第22話③「抱えきれぬ痛み」
ダイスが砕け散るのと同時に、全員の冒険者衣装も光の粒となって消えていった。
鎧が、ローブが、武器が。
幻がほどけるように輪郭を失い、それぞれの姿が本来のものへと戻っていく。
「げほっ……げほっ……!」
Cが地面に膝をついた。
肩を大きく震わせ、何度も咳き込む。
苦痛に歪んだ目には、うっすらと涙まで浮かんでいた。
「なんでぇ……こんなことにぃ……」
その前へ、カイが歩いていく。
Cは顔を上げると、ぎりっと彼をにらみつけた。
先ほどまで浮かべていた余裕は、もうどこにもない。
荒い呼吸を繰り返しながら、苦しげに声を絞り出す。
「あなたぁ……わたしにぃ……何をぉ、食わせたのぉ……?」
カイはその視線を真正面から受け止めた。
「俺の中の虚無」
誇るでもなく、怒鳴るでもない。
その声には、長い年月をかけて胸の底へ沈んでいったものの重さだけがあった。
「ユナを失った時の……悲しみと、喪失。全部だ」
Cの瞳が揺れた。
理解できないものを目の前にした者だけが見せる、むき出しの恐怖だった。
「あんなものをぉ……抱えたままぁ……なんでぇ、生きていけるのぉ……?」
「おまえは、感情を“有限で処理できるもの”だと考えていた」
「違うってぇ……言うのぉ……?」
「ああ」
カイはCから目をそらさない。
「怒りには向かう先がある。恐怖には原因がある。憎しみにも対象がある」
言葉を重ねるたび、その声は深くなっていく。
「でも、喪失は違う」
Cの眉がわずかに動いた。
「終わりがない。どれだけ時間が経っても、完全には消えない」
「なにぃ……それぇ……?」
「底がないんだよ」
Cの表情が引きつった。
まるで“無限”という概念そのものを突きつけられたように。
「底がぁ……ないぃ……?」
「だから人間は、喪失を消そうとはしない」
カイは胸元へ手を置いた。
「抱えたまま生きる。そこにあるものとして受け入れて、そいつと一緒に先へ進む」
「わからないぃ!!」
Cの叫びが地下空洞に響き渡った。
「そんなものぉ!! 抱えてぇ、生きる意味なんてぇ!! どこにあるのよぉ!!」
カイは迷わなかった。
「意味なんか、ねぇよ」
「……はぁ?」
Cが目を見開く。
「失ったものは戻らない。苦しみが消えるわけでもない。抱えていたからって、楽になれるわけでもない」
突き放すような言葉だった。
だが、その目には確かな熱が宿っていた。
「でもな」
カイは自分の胸を、拳で軽く叩いた。
「痛いってことは、それだけ本気で誰かを大事にしてたってことだ」
Cの口が閉じる。
「だったら俺は、忘れて軽くなるより――」
カイはCの目の前まで進んだ。
「重たいまま、生きていく方を選ぶ」
その目に迷いはなかった。
悲しみから逃げず、痛みを否定せず、それでも前を見る者の目だった。
「喪失は、捨てるもんじゃない」
さらに踏み込む。
「連れて行く。どこまでも……!」
ユカは息を呑んだ。
――カイ、怒ってる。
声を荒らげているわけではない。
相手を威圧しているわけでもない。
それでも、今のカイが誰よりも怒っていることだけは、ユカにはわかった。
喪失を。
痛みを。
ただの“意味のないもの”として踏みにじられたことに。
そして、それでもなお誰かを愛してしまう人間そのものを、否定されたことに。
Cはうつむいたまま動かない。
長い前髪に隠れて、表情は見えなかった。
やがて――
「……くっ」
喉の奥から笑いが漏れた。
「くっ、くっくっ……あはっ……」
肩が小刻みに震えていく。
カイの眉が寄る。
「あっははははぁっ♪」
甲高い笑い声が地下空洞エリアいっぱいに弾けた。
「苦しくてもぉ、抱えて生きるぅ? なにそれぇ! 理解できなぁい!」
笑っている。
だが、そこに楽しさはなかった。
声の奥で、苛立ちだけが膨れ上がっていく。
「超イミフじゃぁん!!」
カイは答えない。
ただ、Cを見据えていた。
その視線が、さらにCの感情を逆撫でする。
「そんなぁ……理解できないものなんてぇ……」
肩がわなわなと震える。
「消えちゃえばいいのよぉ……!!」
カッッッ!!!
Cの両目が、鮮血のような赤に染まった。
白い虚数ノード全体が大きく揺れ、空間を切り裂くように黒いノイズが走る。
「……っ!」
アランが身構える。
「ね、ねえ……なんかマジでヤバくない?」
トモが後ずさった。
ピコのセンサーが激しく明滅する。
「高エネルギー反応! 急速増大中です!」
Cがゆっくりと顔を上げた。
その口元には笑みが浮かんでいる。
だが、もう楽しげな笑顔ではない。
「あなたなんてぇ……」
口角だけが裂けるようにつり上がった、狂気そのものの表情。
「消してぇ、あげるぅ――」
ゴキッ。
首があり得ない角度へ傾く。
ミシ……ミシミシ……!!
全身から異様な音が響き始めた。
骨を思わせる黒いフレームが内側から突き出し、白い肌に次々と亀裂が走る。
「なっ……!?」
ユカの目が見開かれる。
Cの背中が大きく膨れ上がった。
「第二形態ぃ、行くよぉぉぉぉっ♪」
ドガァァァンッ!!
爆発的な衝撃が地下空洞を駆け抜ける。
Cの身体が一気に巨大化した。
首が伸びる。
背中が裂ける。
噴き出した黒い粒子が、渦を巻いて全身を包み込む。
その中心から姿を現したのは――
巨大な漆黒のドラゴン。
闇そのものを固めたような巨体が、カイたちを見下ろす。
そして、その両眼だけが。
血のような赤で、禍々しく燃えていた。
※作者の活動報告に各話のコメントを書いています。
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