第22話①「感情の関係性」
テーブルトークRPGを模した戦いは、なおも続いていた。
ホログラムの盤面が明滅し、空中に浮かぶダイスが乾いた音を立てる。
アランは肩で息をしながら、前線に立つユカへ叫んだ。
「ユカ! 続けて攻撃だ!」
「はい! バーバリアンの追加攻撃!」
ユカが勢いよく腕を振る。
光のダイスが宙を跳ね、高速回転しながら盤面へ落ちた。
――コロコロコロッ。
表示された数字は――7。
攻撃失敗。
「あらぁ〜? ざぁんねん♪」
Cが口元を押さえ、くすくす笑う。
「……っ」
ユカは唇を噛んだ。
悔しい。
それでも視線は逸らさない。
まっすぐCを睨み返す。
アランが小さく笑った。
「……悪いな。あとは、頼んだぞ」
その声には、覚悟が込められていた。
「はぁ〜い♪
それじゃぁ、いただきまぁす♡」
バサァッ――!!
次の瞬間、アランの胸元から半透明の“感情シート”が乱暴に引きずり出された。
それは空中でひらひらと揺れながら、やがて深い紫色のジャケットへと変化する。
Cは、それを嬉しそうに羽織った。
「んふふふふぅ〜♪」
袖を通した瞬間、Cの肩がぞくりと震える。
「これぇ……“憎しみ”だぁ〜♡
しかもぉ、すっごくぅ濃ぉ〜い♪」
うっとりと目を細める。
そのまま動かなくなったアランの頬を、ぷに、ぷに、と指でつついた。
「そっかぁ〜。
さっきのぉ女の人のことぉ、ほんとにぃ、愛してたんだぁ〜」
にやりと口角が吊り上がる。
「だからぁ、わたしへのぉ憎しみぃ、
ひゃくばぁーいってぇ、感じぃ?
きゃはっ♪
なにそれぇ〜? 最高なんですけどぉ〜♡」
パンッ、と無邪気に手を叩く。
その姿は残虐な怪物というより――新しいおもちゃを見つけた子供そのものだった。
「へぇ〜……人間ってぇ、
相手とのぉ、関係でぇ、
感情の味までぇ、変わるんだぁ〜」
ジャケットの袖を撫でながら、感心したように呟く。
「愛してるぅ、相手をぉ、失うとぉ、
こんなにぃ、苦くてぇ、
重たくなるんだねぇ〜♪
おっもしろぉ〜い♡」
カイの表情が険しくなる。
こいつ……。
感情だけじゃなく、“関係性”そのものを学習し始めているのか?
単なる感情の模倣じゃない。
Cは今、人間の感情が生まれる構造そのものを解析し始めている。
それが意味する危険性に、カイは警戒を強めた。
ひとしきり笑ったあと、Cはくるりと踵を返す。
紫のジャケットが、彼女の身体へ吸い込まれていく。
「さぁてぇ――」
両手を大きく広げる。
「次ぃ、行こっかぁ♡」
その声音は、遊園地のアトラクションへ向かう子供のように無邪気だった。
だからこそ、恐ろしかった。
***
Cの瞳が、子供のようにきらきらと輝く。
「ラスボスのぉ、Cちゃんはぁ、
レンジャーにぃ攻撃してきたぁ〜♪」
ぴょこぴょこと軽い足取りで、ソウタへ向かって歩き出す。
「えっ?
ちょ、待っ……えええぇぇーっ!?!?」
極度の緊張で、ソウタの呼吸が浅くなる。
足がガタガタと震える。
次の瞬間――
「ぶくぶくぶくっ……」
口から泡を吹き、ソウタは白目をむいて崩れ落ちた。
「きゃーっ! ソウタぁぁぁ!」
「はぁ!? おい、あいつ!
何もしてねぇじゃねえか!」
「ほんと!
役に立たないにも程があるわ!」
床に転がったソウタは、ぴくぴく痙攣している。
Cはそれを見下ろし、困ったように首をかしげた。
「なにこれぇ。
これじゃあぁ、感情をぉ、味わえなぃわぁ。
つまんなぁ〜い」
Cはくるりと向きを変える。
その視線が、今度はピコへ向けられた。
「じゃあ次ぃ〜。
アーティフィサーにぃ、攻撃しまぁ〜す♪」
「望むところです!」
「ピコ、お願い!」
ダイスが回る。
コロコロコロッ――。
出た目は、16。
「やりました! 5ダメージです!」
CのHP表示が、85から80へ減少する。
「ナイス、ピコ!」
しかし、追加攻撃の出た目は――2。
「あっ」
「あははぁ♪ 負け負けぇ♪」
にたぁっと笑いながら、Cが一歩ずつ近づいてくる。
「ひぃぃっ!
ピコの感情も奪われてしまいますぅーっ!」
だが、Cは目前まで来たところで止まった。
不思議そうに、ピコを見つめる。
「……あれぇ?」
「?」
「よく考えたらぁ、
あなたってぇ、ロボットぉ?」
「はい、そうですが」
Cがピコをじっと見つめる。
「それってぇ、感情ぉ……なくなぁーい?」
「……確かに」
「じゃあぁ、いらなぁーい♪」
がしっ。
「えっ」
Cはピコを片手で持ち上げ――
ぶんっ!
「わぁぁぁぁーっ!?」
ぽーん、と雑に放り投げる。
ガシャァァン!
ピコが壁へ突っ込み、足をぴくぴく震わせた。
「ピコーっ!」
Cは何事もなかったように、ぱんぱんと手を払う。
「やっぱりぃ、人間じゃないとぉ、
楽しくないよねぇ♪」
その言葉に、戦場の緊張が一気に高まる。
残っている駒は、4人。
カイ。
リサ。
トモ。
ジロウ。
Cは楽しそうに、残された面々を見渡した。
「さぁてぇ……
次はぁ、誰にぃ、しよっかなぁ〜♪」
人差し指を左右に振る。
まるで、ボードゲームの駒を選ぶように。
その姿を見つめながら、ユカは拳を握りしめた。
仲間が、一人ずつ倒れていく。
このままでは――勝てない。
そしてCは、そんなユカの表情さえ楽しむように笑っていた。
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