嫌な予感しかしねえ……」
ピコとソウタは顔を見合わせて笑う。
やがて足が止まった。
「到着です」
「お疲れさまでした」
ソウタがアイマスクを外す。
カイは目を開き、息を止めた。
「ここは……」
そこは、《Analog Mind Café》。
磨かれたカウンター。
並ぶカップ。
漂うコーヒーの香り。
失われたはずの日常が、そこにあった。
「いらっしゃいませ」
声の方を見る。
カウンターの向こうに、エプロン姿のユカが立っていた。
「はい。カイ・スペシャル。濃くて苦いやつ」
ことり、と大きめのマグカップが置かれる。
カイは何も言わず、カウンター席へ腰を下ろした。
マグを持ち上げる。
煙を思わせる深い焙煎香。
強い苦味。
その奥に残る、わずかな甘さ。
懐かしい。
胸の奥にしまっていた記憶が、香りとともに浮かび上がる。
ひと口。
カイの眉が動いた。
「ど、どう?」
ユカが身を乗り出す。
ソウタも横から顔をのぞかせた。
「大丈夫ですか?」
「評価待機中です」
ピコまでじっとカイを見つめている。
三人の視線を受けながら、カイはもうひと口飲んだ。
「……うまい」
ユカの目が見開かれる。
「ユナのコーヒーと同じだ」
「やったぁ!」
ユカの顔がぱっと輝いた。
「やりました!」
「成功です!」
ピコとソウタがハイタッチする。
「よかったぁ……! ちゃんと再現できてたんだ」
胸をなで下ろしたユカは、すぐに得意げな顔になった。
「よく味わって飲んでね」
にっと笑う。
「作るの大変だったんだから」
その言葉に、カイの口元が緩んだ。
「どうしたの?」
「いや……ユナと同じこと言うんだな」
「えっ? ユナお姉ちゃんと?」
カイは答えず、マグへ目を落とした。
目の前のユカに、遠い日のユナが重なる。
***
まだユナがいた頃の《Analog Mind Café》。
「はいっ! カイ・スペシャル♪ 特別に濃くて苦いやつ!」
ユナが得意げにマグカップを差し出した。
「カイの嗜好データを元に最適化しました」
ピコの補足を聞きながら、カイは半信半疑で口を付ける。
「……こりゃ強烈だな」
「えっ!? もしかして失敗?」
ユナが慌ててカウンターから出てくる。
カイはそんな彼女を見て、少し笑った。
「いや。最高に好みだ」
「ほんと!?」
ぱっと表情を輝かせたユナが、そのまま抱きついてきた。
「でしょでしょでしょ! もっと褒めて〜っ!」
「近い近い!」
「いいじゃん〜♪」
楽しそうに笑うユナと目が合う。
そのまま、そっと唇が重なった。
濃くて苦いコーヒーの味がした。
横にいたピコが、そっと視線を外す。
「えへへ」
ユナは照れくさそうに笑い、カイのマグを指さした。
「よく味わって飲んでね。作るの大変だったんだから」
「チャフ地獄でした」
「服も髪もコーヒー臭くなった!」
「三日ほど香ばしかったです」
「ああ」
カイはマグを軽く掲げた。
「ありがとう」
午後の光の中を、コーヒーの香りが漂っていた。
***
記憶から戻ったカイは、ゆっくりコーヒーを飲み続けた。
ユカも、ソウタも、ピコも急かさない。
最後の一滴まで飲み干し、マグを置く。
「うまかった。ごちそうさん」
「よかった」
ユカが柔らかく笑う。
「カイの喜ぶ顔が見れて」
そう言って――手を差し出した。
「……?」
「はい」
首をかしげるカイに、ピコが告げる。
「コーヒー代、800クレドになります」
「はァ!?」
カイの顔が引きつった。
「金取るのかよ!?」
「当たり前でしょ!」
ユカがカウンターを叩く。
「これからカフェ再開するんだから!」
ピコが項目を読み上げる。
「豆代」
「かかる!」
「光熱費」
「かかる!」
「設備維持費」
「かかる!」
そしてユカとピコが声をそろえた。
「世の中、お金です!」
「なんでそうなるんだ!」
「あはは……僕は無料でもいいんじゃないかって言ったんですけどね」
ソウタが苦笑すると、ユカは即座に首を振った。
「絶対ダメ! 常連だからこそ払うの!」
「カイだからこそ払うんです!」
「理屈がおかしい!」
笑い声が店内いっぱいに広がった。
久しぶりの、騒がしい《Analog Mind Café》だった。
***
さらに数日後――。
《Analog Mind Café》は、レジスタンスメンバー限定で営業を再開した。
任務の合間に隊員たちが訪れ、コーヒーを飲み、雑談し、笑って帰っていく。
カウンターにはユカとピコ。
ソウタはホール担当。
以前と同じようで、少しだけ違う光景。
カラン――。
ドアベルが鳴る。
「あっ、いらっしゃいませ!」
ソウタが客を迎える。
ユカも満面の笑みを浮かべた。
「《Analog Mind Café》へようこそ!」
コーヒーの香り。
人の笑い声。
ユナが残したものは、形を変えながら受け継がれていく。
《第25話・終わり》
次回予告
シン統治システムに忍び寄る、正体不明の存在。
そして、レジスタンスにもたらされた謎の情報。
ついに決戦の時が近づく。
守りたい。
力になりたい。
――でも、それだけで戦っていいのか?
ユナが残した指輪。
迫る、シン統治システムとの最終決戦。
そして俺とユカは、初めてぶつかる。
戦う理由がなければ、人は平気で自分を捨ててしまう。
次回、
『フラグメンツ・オブ・トゥルース ~最後の投擲~』
第26話「戦う理由」。
ユカ、おまえは――
何のために戦う?
そして、俺は――
※作者の活動報告に各話のコメントを書いています。
https://syosetu.com/userblog/list/




