第19話③「ずっと泣いている」
アランが、ゆっくりと振り返った。
鋭い視線が、真っ直ぐカイを捉える。
先ほどまで交わされていた軽口も、周囲に漂っていた緩い空気も消えた。
「……確かに、俺はユナを助けようとした」
低い声だった。
感情を押し殺しているようにも聞こえる。
「だが、できなかった」
アランは視線を逸らさない。
「そのことは……今でも悔いている」
カイの目が、わずかに見開かれた。
意外だった。
この男は、他人に感情を見せない人間だと思っていた。
冷酷で、合理だけで動く。
そんな男の言葉に、確かに痛みがあった。
アランはしばらくカイを見つめた。
そして――
「――だが、カイ・セイラン」
鋭い声が飛んでくる。
「それはお前も同じだ」
カイの表情が強張った。
「ユナが死んだのは――お前のせいだ」
ドクン。
心臓が嫌な音を立てた。
「……っ」
ユカが息を呑む。
リサたちも言葉を失った。
「俺は、お前を認めない」
真正面から叩きつけられる否定。
カイの拳が、ぎり、と音を立てる。
それでも、反論は出なかった。
「アランさん!」
ピコが勢いよく前へ飛び出す。
「それは失礼です! あなたはその場にいたわけでもないのに!」
「カイがどれだけユナを――」
「やめろ、ピコ」
低い声が遮った。
「ですが――!」
「いいんだ」
カイは視線を落とした。
そして、誰にも顔を見せないように背を向ける。
「……本当のことだからな」
その声には、怒りよりも後悔が滲んでいた。
「俺も……今の自分を認められない」
もっと違う選択ができたんじゃないか。
もっと早く気づけたんじゃないか。
もっと強ければ――。
あの日から、そんな「もしも」がカイの胸に残り続けている。
「カイ……」
ユカが不安そうに、その背中を見る。
何と声をかければいいのか分からない。
アランも、黙ってカイを見つめていた。
その瞳は冷たい。
だが、その奥には奇妙な影があった。
――救えなかった者同士。
それ以上、誰も口を開けなかった。
***
夜。
レジスタンス本部の食堂兼ミーティングルーム。
天井を走る白い照明。
壁際には簡易端末が並び、無機質な空間にコーヒーメーカーの駆動音だけが響いている。
その片隅で、カイは一人、椅子に座っていた。
机の上には、手をつけていない紙コップ。
湯気は、もう消えかけている。
そこへ――
ガタン。
リサが向かいの椅子へ腰を下ろした。
「あのアランってやつ、ほんっといけすかないねぇ」
続いてジロウがトレーを持ってやってくる。
「ああいうタイプ、リーダー向きじゃねぇんだよな」
「えー? でも、これだけ大きな組織を率いてるんだから、無能じゃないでしょ?」
トモが首を傾げる。
「そういう話じゃねぇよ」
ジロウはストローを咥えたまま、難しい顔をする。
「今どきは“心理的安全性”とか、“サーバント・リーダーシップ”とか、“感情的知性”とかが大事なんだよ」
「急に意識高いねえ」
「インフラ屋は人間関係でつぶされていくんだ」
「うわぁ……」
トモが遠い目をする。
「アランって、“寄り添う”タイプじゃないもんね」
「むしろ人を寄せ付けないタイプ」
「絶対レビューで“なんでこんな実装した?”とか言いそうだよな」
「怖っ!」
そんな会話を続ける三人の横で、ユカがカイの隣に腰を下ろした。
反対側では、ピコがぷかぷか浮かんでいる。
二人とも、何も言わずにカイを見ていた。
「……カイ」
ピコが声を落とす。
「ユナなら、きっと言います」
少しだけ間を置いて、続けた。
「“自分を責めないで”って」
カイは答えない。
ただ、視線を落としたままだった。
ユカが、そっと顔を覗き込む。
「……カイ」
「ん?」
「泣いてるの?」
カイはしばらく答えなかった。
やがて、かすれた声で呟く。
「……そうかもしれない」
涙は流れていない。
顔も変わらない。
それでも、胸の奥ではずっと泣いている。
ユナを救えなかった、あの日から。
その時――。
グゥゥゥゥゥ……。
食堂中に、妙に大きな音が響いた。
全員の視線が、ユカへ向く。
「……えへへ」
ユカは顔を赤くしながら、お腹を押さえた。
「お腹、空いちゃった」
「あっはははは!」
リサが吹き出す。
「この空気で鳴るか普通!?」
ジロウも頭を抱える。
「逆に才能あるよ、ユカ!」
「だ、だってぇぇ!」
「まったく……空気読めてるんだか、読めてないんだか」
ピコが呆れたように言う。
その時だった。
「……ふっ」
カイの口元が、ほんの少しだけ緩んだ。
「カイ、笑った!」
ユカの顔がぱっと明るくなる。
「笑ってねぇよ」
「笑ったもん!」
「はいはい。じゃあ、空気変えるためにも食事にしよう!」
リサが立ち上がる。
「賛成!」
「私もう限界〜!」
三人が食事の準備を始める。
その様子を眺めながら、カイは目を閉じた。
まだ痛い。
まだ苦しい。
それでも――。
今は、もう一人じゃない。
そう思えた。
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