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第24話①「誰かのために」

カフェ再開プロジェクト――。


いよいよ焙煎を始めることになったユカは、カウンターの作業台に置かれた小型焙煎機を見上げた。


銀色のボディに透明な蓋。

いかにも本格的な機械だ。


「へぇー……これでコーヒー豆を焙煎するんだ?」


「いえ」


ピコが即答した。


「いえ?」


ユカが目を丸くする。


「焙煎機を使うと、主に機械操作がメインになり、ストーリー的におもしろくありませんので」


「それメタ発言だよね!?」


「言っちゃった……」


隣でソウタが苦笑する。


ピコはわずかに視線を逸らした。


「……失言でした。忘れてください。今回は、もっと原始的な方法で行います」


「原始的?」


ユカが首を傾げる。


「もしかして……これ?」


ソウタが棚から取り出したのは、どこにでもある鉄のフライパンだった。


「フライパン?」


「さすがソウタですね。正解です。これで豆を煎ります」


「えぇっ!? そんな家庭料理みたいなノリで!?」


ユカがフライパンを二度見する。


さらに木べら、ザル、うちわが並べられていく。


「……お祭りかな?」


ソウタが並んだ道具を眺める。


「ちょっと楽しそう」


「いや、私はまだ何が始まるのか全然わかんないんだけど!?」


ユカの頭上には、巨大な疑問符でも浮かんでいそうだった。


「ちなみに、フライパンは鉄製が推奨です」


「テフロン加工はダメってこと?」


ソウタがフライパンの表面を確かめる。


「ダメではありませんが、中煎りくらいまでですね」


「どういうこと?」


今度はユカが尋ねる。


「焙煎は基本的に高温で行います。テフロン加工のフライパンでは、カイが好むような深煎りだと火力不足やムラが出やすくなります」


「ほんと難しいんだね」


ソウタが感心したように呟く。


「あと、換気は徹底してください。これは超重要事項です」


「換気ぃ? なんで?」


ユカが天井を見上げる。


「……後でわかります」


キラーン――。


ピコの目が、妙に意味ありげに光った。


「いや、怖い怖い怖い!」


ユカが後ずさる。


「絶対何かある顔してる……」


ソウタも一歩下がった。


***


ユカは気合いを入れるように腕まくりした。


「よーし! じゃあ、さっそく始めるか!」


フライパンを掴み、勢いよくコンロへ向かう。


「いえ。まだです」


ずこぉっ!!


ユカが盛大に前のめりでずっこけた。


「なんでぇ!? まだ何かあるの!?」


「焙煎の前に、豆の選定が必要です」


「あっ、そうか。豆によって味が変わるんだっけ?」


「はい。むしろ、コーヒーはそこが本体です」


「うわぁ……急に沼っぽい話になってきた……」


ユカがげんなりする。


ピコが手をかざすと、空中にホログラムスクリーンが展開された。


「わかりやすくするため、各自の好みと、ユナが使用していた豆の傾向をまとめてみました」


画面に情報が並ぶ。


――アラン。


〈好み〉

・深煎り寄り

・苦味強め

・酸味は抑える

・寝不足の時はカフェイン多め


〈豆の種類〉

・ブラゼール


〈特徴〉

・ナッツ感

・チョコ感

・低酸味

・丸い苦味


――サクラ。


〈好み〉

・中煎り

・香り重視

・少し甘みが残る感じ

・疲れてる日はミルクに合うもの


〈豆の種類〉

・エティオラ


〈特徴〉

・花のような香り

・ベリー感

・甘み

・柔らかい酸味


そして――カイ。


〈好み〉

・深煎り

・苦味しっかり

・酸味はかなり抑える

・濃くて重め


〈豆の種類〉

・マンデリオ


〈特徴〉

・土っぽさ

・スモーキー感

・重さ

・渋さ

・暗い余韻


「なるほど……」


ユカはしばらく画面を眺めた。


「深すぎ。やっぱ沼だ」


「確かに、覚えること多そうだね」


ソウタも三人のデータを見比べる。


やがて、あることに気づいて首を傾げた。


「でもさ。アランさんもカイさんも、“苦くて酸味控えめ”なのに、使う豆が違うのって何でなんだろう?」


ぴこーん!


ピコの目が小さく光る。


「いいところに気づきましたね」


「出た、ピコの解説モード」


ユカがニヤッとする。


「同じ“苦味”でも、求める方向性が違うからです」


「方向性?」


ソウタが聞き返す。


ブラゼールのデータが拡大される。


「アランは雑味が少なく、安定した丸い苦味を好みます。対してカイは、もっと刺激的で、中毒性のある苦味を求める傾向があります」


今度はマンデリオのデータが表示された。


「“ガツンと来る重さ”ですね」


「うわ……それ、二人の性格そのまんまじゃん」


ユカがアランとカイの表示を交互に見る。


「言われてみれば、確かに」


ソウタも納得したように頷いた。


「はい。そのためユナは、“カフェ経営とは、人間を観察し、理解することだ”と発言していました」


ピコは淡々と付け加える。


「珍しく、まともなことを」


「なんでピコ、ユナお姉ちゃんのことになると絶妙に素直じゃないの?」


ユカが呆れた顔を向ける。


ソウタはそんな二人を見ながら笑った。


「でも、人間理解って深いね……」


その言葉に、ユカはもう一度ホログラムを見た。


並ぶ名前。

細かく記録された好み。

同じ苦味でも違う味。

そして、それぞれの性格。


「でもさ……」


ユカの目が輝き始める。


「ユナお姉ちゃんが、そこまでハマる理由、なんかわかる気がする」


小さな拳をぎゅっと握る。


「コーヒー作りって、“誰かのこと考える作業”なんだね」


メラメラメラ……!


背後に炎が燃え上がるほどの勢いで、ユカが拳を突き上げた。


「よぉぉし!! なんか燃えてきた!!」


「ユカちゃん、すっかりハマってるね」


ソウタが苦笑する。


その姿を見ながら、ピコは考える。


(ユナとユカ。性格も思考も大きく異なるのに、最終的には同じ熱量へ辿り着き、同じ反応を示す)


(……おもしろいですね)


ピコはどこか満足そうに頷いた。


※作者の活動報告に各話のコメントを書いています。

https://syosetu.com/userblog/list/

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