第23話②「レジスタンスの黒歴史」
地下レジスタンス本部の真上――
かつて《Analog Mind Café》と呼ばれていた店。
今は営業を止め、入口の看板にも「CLOSED」の札が掛かっている。
けれど――
カラン……。
扉を開けた瞬間、やわらかな木の香りと、午後の木漏れ日が三人を包み込んだ。
「わぁ……」
ユカの口から、思わず声が漏れる。
店内には大きな木製カウンター。
手入れされたコーヒーミル。
窓際には観葉植物。
居心地の良さそうな丸テーブルと椅子。
そして壁一面の棚には、ぎっしりと並んだ無数のボードゲーム箱。
「ここが……ユナお姉ちゃんのやってたカフェ……」
ユカは店内を見渡す。
ついこの前まで、“喪失”の中心にいた人。
なのに、この場所には戦いよりも“日常”の気配が色濃く残っている。
ソウタが懐かしそうに笑った。
「ここ、僕たちレジスタンスにとって、ただのカフェじゃなかったんだ」
棚のボードゲーム箱を指でなぞる。
「任務の合間に集まって、ゲームしたり、雑談したり……落ち込んだ時に、なんとなく来たりさ」
「……憩いの場所、だったんだ」
「うん。ユナさん、そういう場所を作るの得意だったから」
ユカはカウンターへ近づき、磨かれた木目にそっと触れる。
「でも……なんでユナお姉ちゃん、レジスタンスなのにカフェなんて始めたんだろ?」
ぴこーん♪
ピコが待ってましたと言わんばかりに浮かび上がる。
「その疑問に、お答えしましょう」
「うわっ、急にプレゼン始まった」
ソウタが苦笑する。
「こういう時のピコは便利ですよ」
「自分で言うんだ……」
ピコがくるりと回転する。
「事の始まりは――レジスタンス結成初期まで遡ります」
***
結成されたばかりのレジスタンス本部。
設備も不十分な地下空間に、簡易テーブルだけが置かれている。
そこにはユナ、アラン、サクラ、そして数名の初期メンバー。
今後の活動方針について、真剣な会議が行われていた。
アランが資料を机に広げる。
「まずは補給ルートの確保だ。拠点防衛ラインも見直す必要がある」
サクラも端末を確認する。
「資金面も厳しいわね……」
そんな中、ユナが勢いよく手を挙げた。
「はいはーいっ!」
全員の視線が集まる。
「本部の上にカフェ作ろうよ!」
アランの眉間に深いしわが寄った。
「……は?」
サクラも目を瞬く。
「カフェ?」
「そうそう! 絶対いいと思うんだよね!」
アランが額を押さえる。
「待て。“レジスタンス”と“カフェ”が、脳内で1ミリも接続しない」
サクラがユナへ説明を促す。
「ユナ、とりあえず理由を聞かせてくれないかしら」
「えぇっ!? 普通わかるっしょ!? 雰囲気で!」
アランとサクラの声が重なった。
「わからない」
「なんでぇぇぇ!?」
すかさずピコが浮上する。
「ユナの発想は、だいたい100万光年くらい途中工程がワープしていますからね」
「なによぉ、その言い方ぁ〜!」
「一般的なコミュニケーションでは、“なぜそうなるか”を段階的に説明する必要があります」
「えっ? めんどくさぁ〜……」
ピコは容赦なく続ける。
「ステークホルダーマネジメントを軽視すると、組織運営は破綻しますよ」
「うぅっ……急にビジネス用語で殴ってくるぅ……!」
サクラが思わず吹き出す。
アランは腕を組んだ。
「ピコの言う通りだ。理由があるなら、ちゃんと説明しろ」
ユナは頬を膨らませる。
「だってさぁ――戦うだけじゃ、人って壊れちゃうじゃん?」
サクラの表情が変わる。
「……壊れる?」
「そう! ずっと緊張して、ずっと命張って、ずっと“失敗できない”って思い続けるんだよ? そんなの、心が休める場所ないと無理じゃん」
ピコが感心したように上下する。
「なんか、それっぽいことを言ってますね……」
「“それっぽい”じゃないし!」
ユナは身を乗り出した。
「みんなが普通に笑えて、普通にご飯食べて、普通に雑談できる場所が必要なの!」
ユナの目がキラッと光る。
「……というわけで!」
端末を展開。
ホログラムスクリーンが空中に開き、どこから出したのかメガネをスチャッと装着する。
完全に“デキる女モード”。
「カフェ運営によるメリットを、合理的かつ多角的に説明します!」
アランが嫌な予感を覚えたように眉をひそめる。
「なぜ急にプレゼンが始まるんだ……」
ホログラムに文字が並ぶ。
【カフェ運営・期待される効果】
①組織運営の資金調達
②一般店舗を装うことで敵の目を欺ける
③情報収集拠点になる
④補給ルートの確保
⑤仲間同士の関係維持・精神安定
⑥コーヒー飲みたい
⑦ボードゲームやりたい
⑧地下生活続けると陰キャ化しそう
⑨秘密基地っぽくてカッコいい
⑩なんか楽しそう
ユナが胸を張る。
「……以上のことから、レジスタンスの組織を長期にわたり維持、継続するには、カフェを運営するのが最適解であると考えます!」
全員、真顔だった。
サクラが困ったように笑う。
「えっと……⑤までは、すごくいいと思う」
「でしょでしょ!?」
そこへアランが冷静に突っ込む。
「だが、⑥以降で解像度が急に落ちた。雑すぎだ」
ピコも追撃する。
「⑩に至っては、もはや理由ですらありません!」
ガァァァァン!!
ユナが机に突っ伏す。
「そ、そんなぁっ! 徹夜で考えたのにぃ……!」
サクラの顔に「徹夜してその結論なの?」と書いてある。
アランが深いため息をつく。
「気持ちはわかる。……わかるが、今回は諦めろ」
サクラも申し訳なさそうに続ける。
「そうね。①から⑤も、カフェでなければダメってわけじゃないし……」
ピコが大きくうなずく。
「至極まっとう、かつ合理的な結論ですね」
「やだ!」
バンッ!
ユナが机を叩く。
「絶対カフェやる! 認めてくれないなら、レジスタンスのこと、世間にバラす!」
普段は冷静なサクラが目を剥く。
「ええぇぇっ!?」
ピコも激しく上下する。
「ま、まさかの味方を脅迫ですか!?」
「違うし! これは“交渉”! ビジネス的には“ディール”!」
ユナはなぜか得意げに指を立てる。
アランが即座に切り捨てる。
「はっきり言う。その使い方は間違っている」
「間違ってないもん! 認識の違いだもん!」
「ディールどころか、ただの駄々っ子になってます!」
その後――
三時間に及ぶ大揉めの末、最後はユナのごり押しにより、本部ビル一階カフェ計画は正式採用された。
***
「あ、あはは……ユナお姉ちゃん、すごい人だったんだね……」
ユカの乾いた笑いに、ピコが答える。
「なお、この件はレジスタンス史において“ユナのカフェ事変”と呼ばれており、組織の黒歴史として扱われています」
ソウタが目を丸くする。
「その頃、僕まだいなかったけど……名前までついてたんだ」
ユカとソウタは顔を見合わせる。
二人とも、苦笑いするしかなかった。
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