第24話④「豆は茶色く、二人は白く」
ユカとソウタが焙煎する役を交代してから、しばらくして――。
「よしっ! 体力回復したから、またやる!」
ユカは気合いを入れ、ソウタからフライパンを受け取った。
「はい、どーぞ」
シャッ、シャッ――。
再びフライパンを振り始める。
豆はもう、最初の緑色ではない。
黄色から薄茶へ。
そして少しずつ、深みのある茶色へ変わり始めていた。
「おおー……最初、草っぽい匂いだったのに、急においしそうになってきた!」
ユカが鼻をひくつかせる。
「なんか、焼きたてのパンみたいだね」
隣のソウタも香りを確かめる。
「ナッツっぽい匂いもするし、ちょっとカラメルみたいな感じもする」
「糖分が加熱によって変化し、香気成分が発生しています」
「急に理科の授業始まった!」
ユカがフライパンを振りながらツッコむ。
そのとき――。
パチッ。パチパチッ――!!
「うわっ!?」
突然、豆が小さく弾け始めた。
ユカが慌ててフライパンを覗き込む。
「なにこれ!? ポップコーンみたい!」
「ほんとだ。すごい音するね」
ソウタも興味深そうに身を乗り出す。
「1ハゼですね」
ピコの言葉に、ユカが首を傾げる。
「ハゼ?」
「はい」
「魚の?」
パチッ――。
フライパンの中で、豆がひとつ弾けた。
ピコが真顔でユカを見る。
「なぜ、コーヒーを焙煎している最中に、ハゼ目ハゼ科の魚類について語らねばならないのですか」
「いや、“ハゼ”って言ったのピコじゃん!」
ユカが即座に言い返す。
ソウタが横で笑う。
「あはは……僕も一瞬、魚の方かと思ったけど」
「でしょ!? ソウタも思ったでしょ!?」
「ちなみに、マハゼでもアカハゼでもウロハゼでもありません」
「だから魚から離れてぇ!!」
パチパチッ――!!
豆が次々と弾け始める。
「“ハゼ”とは、豆内部の水分とガスが膨張し、圧力に耐えきれず破裂している音を指します」
「説明だけ聞くと、けっこう怖いね……」
ソウタが豆を覗き込む。
「ほんとにポップコーンみたい」
「はい。1回目を1ハゼ、2回目を2ハゼと言います」
ユカはフライパンを振りながら難しい顔をした。
「うーん……やっぱり頭の中に魚が泳いじゃうなぁ……」
「焙煎中に、間違えて焼き魚を作らないでください」
「作らないよ!!」
「本当でしょうか」
「なんで疑うの!?」
ユカが半目で睨む。
ピコも真顔でじーーーっと見返す。
パチパチッ――。
二人が睨み合う横で、豆だけが陽気に弾けていた。
「ユカちゃん、手は止めない方がいいんじゃないかな……」
ソウタがおそるおそる指摘する。
「はっ! 危なっ!」
ユカは慌ててフライパンを振り始めた。
***
豆がすっかり茶色く色づいた頃、ピコがフライパンを覗き込んだ。
「……このくらいですね。浅煎りから中煎り領域です。サクラ好みなら、この辺りになります」
「へぇー……もう飲める感じなんだ」
「はい。少し取り分けてください。後で焙煎度による味の違いを確認します」
「それ楽しそう!」
ユカは一部の豆をザルへ移す。
カラカラッ――。
「はいっ! 冷却です!」
「えっ?」
「ソウタ! うちわであおいでください! 早く!」
「えっ、僕!?」
突然指名されたソウタが、慌ててうちわを掴む。
バサバサバサッ――!!
その姿を見て、ユカが目を丸くする。
「うわっ! 急にウナギ屋さんになった!」
「これ、そんな感じに見える!?」
ソウタは苦笑しながら必死にあおぐ。
「超重要工程です! 火から下ろした後も余熱で焙煎が進行します!」
「こ、これくらいでいいの?」
「もっとです! もっと風量を!」
「うちわに風量ってあるのかな……!?」
ぶわっ――!!
白っぽい薄皮が大量に舞い上がった。
「うわぁっ!?」
ソウタが顔を背ける。
「なにこれ!? めっちゃ飛んでる!!」
ユカは舞い散る薄皮を追って大騒ぎする。
「これは豆の薄皮で、チャフと呼ばれています」
「それ先に言ってよぉ!!」
「ユカちゃん、僕の頭にもついてない?」
「ついてる! いっぱいついてる!」
「やっぱり……」
バサバサッ――!!
チャフが舞う。
うちわが鳴る。
豆が弾ける。
ソウタはうちわを動かしながら苦笑した。
「これ、焙煎っていうより災害訓練みたいだね……」
「訓練じゃなくて、もう災害だよぉ!!」
それでもユカはフライパンを振り続ける。
***
やがて豆はさらに濃い茶色へ変わった。
「……ここで深煎り寄りですね。アラン好みなら、このタイミングです」
ユカが先ほどの惨状を思い出し、嫌そうな顔をする。
「ええぇー……またチャフ祭りやるのぉ?」
「文句を言わないでください」
ピコが真顔で告げる。
「コーヒーの神へ、全てを捧げるのです!」
「なんで急に宗教になったの!?」
「コーヒーの神っているのかな……」
ソウタが妙に真面目な顔で考える。
「ソウタも考えなくていいから!」
それでも豆を取り分ける。
「冷却!」
「はいはい、やります!」
ソウタが再びうちわを構える。
バサバサバサッ――!!
「うわぁぁっ!! また飛んできたぁ!!」
ユカが頭を押さえる。
「あはは……僕、さっきより上手くなってる気がする」
「チャフ飛ばすの上達しないでよぉ!!」
その間にも、残った豆から細かく鋭い音が聞こえ始める。
チリ……チリチリ……。
ピコの目が光った。
「――来たぁぁぁっ!! 2ハゼです! ここから深煎りです!!」
「よっしゃぁぁぁっ!!」
なぜかユカまでテンションが上がる。
「ユカちゃん、完全にピコのテンションに引っ張られてるね……」
シャカシャカシャカッ――!!
すると――。
もくもくもくもく……!!
猛烈な煙が立ち込めた。
「うわぁっ!? 火事!? 火事なの!?」
ユカが叫ぶ。
「ゲホッ、ゲホッ……ユカちゃん、前が見えない!」
ソウタが煙の向こうから訴える。
換気扇が全力で唸る。
ゴォォォォォ――!!
「ピコぉ! なんでこんなことになるのぉ!?」
「カイ用ですので」
「カイのコーヒー危険すぎるでしょ!!」
「これ、もうカフェっていうか戦場だね……!」
煙の向こうでソウタが咳き込む。
ピコはなぜか誇らしげに胸を張った。
「仕方ありません。つまり――」
キラーン!
「ほぼ軽い燻製状態なのです!」
ビシッ!!
「カッコつけてないで、この煙なんとかしてぇぇ!!」
ユカが涙目で叫ぶ。
「僕も目が痛くなってきた……!」
「泣き言を言わないでください! コーヒーの神へ全てを捧げると誓ったでしょう!」
「誓ってないよ!!」
「僕も誓った記憶ないなぁ……」
バサバサッ!!
シャカシャカッ!!
もくもくもく……!!
《Analog Mind Café》は、完全に修羅場へ突入していた。
***
そして、ついに――。
「……ユカ、ここです! 全部ザルへあけてください!!」
「やっと終わったぁぁーーーっ!!」
ザザザザザッ――!!
「ソウタ! 最終冷却です!!」
「わかった! これで最後だね!」
ソウタがうちわを両手で握りしめる。
「うおぉぉぉぉーーーっ!!」
バサァァァァッ!!!
魂のフルスイング。
「ソウタが初めて叫んだぁ!?」
ユカが驚く。
チャフが舞う。
煙が渦巻く。
換気扇が最後の力を振り絞る。
ゴォォォォォォ――ッ!!
やがて煙が薄れていく。
ピコは完成した豆を見つめた。
艶のある深い茶色。
しっかり煎り上がった香り。
「……完璧です」
満足そうに頷き、二人へ振り返る。
「ユカ。ソウタ。本当によくやりました。ミッション完了です!」
なぜか少しうるうるしている。
「……あれ?」
反応がない。
ユカとソウタは並んで座り込み、真っ白に燃え尽きていた。
「もう……腕上がんない……」
ユカの両腕がぷるぷる震える。
「あはは……僕、まだうちわ振ってる気がする……」
ソウタは虚ろな目で自分の右手を見る。
ふわっ――。
どこからともなくチャフが一枚、ソウタの頭へ落ちる。
「あ……また来た……」
ソウタは抵抗することなく受け入れた。
それを見たユカが、床にへたり込んだまま呟く。
「コーヒーって……命削る飲み物だったんだね……」
そんな二人を見て、ピコがしみじみと頷いた。
「豆は茶色くなりましたが――二人は真っ白になってしまいましたね」
ユカが最後の力を振り絞って顔を上げる。
「うまいこと言った感じで締めないでぇ……!」
「あはは……でも、ちょっと上手いかも……」
「ソウタぁ!? そっち側に行かないでよぉ!」
疲労と笑いが混じる中、カウンターの上では煎りたてのコーヒー豆だけが、誇らしげに艶めいていた。
《第24話・終わり》
次回予告。
焙煎が終わった程度で、
コーヒーを理解したと思わないでください。
挽き方、抽出時間、湯温、蒸らし時間、
注湯速度――
やることは山のようにあります。
ユカ、多すぎるのは当然です。
コーヒーは底なし沼なのです。
ソウタ、全てを終わらせるために
今夜は徹夜です。
えっ、ブラックすぎる?
コーヒーですから。
そして完成する、
カイ・スペシャル。
果たしてユナの味を
再現できたのでしょうか?
次回、
『フラグメンツ・オブ・トゥルース ~最後の投擲~』
第25話「カフェを継ぐ者」。
ユナは言っていました。
「こだわりと夢だけでは食っていけない」と。
それまで継承するとは、
ユカ、なかなかやりますね……。
※作者の活動報告に各話のコメントを書いています。
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