第3話②「苦いコーヒー」
次の瞬間――。
カイは地面に転がっていた。
「……痛ってぇ」
頬にひりつくような痛みが走る。
指で触れてみると、わずかに血がついた。
「カイ!」
ユナが駆け寄ってくる。
「ごめん! 本当にごめん!!」
「……なんで、ドローンなんかが突っ込んでくるんだよ」
「それは、その……」
ユナはカイの腕を掴むと、周囲を見回した。
「とにかく、こっち!」
「お、おい!」
そのまま人通りの少ない場所まで引っ張られる。
ユナは周囲を確認してから、ようやく口を開いた。
「数ヶ月前からね、この地区でAIドローンがデータ異常を起こしてるの」
「データ異常?」
「うん。ニュース映像のすり替えとか、フェイク情報の拡散とか。いろいろ確認されてる」
ピコが補足する。
「通常のAI制御では停止できないケースもあります。現場で直接コードを書き換える必要があります」
ユナは真剣な顔でうなずいた。
「だから気になって、
私たちが調査してたの」
カイは眉を寄せる。
「それで、俺を誘ったのか……
じゃあ、さっきのもその異常ドローンか?」
「……えっ」
ユナの表情が固まった。
「……あっ、そ、そう!」
慌てて笑顔を作る。
「きっと、そうだよ!」
「きっと?」
「うん! たぶん!」
どうにも怪しい。
しかもユナは、何かを背中に隠している。
カイは目を細めた。
「おまえ、今なに隠した?」
「な、何も?」
「見せろ」
「いやいやいや、これはちょっと――」
そのとき、ピコが淡々と告げた。
「ログを確認する限り、先ほどのドローンは誰かさんの操縦ミスによるものと思われます」
「ちょっと! ピコ、黙って!」
ユナが慌ててピコを遮る。
カイはゆっくりユナを見る。
「……おまえが操縦してたのか?」
「…………」
「おい」
「……ごめんなさい」
ユナは小さく頭を下げた。
「やっぱりか!」
こうして、カイのデートは開始早々、負傷から始まった。
***
その後。
二人と一体は、近くのカフェへ移動した。
カイの頬には絆創膏が貼られている。
向かいに座るユナは、気まずそうに視線を泳がせていた。
「お詫びにおごるなんて、聞いてないんだけど!」
「下手すりゃ大けがだったんだぞ」
「……ごめん」
ユナがしゅんとうつむく。
すると、ピコが追い打ちをかけた。
「自業自得、ですね」
「ピコまで言うの!?」
「事実です」
「もう! 少しはフォローしてよ!」
「ピコは事実を述べているだけです」
「冷たい!」
カイは額を押さえた。
「なんなんだ、この会話……」
そんなやり取りをしているうちに、料理が運ばれてきた。
シラスと九条ネギのピザ。
そして、大盛りカルボナーラ。
湯気とチーズの香りがテーブルいっぱいに広がる。
その瞬間。
「うわっ……!」
ユナの目が輝いた。
「これ、絶対おいしいやつ!」
「おい。それは俺のピザ――」
言い終わるより早く、ユナが一切れつまみ上げた。
「ほら見て、チーズがとろーり!」
チーズが糸を引く。
「シラスの塩気に九条ネギの香り。これは相当考えられてるよ!」
そのまま、ぱくり。
「んん~~っ!」
幸せそうな顔をする。
「やっぱり! バランス完璧じゃん!」
「おい!」
カイが皿を見る。
「それ、俺が頼んだやつだろ!」
「まあまあ。細かいことは気にしない♪」
「気にするわ!」
ユナは悪びれる様子もなく、もう一切れ手に取った。
「ちょ、二枚目いくな!」
「だってさ~」
もぐもぐしながら、ユナは言う。
「ちゃんと謝って、ちゃんと反省したら、お腹空いちゃったんだよねー」
「それは反省してる人間のセリフではありません」
ピコが呆れたように言った。
「えー。心の中ではしてたもん」
「心の中なら、何とでも言えます」
「ピコ、言ってることが厳しくない?」
「誰だってそう言います」
次の瞬間。
ユナのフォークがカルボナーラへ突き刺さった。
「わっ、こっちも当たり!」
「まだ食うのかよ……」
「卵のコク強めで、ベーコンの脂が――」
ずずっ。
豪快に一口。
「うまっ!」
目を輝かせる。
「喰いログ四点以上の店だから、おいしいのはわかっていたけど、やっぱり自分で食べて確かめないとね~」
「おまえ、ドローンの異常の調査より食べ歩きが目的になってないか?」
「だって、おいしいものは人生を豊かにするんだよ?」
「知らねえよ」
「ねえねえ!」
ユナが身を乗り出す。
「あとでレシピ聞いていいかな? この味、覚えておきたい!」
完全に自分の世界へ入っている。
カイは呆れながら、ピコへ顔を近づけた。
「……なあ。こいつ、いつもこんな感じなのか?」
「ええ。小さい頃から、ずっとです」
「……大変だな」
「はい」
二人がそんな会話をしている間にも、ユナは満足そうに料理を平らげていた。
***
食後。
テーブルにコーヒーが運ばれてきた。
湯気の立つカップを前に、カイとユナがほぼ同時に口をつける。
一口飲んで、二人とも首を傾げた。
ピコが尋ねる。
「……二人とも、どうしました?」
ユナがカップを見つめる。
「うーん。悪くはないんだけどさ……」
カイも続けた。
「もうちょっと苦味が欲しいな」
「だよね!」
ユナが勢いよくうなずく。
「酸味はいらない。コーヒーは苦くてなんぼだよね!」
ピコが二人を見比べる。
「性格は正反対なのに、コーヒーの好みだけは完全一致ですね」
「ただの偶然だ」
カイが答える。
するとユナが、にやっと笑った。
「もしかして運命かもよ?」
カイがユナを見る。
ユナもカイを見る。
二人の視線が重なった。
「…………」
ピコは二人を交互に見た。
「……これは、チョコレートパフェより甘い展開でしょうか?」
「違う!」
「違うよ!」
二人の声が、見事に重なった。
ピコは小さく首を傾げる。
「意外と、相性は良いようですね」
「だから違うって!」
「ピコ、余計なこと言わないで!」
カイとユナの抗議が、店内に響いた。




