第20話①「知る者、好む者、楽しむ者」
レジスタンスの食堂。
壁際の古びた木棚には、ボードゲームの箱がびっしりと並んでいた。
カードゲーム。
推理ゲーム。
協力型。
戦略型。
中には、どう見てもルールが複雑そうなものまである。
「わぁ……すごい」
ユカは目を丸くした。
「こんなにたくさん……」
指先で箱の背表紙をなぞる。
その光景を見て、昼間の会話を思い出した。
***
「ユナがボードゲーム好きでね。
『レジスタンスの作戦を練る上でも重要だから!』って言って、大量に置いていたの」
サクラが説明すると、アランが即座に言った。
「単に、あいつが遊びたかっただけだ」
「俺もそう思う」
カイまで同意する。
「おおっ!? カイとアランの意見が一致した!」
ジロウが目を見開いた。
「奇跡よ、奇跡……!」
トモも大げさに両手を合わせる。
「ピコ的にも否定できません」
「そっかぁ……」
ユカは笑った。
「ユナお姉ちゃんって、そんなにボードゲーム好きだったんだ」
「1日1回はボードゲームをやらないと、手が震えて幻覚が見えると言っていました」
「それ、やばくない!?」
「俺がどれだけ付き合わされたと思ってるんだ……」
カイが顔をしかめる。
「ちなみにカイは激弱で、ユナに対して最長69連敗でした」
「……違う。68連敗だ」
むすっと訂正する。
「誤差みたいなもんだろ」
リサが笑った。
「あはははっ!」
食堂に笑い声が広がった。
***
ユカは思い出し笑いをしながら、棚を眺めていた。
そのとき――。
「あっ、これ……!」
一番上に置かれた箱が目に入った。
背伸びする。
「んんっ……!」
つま先立ちになり、手を伸ばす。
あと少し。
「むぅぅ……!」
ぴょんっ。
それでも届かない。
すると――
ひょい。
「えっ!?」
身体がふわりと浮いた。
気づけば、後ろから誰かに持ち上げられている。
「取れそう?」
穏やかな声だった。
「あ、はいっ!」
ユカは箱をつかんだ。
それを確認すると、男性はそっとユカを下ろした。
「あ、ありがとうございます……!」
箱を抱えて、ぺこりと頭を下げる。
男性は少し困ったように笑った。
細身の身体。
黒縁メガネ。
優しそうな顔立ち。
ジャケットの袖は少し乱れ、胸ポケットにはメモ用紙がぎっしり詰まっている。
「どういたしまして」
柔らかく笑う。
「君、ユカちゃんだよね?」
「え?」
「噂になってるよ。カイさんと一緒に来た子だって」
照れくさそうに頭をかく。
「僕はソウタ・メザルナ。よろしく」
差し出された手を、ユカは少し迷ってから握った。
「よろしく……お願いします」
「うん。僕のこと、ソウタって呼んで」
ソウタは嬉しそうに笑った。
「ソウタも、レジスタンスのメンバーなの?」
「……やっぱり、そうは見えないかな?」
「い、いやっ!?」
ユカは慌てて首をぶんぶん振る。
「そんなことないです!」
「あはは。いいよ、慣れてるから」
ソウタは苦笑した。
「みんなにもよく言われるし、自分でもそう思ってる」
その言葉が、少しだけ寂しそうに聞こえた。
「僕、非戦闘員なんだ。主に情報解析とか、データ整理とかやってる」
「へえ〜……!」
ユカの目が輝く。
「なんか頭よさそう!」
「イメージだけだよ」
即答だった。
「実際は失敗ばっかり。さっきもサクラさんに怒られて、ちょっと落ち込んでるところ」
「えっ」
ユカが目を丸くする。
「サクラさんって、優しそうなのに……怒るんですか?」
「めったに怒らないけどね」
ソウタの顔が引きつった。
「本気で怒ったときは……あれはもう、静かな災害かな」
「そんなに!?」
「口調は穏やかなんだけど、目が笑ってないんだよ……。あと、圧がすごい。もう逃げ場なしって感じ」
「ふふっ」
ユカが吹き出す。
「あはは」
ソウタも笑った。
二人の笑い声が食堂に響く。
その場には、初対面とは思えない自然な空気が流れていた。
***
ユカは、先ほど取った箱を見下ろした。
箱絵には、巨大な赤竜と剣を構えた冒険者たち。
「ダンジョンズ&ドラゴンズ……?」
箱を開ける。
中にはルールブック、色とりどりのダイス、地図、カード、小さな駒がぎっしり詰まっていた。
「わぁ……!」
宝箱を開けたような顔になる。
ソウタが隣から覗き込んだ。
「へえ。ダンジョンズ&ドラゴンズか」
「知ってるの?」
「まあね。テーブルトークRPGの始祖みたいな作品だから。略してD&Dって呼ばれてる」
「てーぶるとーく……?」
ユカの顔に「?」が浮かぶ。
ソウタは笑った。
「簡単に言うと……みんなで物語を作るゲームかな」
「物語?」
「うん。プレイヤーは冒険者になって、協力しながら旅をするんだ」
箱から、透明な赤い二十面ダイスを取り出す。
「敵と戦ったり、罠を突破したり、交渉したり」
指先でダイスを転がす。
コロッ。
「その結果を、このサイコロで決める」
「へえぇ……!」
ユカの目がきらきらする。
「なんか面白そう!」
「やってみる?」
「やる!」
即答だった。
***
数分後。
食堂のテーブルには、地図と駒が広げられていた。
「じゃあ、ユカちゃんは冒険者ね」
「うん!」
「職業は?」
「えっと……魔法使い!」
「なるほど」
ソウタが少し意外そうに笑う。
「じゃあ僕は、ゲームマスターをやるよ」
「ゲームマスター?」
「進行役のこと。世界を動かす人だよ。敵とか町の人とか、全部僕がやる」
「ひとりで!?」
「そう。結構大変なんだよ?」
ソウタが苦笑する。
そして――ゲームが始まった。
「君は古代遺跡の入口へ辿り着いた。中から、不気味な声が聞こえてくる――」
少し低い声を作る。
「『引き返せ……』」
「わっ」
ユカは少しだけ身を縮めた。
だが、すぐに顔を上げる。
「でも気になるから入る!」
「即決なんだ」
ソウタが笑う。
ゲームは進んでいく。
罠。
謎解き。
モンスター。
そのたびにユカは、驚くほど直感的に正解を引いていった。
「えっ……そっち選ぶの?」
「なんとなく!」
「なんとなく……?」
コロコロッ。
「やった! また成功!」
二十面ダイスが高い数字を示す。
「うそだろ……」
さらに数十分後。
「……負けた」
「いえーい!」
ユカが両手を上げる。
「いや、初めてでこれは強すぎない……?」
「えへへ」
ユカは得意げに笑った。
ソウタは盤面を見つめる。
「なんだろう……理詰めじゃなくて、全部『勘』で突破してる感じだ」
「だめだった?」
「いや、むしろ厄介」
ソウタは真顔になった。
「予測できないから」
「?」
ユカはきょとんとする。
ソウタは、その顔を見て笑った。
「でも……ユカちゃんって、すごく楽しそうに遊ぶね」
「だって楽しいもん!」
迷いのない言葉だった。
ソウタは、しばらくユカを見つめた。
「……楽しい、か」
メガネのフレームを指で押し上げる。
「それは……最強かもしれないな」
「楽しいが最強?」
「昔の人の言葉でね」
ソウタは、テーブルのダイスを転がした。
コロッ。
「――『之を知る者は、之を好む者に如かず。之を好む者は、之を楽しむ者に如かず』」
「……?」
ユカの顔が、完全な「わからない」になった。
ソウタは思わず笑う。
「えっと……簡単に言うと、このゲームに詳しい人も、これが本当に好きな人には勝てない」
もう一度、ダイスを転がす。
コロコロ。
「そして、本当に好きな人も……心の底から楽しんでる人には勝てない」
「なるほど……!」
ユカの目がぱっと輝く。
「だから、『楽しい』が最強!」
「そういうこと」
ユカはテーブルの駒を見つめた。
「なんか、わかるかも」
「うん?」
「私、難しいことは全然わかんないけど……」
少し照れながら笑う。
「楽しいと、もっとやりたくなるもん」
ソウタの目が、少し細くなった。
「……なるほど」
そして、困ったように笑う。
「どうやら僕はいきなり、最強の敵に出会ってしまったようだ」
「最強? 私が?」
「そう」
ソウタがぎこちなくウインクする。
「えへへっ!」
ユカが笑う。
「ふふっ」
ソウタも笑った。
食堂には、二人の笑い声が響いていた。
――知っているだけでは、足りない。
好きなだけでも、足りない。
心から楽しむ者は、誰にも予測できない。
そして、その日ソウタは――
レジスタンスで最も予測できない「最強の敵」と出会った。
※作者の活動報告に各話のコメントを書いています。
https://syosetu.com/userblog/list/




