第19話④「感情を着飾る女」
夜――人気の消えた街角。
看板を外された《Analog Mind Café》の前に、ひとりの女が立っていた。
月明かりを受けた赤髪が、腰まで流れている。
夜風が吹くたび、艶やかな髪がゆっくり揺れた。
黒いドレスに包まれた細い腰。
長い脚。
モデルのように整ったシルエット。
そして何より――赤い瞳。
その色は、感情そのものを閉じ込めたようだった。
女は閉ざされた店を見上げ、嬉しそうに微笑む。
「Bが消えたからぁ……ちょっと気になって、追いかけてみたんだけどぉ」
甘く伸びる語尾。
愛らしい声なのに、どこか不気味だった。
「まさかぁ……こんなところにぃ、レジスタンスのぉ本部があるなんてぇ♪」
瞳が輝く。
新しい玩具を見つけた子供のように。
いや――獲物を見つけた捕食者のように。
女は胸元へ手を当てた。
「こういうときってぇ……」
首を傾げる。
「人間は“ワクワク”するんだよねぇ?」
その仕草は愛らしい。
だが、決定的に何かが違っていた。
まるで感情を、自分で感じるのではなく、データとして学習しているような違和感。
「じゃあぁ……」
口元がゆっくり吊り上がる。
「わたしもぉ、ワクワクしてみよっかなぁ♪」
カツ、カツ、カツ――。
ヒールの音を響かせながら、女は入口へ向かった。
閉ざされたドアに手をかざす。
カチャリ。
電子ロックが解除された。
「あはっ、開いたぁ♪」
楽しそうに笑い、店内へ入る。
その瞬間――赤い瞳が妖しく光った。
ブゥン……。
天井の監視カメラが一斉にノイズを走らせる。
映像が乱れ、次々と停止していく。
「監視カメラなんてぇ、意味ないんだからぁ」
指先をひらひら振る。
女は店内を悠然と歩いていった。
カウンターを横切る。
並んだカップ。
古いボードゲーム。
残された日常の痕跡。
だが、それらには目もくれない。
向かった先は、店の奥。
壁際にある木製パネルの前で立ち止まる。
赤い瞳が細まった。
「……うふふぅっ」
手をかざす。
カチリ。
床が振動する。
隠されていたエレベーターが姿を現した。
「みぃつけたぁ♪」
嬉しそうに笑う。
「ここがぁ……入り口なんだねぇ」
秘密基地を見つけた少女のような声。
その瞳の奥には、ぞっとするほど純粋な好奇心が宿っていた。
女は軽やかにエレベーターへ乗り込む。
扉が閉じる直前、赤い唇が楽しげに歪んだ。
「ねぇ、レジスタンスのみんなぁ……」
くすっと笑う。
「わたしとぉ、仲良くしてくれるよねぇ?」
***
地下50階。
エレベーターホールには、レジスタンス警備班のジョージが立っていた。
肩には《量子干渉ライフル》。
だが、ここは本部最深部。
外部から侵入される可能性など、ほとんどない。
「……暇すぎだろ」
端末を開く。
画面に表示されたのは、恋人とのツーショット写真だった。
照れくさそうに笑う自分。
隣でピースサインをする彼女。
「……今度の休み、どこ行こうかな」
ジョージの頬が緩む。
その時――。
チン。
エレベーターの到着音。
「……?」
ジョージが顔を上げる。
予定は聞いていない。
すぐにライフルを構えた。
低い駆動音。
扉が開く。
そこに立っていたのは――。
黒いドレス。
長い赤髪。
そして、紅い瞳の女。
「こんばんはぁ♪」
甘ったるい声とともに、指先をひらひら振る。
「なっ……」
ジョージは一瞬、言葉を失った。
だが、すぐに我に返る。
「止まれ! 何者だ!」
銃口を向ける。
女は楽しそうに首を傾げた。
「わたしはぁ、Cぃ♪」
赤い瞳が細まる。
「人間をぉ、“感情”でぇ理解するぅAIなのぉ」
「AIだと……!?」
ジョージの指が引き金にかかる。
その瞬間――。
シュッ。
視界からCの姿が消えた。
「……え?」
背後から声がする。
「うしろぉ♪」
「がっ……!」
腕を取られる。
ライフルが床へ落ちた。
ガシャン!
ジョージが身体を捻る。
だが、動けない。
Cは背後から身体を固定し、耳元へ囁いた。
「緊張してるぅ♪」
「な、にを……!」
Cはジョージの顔を自分へ向ける。
赤い瞳が、至近距離から彼を見つめる。
「お近づきのぉ、印ぃ♪」
Cは、そのまま彼の唇に軽く触れた。
「――っ!?」
ジョージの身体が強張る。
鼓動だけが激しくなる。
ドクン。
ドクン。
Cはゆっくり離れると、ジョージの胸へ手を当てた。
「いただくねぇ♪」
次の瞬間――。
バサバサバサッ!
胸元から、虹色に輝くシートが引き抜かれた。
「ぁ……」
ジョージの目から光が消える。
身体から力が抜け、その場に崩れ落ちた。
宙に浮かぶ虹色のシート。
そこには無数の色が織り込まれていた。
恋。
欲望。
幸福。
不安。
罪悪感。
期待。
孤独。
それらはゆっくり形を変え、一着のドレスになった。
虹色に脈打つ、幻想的な感情のドレス。
「わあぁぁ……♪」
Cの瞳が輝く。
「すっごぉぉい……!」
嬉しそうに、そのドレスを身にまとった。
すると――。
すぅっ……。
ドレスが液体のようにCの身体へ溶け込んでいく。
Cは目を閉じた。
「んふふぅ……♪」
まるで感情を味わうように。
「わたしとのぉ、キスでぇ、こんなにぃ、ドキドキしてたんだぁ♪」
ぱちぱちと手を叩く。
「かわいぃ〜♪ ウケるぅ〜♪」
だが、次の瞬間。
Cの表情が止まった。
「あらぁ?」
首を傾げる。
「この感じぃ……」
虹色の中から、鈍く濁った色を見つける。
「……後ろめたさぁ?」
Cは倒れたジョージを見る。
そして、すぐに理解した。
「そっかぁ♪ 彼女さん、いたんだぁ」
くすっと笑う。
「ごめんねぇ?」
ジョージの頬を、指先で軽くつつく。
「でもぉ――」
紅い瞳が細まる。
「あなたはぁ、もうぉ、なにもぉ、感じなくなったからぁ……」
にっこりと微笑む。
「大丈夫だよぉ♪」
Cは踵を返した。
コツ……コツ……。
ヒールの音が、誰もいない通路へ消えていく。
その背後には――。
感情を失ったジョージだけが残されていた。
《第19話・終わり》
次回予告
「知ってる人より、好きな人!
好きな人より、楽しんでる人がいちばん強いんだって!
レジスタンスで私は優しいお兄ちゃんのソウタと出会った。
ソウタと一緒にゲームをして、
私は“楽しい!”って気持ちのすごさを知ったの。
でもそのころ――
感情を取っちゃうAI、Cがやってきた!
“暴力じゃない勝負”って……
いったい何をするつもりなの!?
次回、
『フラグメンツ・オブ・トゥルース ~最後の投擲~』
第20話『知る者、好む者、楽しむ者』。
ねえカイ……今度の相手、
ちょっとヤバすぎない!?」
※作者の活動報告に各話のコメントを書いています。
https://syosetu.com/userblog/list/




