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第19話②「とんでもないツンデレ」

扉の先――。


そこに広がっていたのは、地下とは思えないほど巨大な空間だった。


円形のホール。

幾重にも並ぶオペレーションデスク。

数十人のメンバーが端末へ向かい、無数のホログラムが宙を流れている。


世界地図。

監視網。

通信ログ。

AI挙動解析。

都市ごとの情報汚染率。


青白い光が、巨大な空間を脈打つように照らしていた。


「……ここは、作戦ルームか……」


カイが呟く。


「いや……本当に軍隊じゃねえか……」


ジロウが周囲を見回した。


「しかも、かなり本格的……」


トモも目を丸くする。


リサは端末群を眺めながら、目を細めた。


「最新の量子演算機まである……。

表社会じゃ絶対に見かけない設備だよ」


修正者は振り返らない。


「世界の裏側を暴くには、相応の力が必要だからな」


そのとき――。


「カイーーーッ!!」


甲高い電子ボイスが響いた。


「!?」


ブォンッ!


小型ドローンが、猛スピードで飛んでくる。


「うおっ!?」


カイが反射的に受け止めた。


丸っこい白いボディ。

液晶表示の目。

小さな補助アーム。


ユナの相棒AI――ピコだった。


「ピコ! 無事だったのか!」


「ピコは高性能なので、そんな簡単には壊れません!」


ぴこぴことボディを揺らす。


だが、すぐに動きが小さくなった。


「ユナが虚数ノードからピコを飛ばしてくれた際、ユナやカイとは逸れてしまいまして……」


ホログラムの瞳が伏せられる。


「その後、自動帰還プロトコルでレジスタンス本部へ戻っていたのです」


「……そうか」


カイはピコを見つめた。


「また会えてよかった」


ピコの液晶表示が、柔らかく光る。


「ピコ的にも……うれしいです」


そして、ピコが顔を上げた。


「それで……ユナは……?」


カイの指が、わずかに強くピコのボディを握った。


「あの後――」


唇を噛む。


「消滅した」


ピコの動きが止まった。


「……やはり、そうでしたか」


声が震えている。


「ユナの反応が消えていたので……ある程度の覚悟は、していたのですが……」


カメラアイの光が弱くなる。


その様子を見ていたユカが、首を傾げた。


「ねえねえ」


「?」


「この変なの、なぁに?」


「変なの!?」


ピコが固まった。


「ユナの相棒のピコだ。

仲良くしてやってくれ」


ユカはピコをじーっと見つめる。


「なんか……おまんじゅうみたい」


「おまんじゅう!?」


ピコのボディから、ショックを受けたようなノイズが走った。


「失礼極まりないです!!

ピコにはちゃんと正式名称があります!」


補助アームをビシッと伸ばす。


「Personal Intelligent Companion Operative!

個人用知性支援機・同行型人工知能!

通称ピコです!」


「長っ」


「長くありません! 形式です!

それをおまんじゅうとは!」


「なによー、ちょっと思ったから言っただけじゃい!」


「思ったことを全部言っていいなら、世界はとっくに崩壊しています!」


ぷんすかとボディを震わせる。


「もっとTPOを意識してください!」


「TPOってなに!?」


「そこからですか!?」


「ふふっ」


トモが吹き出した。


「ユカ、お友達ができてよかったね」


「こんなの友達じゃない!」


「同列に扱わないでください!

ピコがこのへちゃむくれを、しっかり教育してやります!」


「へちゃむくれじゃないよ! ユカだよ!」


「ふんっ! さっきのお返しです!」


ピコがぷいっと横を向く。


「あっ、逃げた!」


「逃げてません!」


「逃げてるー!」


「違いますー!!」


二人がわちゃわちゃ騒ぎ始める。


ジロウが苦笑した。


「……なんか、急に空気ゆるくなったな」


「悪くないだろ?」


リサが笑う。


カイも、ほんの少しだけ口元を緩めていた。


胸を締めつけていたユナの喪失感が、ほんのわずかに和らいでいた。


そのとき――。


「騒がないで。ここは本部よ」


凛とした声が響いた。


全員が振り返る。


そこに立っていたのは、赤髪のショートヘアと切れ長の目を持つ女性だった。


白衣にも似たロングジャケット。

片手には端末。


知的で冷静な表情の奥に、柔らかな光を宿している。


「……サクラ」


「久しぶりね、カイ・セイラン」


サクラは、わずかに口元を緩めた。


「《Truthline Analytics》の社員を名乗ってたよな」


「ええ」


「やっぱり……レジスタンスの一員だったってわけか」


サクラは頷く。


「《Truthline Analytics》そのものが、レジスタンスの表向きの企業なの。

そして、《Analog Mind Café》も、ユナも……」


ホログラムへ目を向ける。


「表では情報解析企業を装いながら、裏でシン統治システムの調査を続けていた」


そして、カイを見る。


「あなたに身分を偽っていたことは謝るわ。

でも、言えない事情があった……そう理解してもらえると助かる」


カイは視線を逸らした。


まだ、完全には納得できない。


それでも、サクラの言葉が嘘ではないことは感じていた。


「私はサクラ・ミズハラ。

レジスタンス副リーダーよ」


サクラは隣に立つ男へ視線を向ける。


「そして、彼がリーダーのアラン――」


「“修正者”だ」


即答だった。


「……そうだったわね」


サクラが肩をすくめる。


「アランって、普通に名前あるんじゃん……」


トモが呟いた。


「なんでわざわざ“修正者”なんて名乗ってんだよ」


ジロウが続ける。


「厨二病こじらせてるタイプだねぇ」


リサまで乗ってきた。


「コードネームだ」


アランは真顔で答える。


「余計カッコつけてる感あるぞ」


「……」


アランの眉が、わずかに動いた。


「ちょっと効いてる!」


トモが笑う。


「ふふっ……」


サクラも思わず笑った。


このやり取りには、慣れているらしい。


「私たちレジスタンスは、AIに乗っ取られた“シン統治システム”を解放し、世界から奪われた真実を取り戻すために戦っているの」


「真実、か……」


「ええ」


サクラの表情が変わる。


「そして、その中心にいたのが――ユナだった」


カイの顔が強張った。


「カイ……ユナのこと、本当に残念だったわ」


「……助けないのが、組織のルールだと聞いた」


サクラは目を伏せる。


「……それでも」


ゆっくりとアランを見る。


「アランは、ユナを助けようとしていたわ」


「……なに?」


「独断でコンタクトを取ったの。

組織のルールを破ってでも、彼女を逃がそうとしてた」


全員の視線がアランへ集まる。


だが、アランは何も言わず、背を向けていた。


「でも、ユナは拒否した」


「拒否……?」


「“巻き込みたくない”って」


カイの胸に、ユナの最後の笑顔が浮かんだ。


《大丈夫。カイなら、きっと辿り着ける》


「おいおい……」


ジロウがアランを見る。


「さっきと言ってること、真逆じゃねぇか」


「とんでもないツンデレだね」


リサが笑う。


「冷たい人だと思ってたけど……ちょっと見直したかも」


トモも続ける。


「……」


アランは何も答えない。


ただ、否定もしなかった。


「そういう人なの」


サクラが困ったように笑う。


「それも理解してもらえると助かるわ」


「余計なことを言うな」


「はいはい」


そのやり取りを見ていたユカが、目を丸くする。


「……なんか」


「?」


カイが振り向く。


「夫婦みたい」


「えっ――!?」


サクラの声が裏返った。


「…………は?」


アランの表情が固まる。


「あっはははは!」


リサが大笑いする。


「言うなぁ、ユカ!」


「確かに息ぴったりだった!」


「ち、違うわよ!?」


サクラが慌てる。


「くだらん」


アランは顔を背けた。


「あ、照れてる」


「照れてない」


即答だった。


「……」


カイは二人を眺めながら、ふと思い出した。


ユナと初めて会った頃の会話。


《ねえねえ、サクラ、美人でしょ?》


《でも、残念! サクラには彼氏いるから、口説いちゃダメだよ》


《その彼氏っていうのがさ、自分にも他人にも厳しくて、すごく細かいんだよねー》


《そういう男性とうまく付き合うには、どうしたらいいのかな?》


カイは小さく息を吐いた。


「そうか……あの二人……」


知らない場所。

知らない組織。


それなのに――。


ピコが騒ぎ、ユカが笑い、サクラとアランが言い合い、みんながそれを笑っている。


ここには、ユナがいた。


そして今、ユナを失ったカイの周りにも、人がいる。


ほんの少しだけ。


ここが“居場所”に近づいた気がした。



※作者の活動報告に各話のコメントを書いています。

https://syosetu.com/userblog/list/

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