第3話③「いろいろあって」
コーヒーを飲みながら、ユナがふと思いついたように尋ねた。
「ねえ、カイ。なんであなた、AI何でも屋をやってるの?」
「……いろいろあってな」
「“いろいろ”って便利な言葉だよね」
「詮索するな」
「はいはい」
ユナは素直に引き下がった。
しばらくして、カイはカップの中を見つめながら口を開いた。
「……最初は、データ管理省でデータ解析士をしてた」
「国家レベルのデータ事件を扱う部署ですね」
ピコが補足する。
「ああ……」
カイの視線が、コーヒーの水面に落ちる。
研究、捜査、徹夜続きの日々。
難解なコードと向き合いながら、それでも確かな手応えを感じていた。
脳裏に、かつての仲間たちの顔が浮かぶ。
ゲーツ。
ミナ。
ハル。
そして――あの事故。
カイは、カップを持つ指に力を込めた。
「仕事には、満足してた。でも……あることをきっかけに、データ管理省は辞めた」
「……そっか」
ユナは、それ以上聞かなかった。
「そのあと、コード・ハンターをやったり、世界を放浪したりして……気づいたら、今の仕事だ」
コード・ハンター。
“創生のコード”と呼ばれる、世界の理が物質化したものを回収する仕事。
命も、信念も、等価で賭ける。
決して、まともな職業とは言えない。
「まあ……それなりに落ち着いたってことだ」
「ふーん。ずいぶん、濃ゆい人生だねえ」
ユナはのんびりとうなずいた。
しかし。
“コード・ハンター”という言葉を聞いた瞬間、彼女の指がわずかに止まった。
カイは、その変化を見逃さなかった。
(コード・ハンターなんて、まっとうな職業じゃない。それに反応するとは……やっぱり、ただのカフェ店主じゃないな)
コーヒーの苦味が、やけに舌に残った。
今度はカイのほうから尋ねる。
「……で。ユナは、なんでカフェ店主なんだ?」
「んー……まあ、いろいろ?」
「俺の真似すんな」
「えへ」
ユナは舌を出した。
「私はねえ……うーん、なんでだろ」
スプーンをつまみ、カップの縁でくるくる回す。
そして、ちらりとカイを見る。
「……ママとケンカしてさ。自分のやりたいこと探してて、気づいたらカフェにいた、って感じ」
「親子ゲンカ、か」
「ええ。それはもう……壮絶でした」
ピコが遠い目をする。
「ぜんっぜん合わないの、私とママ。それはもう見事なくらい。十分も一緒にいたら、絶対ケンカ始まるもん」
「そこまでか。俺たち以上に正反対ってわけだな」
「いえ。むしろ、似すぎているがゆえの同族嫌悪です」
「ちょっと! そんなことないって!」
ユナが身を乗り出した。
「私、あんなに自分勝手じゃないし、人の話もちゃんと聞くし! 聞かれたらちゃんと答えるし! 場をかき乱したりしないもん!」
(……そっくりだな)
カイは心の中でそう呟いた。
そのとき、注文していたティラミスが運ばれてきた。
「あっ、きた!」
ユナの表情が一瞬で明るくなる。
スプーンですくって、ぱくり。
「んー、やっぱり甘いものは正義だね」
さっきまでの勢いはどこへやら。
「というわけで、今も絶賛ケンカ中♪ もう修復不可能なくらい」
軽い口調だった。
だが、その言葉の奥には、母親への反発だけではない何かがある。
嫌いなら、こんなふうに語ることさえしない。
カイはそう感じた。
そのときだった。
窓の外を、複数のドローンが轟音を響かせながら横切った。
影が壁を走り、ガラスがかすかに震える。
ピコの声が響いた。
「ノイズ反応を検知! 複数機から異常なデータ波形を確認しました。データ異常の可能性が高いです!」
カイとユナが顔を見合わせる。
そして、同時に立ち上がった。
「行くよ、カイ!」
「言われなくても分かってる!」
正反対の二人は店を飛び出した。
⸻
次回予告
正反対のやり方か。
それとも、同じ答えに辿り着くやり方か。
事件を解く鍵は、どこにあるんだろうな。
俺とユナ――真逆の発想が、ひとつの作戦で噛み合い始める。
交差するアイデア。
収束するドローン。
そして、俺たちはまだ気づいていない。
次回、『Fragments of Truth ~最後の投擲~』
第4話「正反対×連携=最強?」
勝負を決めるのは、作戦か。
それとも――相性か。
※作者の活動報告に各話のコメントを書いています。
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