第18話④「レジスタンス」
扉を開けた瞬間――
カラン。
かすかなドアベルが、店内に響いた。
カイは、足を止めた。
そこには、逃亡前とほとんど変わらない景色が残っていた。
薄暗い照明。
木製のテーブル。
棚に並ぶボードゲーム。
壁際に置かれた、使い込まれたマグカップ。
そして――カウンターの端。
開いたままのメモ帳。
途中まで書かれた戦略メモ。
駒を磨くためのクロス。
まるで、ついさっきまで誰かがここにいたようだった。
「……」
ユカが小さく息を呑む。
カイは何も言わず、店内を見渡した。
やがて、その視線が棚の上で止まる。
そこには、一枚の写真立てがあった。
写真の中で、ユナが笑っている。
その隣には――少し困ったような表情のカイ。
「……」
カイは、写真を見つめた。
その瞬間、記憶の奥から懐かしい声が蘇る。
《カイ。勝負ってね――》
柔らかな声。
カウンター越しに、楽しそうに駒を並べるユナ。
《“勝ち負け”じゃないの》
そして――
《最後まで、自分を信じ抜けるかなんだよ》
ふっと笑うユナ。
カイの指先が、わずかに震えた。
今にも店の奥から、
「おかえり」
そんな声が聞こえてきそうだった。
だが――
「感傷に浸るのは後だ」
修正者の低い声が飛んできた。
修正者は振り返ることなく、カウンターの奥へ歩いていく。
背中には、あの黒い棺。
「こっちだ。着いてこい」
修正者は壁際の木製パネルに手を添えた。
古びた装飾板にしか見えない。
だが、指を決まった順序で滑らせると――
カチリ。
小さな解錠音。
直後、床の継ぎ目に青白いラインが走った。
ゴゴゴゴゴ……!
床が左右に割れていく。
その下から、巨大な金属製エレベーターがせり上がってきた。
「うわっ……!?」
トモが後ずさる。
「マジかよ……。ただのカフェじゃねぇのかよ……」
ジロウも目を見開く。
リサが口元を上げた。
「隠し拠点ってやつかい」
修正者は答えず、エレベーターへ乗り込む。
カイも続いた。
ユカは、地下へ続く暗闇を見下ろす。
「……カイ」
「大丈夫だ」
短い言葉。
その声に背中を押されるように、ユカも乗り込んだ。
全員が乗った瞬間――
ゴンッ!
重い音とともに扉が閉じる。
次の瞬間。
エレベーターが猛烈な勢いで下降を始めた。
「うおっ!?」
ジロウが壁に手をつく。
「ちょ、ちょっと待って!? これ何階まで行くの!?」
トモが叫ぶ。
無機質な電子音声が返ってきた。
【地下50階層へ移行します】
「ご、50階!?」
「どんだけ深いんだよ!」
「地下要塞でもあるのかい……」
高速で降下するエレベーター。
外壁の隙間から、無数の光ケーブルが流れていく。
ユカは隣のカイを見上げた。
「……ここ、来たことあるの?」
「ああ」
カイは短く答えた。
その目は、少し遠くを見ていた。
「一度だけな」
やがて――
ゴォン……!
重い音とともに、エレベーターが停止する。
扉が開いた。
その先に広がっていたのは――巨大な地下空間だった。
無数のサーバーラック。
天井を埋め尽くす光ケーブル。
青白い冷却光。
そして、脈打つように点滅する演算炉。
地下に築かれた、もう一つの電子都市。
「……すご……」
トモが呟く。
「これ全部……稼働してんのか……?」
ジロウが周囲を見渡す。
リサも目を細めた。
「国家レベルの設備じゃないか……」
その中心に、修正者が立っていた。
黒い外套が、冷却風に揺れている。
修正者はゆっくりと振り返った。
「――ようこそ」
低く抑えた声が、巨大な空間に響く。
無数のモニター。
走り続けるコード。
点滅する演算炉。
そのすべてを背にして、修正者は告げた。
「レジスタンスへ」
カイが周囲を見渡す。
「やはり……ここがレジスタンスの本拠地か」
「そして今こそ――」
修正者の視線が、カイを捉える。
鋭い眼差し。
「世界の裏の姿を見せてやろう」
「……っ!」
ユカの肩が、びくりと震えた。
世界の裏の姿。
その言葉が、地下50階の空間に突き刺さった。
《第18話・終わり》
【次回予告】
レジスタンスの本拠地で、
ついに明かされる――ユナの過去。
だが、修正者から叩きつけられる否定。
逃げ場のない言葉に、俺の心は揺れる。
そんな時――新たな敵、Cが現れる。
感情を理解するために、
人間の“感情”そのものを奪う女。
次回、
『フラグメンツ・オブ・トゥルース ~最後の投擲~』
第19話『感情を着飾る女』。
人は、感情で傷つき、感情でぶつかる。
だが――
感情すべてを奪われたら、
いったい何が残るのか?
※作者の活動報告に各話のコメントを書いています。
https://syosetu.com/userblog/list/




