第20話②「あなたの感情ちょうだい」
レジスタンス本部へ続く地下廊下。
薄暗い非常灯。
むき出しの配線。
湿ったコンクリート。
その奥から――
カツ、カツ、カツ……。
ヒールの音が近づいてくる。
ゆっくりと、一人の女が歩いてきた。
露出の多い黒い衣装。
白い指先。
腰まで伸びた赤髪。
そして――まるで舞台を楽しんでいるような微笑み。
レジスタンスの見張り、ジョンとポールが反射的にライフルを構えた。
「止まれ……!」
ジョンの声が震える。
女――Cは、ぴたりと足を止めた。
そして、銃口を見つめる。
赤い瞳が、子供のように輝いた。
「ねぇ……それぇ、撃つのぉ?」
「それ以上近づけば撃つ!」
「んふふっ」
Cは肩を揺らして笑った。
「じゃあぁ……撃ってみればぁ?」
「っ……!」
ジョンが引き金を引く。
ドォンッ!!
銃声が廊下に炸裂した。
だが――
ヒュッ。
Cの姿が消えた。
「……え?」
ジョンが目を見開く。
次の瞬間。
「ふあぁあ……」
すぐ横から、あくびが聞こえた。
「なっ……!?」
耳元。
Cが立っている。
「いくらなんでもぉ、遅すぎるよぉ……」
Cは眠そうに目をこする。
「あまりにも遅すぎてぇ……眠くぅ、なっちゃうわぁ♪」
ジョンの顔が引きつる。
Cは楽しそうに笑いながら、その胸へそっと手を触れた。
まるで恋人に触れるような、優しい仕草だった。
「あなたの感情ぉ……」
赤い瞳が細まる。
「ちょうだぁい♪」
バサァッ――!!
ジョンの胸元から、無数のシートが引きずり出された。
半透明で、ざらついた灰色。
「……あ……ぁ……」
ジョンの膝から力が抜ける。
その場に崩れ落ちた。
瞳から、感情だけが抜け落ちている。
宙へ舞い上がったシートは、ねじれ、絡まり、形を変えていく。
やがて――
一着のコートになった。
灰色。
冷たい霧を思わせる外套。
Cが肩へ羽織る。
その瞬間、コートの裾がノイズのように揺らめいた。
すぅっ……。
布そのものが、Cの身体へ吸い込まれていく。
「あふぅ……♪」
Cはうっとりと目を閉じた。
「これぇ……“恐怖”ねぇ?」
指先で、空中に残った灰色の光を撫でる。
「壊れちゃいそうなくらいぃ、怯えてぇ……」
その表情が嬉しそうに歪む。
「絶望へぇ、沈んでいく感じぃ……♪」
「最高ぉぉ……♪」
その光景を見ていたポールが叫んだ。
「この化け物がぁっ!!」
腰のナイフを抜き、Cへ突進する。
Cは目を輝かせた。
「わぁ、元気ぃ♪」
キィン――!
細い指が、ナイフの刃を挟んだ。
完全停止。
「なっ……!?」
ポールの顔が引きつる。
Cはナイフを指先で軽く押し返した。
「はぁい、おっつぅ〜♪」
次の瞬間――
バサバサッ!!
ポールの胸から、再び感情のシートが引き抜かれた。
今度は燃えるような赤。
無数のシートが空中で翻り、絡み合っていく。
深紅のマントへと変化した。
Cがそれを身に纏う。
すると、周囲の空気が一気に熱を帯びた。
「あぁん……♪」
Cの頬が赤く染まる。
「今度はぁ……“怒り”ねぇ……♪」
深紅のマントが、Cの身体へ溶け込んでいく。
「仲間をぉ、やられたからぁ……」
Cは倒れたジョンを見下ろす。
「わたしをぉ……本気でぇ……56したいってぇ、思ってるぅ……♪」
その感情を味わうように、目を細める。
「感情ってぇ……」
胸元へ手を当てる。
「どうしてこんなにぃ……美味しいのかしらぁ♪」
その時――。
ビーッ! ビーッ!
廊下に警告音が鳴り響いた。
赤い警告灯が回転し、壁を染めていく。
「あらぁ?」
Cが足元を見る。
そこには、落ちた端末があった。
ポールが最後の力で、警報を作動させたのだ。
Cは端末を拾い上げる。
画面には、レジスタンス本部への緊急警報。
Cはくすっと笑った。
「ふぅん……」
端末を眺めながら、嬉しそうに呟く。
「みんなをぉ、呼んじゃったんだぁ?」
そこに怒りも、動揺もない。
むしろ――。
楽しそうだった。
Cは端末を放り、再び歩き出す。
カツ、カツ、カツ……。
ヒールの音が、地下廊下へ響いていく。
「これでぇ……」
赤い瞳が輝く。
「もっとたくさんの感情がぁ、味わえるのねぇ♪」
楽しそうな声。
その笑顔は、どこまでも空っぽだった。
恐怖を纏い。
怒りを纏い。
他人の感情を、いくつも身に着けている。
なのに――。
C自身の中には、何もない。
感情を集めるほど。
感情を身に着けるほど。
その空虚さだけが、際立っていく。
カツ、カツ、カツ……。
Cは、レジスタンス本部の奥へ進んでいった。
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