↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
90/148

第23話④「お姉ちゃんの味、わたしの味」

コーヒー作りの第一歩。

まずは、焙煎から始めることになった。


ソウタが生豆を眺めながら言う。


「焙煎と言っても、どんな味にするかを決めないとね」


ユカは困ったように眉を下げた。


「えっ、私、コーヒーの味なんて全然わからないよ」


「それなら、これを参考にするのが良いかと」


ピコが焙煎機の横を軽く叩く。


「あっ、何か貼ってある」


焙煎機の横には、色褪せた付箋やメモが何枚も貼られていた。


《アラン用》

・深煎り

・苦味強め

・酸味は抑える

・寝不足の時はカフェイン多め


《サクラ用》

・中煎り

・香り重視

・少し甘みが残る感じ

・疲れてる日はミルク合うやつ


ユカは目を丸くした。


「細かっ……!」


ぺらぺらとメモをめくっていく。


「ユナお姉ちゃん、みんなの好み覚えてたんだ……」


「はい。ユナは“コーヒーは、その人の今の気分まで含めて作るもの”と言っていました」


ピコの言葉に、ユカがメモを持ったまま顔を上げる。


「今の気分まで……」


「すごいね」


ソウタも感心したようにメモを覗き込む。


するとピコが、さらりと付け加えた。


「ユナは基本的にいろいろ抜けていましたが、妙なところで観察力が高かったですからね」


ソウタがピコを見る。


「それ、褒めてるの?」


そのとき、ユカの手が止まった。


一枚だけ、やたらと装飾されたメモがある。

角には小さなハート。

文字までキラキラしたペンで書かれていた。


《♡カイ専用♡》


・深煎り寄り

・苦味しっかり

・酸味はかなり抑える

・濃くて重め

・徹夜後でも頭が起きるやつ

・冷めても味がボケないこと

・煙草みたいな渋さを少し

・でも焦がしすぎない

・長時間作業しながら、無意識で飲み続けられる感じ

・“苦い”のに、もう一口いきたくなるやつ


「…………」


アランやサクラのメモより、明らかに長い。


しかも最後には、少し乱れた文字で追記までされている。


《本人は「ブラック以外は邪道」とか言ってるけど、甘いもの食べてる時はだいたい顔がゆるい》


「……ふふっ」


ユカは思わず笑った。


横から読んでいたソウタも、少し頬を緩める。


「カイさん、愛されていたんだね」


「ユナはカイのこと、ストーカー並みに観測していましたからね」


「その言い方なんとかならないの?」


ユカが呆れた顔でピコを見る。


それから、もう一度メモへ視線を戻した。


苦味。

重さ。

渋さ。


でも、その奥にある、

“飲み続けたくなる感じ”。


ただ濃いだけじゃない。


ユナはきっと、カイが無理している時も、張り詰めている時も、黙って戦っている時も見ていた。


だから、ほんの少しだけ気を抜ける味を作ろうとしていたのだ。


「……これ、難しそう」


ユカがぽつりと言うと、ソウタもうなずいた。


「うん。かなり繊細だと思う」


ピコも焙煎機へ目を向ける。


「特に“焦がしすぎない”が厄介ですね。深煎りは、一歩間違えると炭になります」


「うぅっ……」


ユカの顔に不安が浮かぶ。


けれど、生豆とメモを交互に見たあと、ぎゅっと唇を結んだ。


「……でも、やる!」


すかさずピコが反応する。


「出ました、負けず嫌い」


「だって!」


ユカはメモを握ったまま声を上げた。


「カイが“インスタントじゃないコーヒーを飲みたい”って言ってたから、それを叶えてあげたいもん!」


その言葉を聞いて、ソウタの表情が柔らかくなる。


「ユカちゃん、ユナさんの後継者みたいだね」


「え?」


ユカが振り向く。


「カイさんって、自分のこと後回しにするから。だからせめて、コーヒー飲んでる時間くらいは気を抜いてほしい、みたいな」


「うん……そうかも」


「ユナさんも、同じこと思ってたんじゃないかな」


ユカは手の中のメモを見る。


午後の木漏れ日が、古い焙煎機と、そこに残された何枚ものメモを照らしていた。


書かれているのは、豆の種類でも、焙煎時間でもない。


誰が苦いものを好むのか。

誰が疲れているのか。

誰が無理をしているのか。


そこにはユナの“好き”だけじゃなく、相手をちゃんと見ていた時間が、そのまま残っていた。


ユカはメモをそっと胸に抱える。


「……まずは、ユナお姉ちゃんの味を目指す」


そして、少しだけ笑った。


「そのあとで、いつか“ユカの味”も作るんだ」


カウンターに置かれた生豆を見る。


まだ白く、何の味にもなっていない豆。


ユカは、ぎゅっと拳を握った。


《第23話・終わり》


***


次回予告


ユナお姉ちゃんの

《Analog Mind Café》再開作戦!


コーヒー豆を焙煎するのは、

まずは豆選びから?


えっ、でも種類多すぎて、

いきなり沼なんだけど?


そして、いよいよ始まる

フライパン焙煎!


振って、あおいで、煙モクモク!

って、ここ、うなぎ屋!?

それとも災害訓練!?


でも、誰かのことを考えながら

作るのって、なんか楽しいかも!


次回、『フラグメンツ・オブ・トゥルース ~最後の投擲~』

第24話「誰かのために」。


……え?

ピコ、コーヒーの神に全てを捧げろって、

何かの宗教?

コーヒーって聖なる飲み物なの?



※作者の活動報告に各話のコメントを書いています。

https://syosetu.com/userblog/list/

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。