第17話⑥「気持ちを乗せて」
無数の黒い根が地面を這う。
ズズズズズ……!
根は互いに絡み合い、一本の巨大な樹木へと姿を変えていく。
それは、情報を喰らう魔導樹。
黒い樹皮には、苦悶する人間の顔が浮かんでいる。
枝葉には無数のデータ断片が漂い、根は神経のように脈動しながら、仮想空間そのものへ侵食していく。
いくつもの声が重なった。
「キキキキキ……!」
「ば、化け物……!」
リサが顔を引きつらせる。
巨大な樹皮に浮かんだ顔が、一斉にカイを見た。
「カイ・セイラン……」
枝が不気味に揺れる。
「ヌシを理解できぬと言うなら……」
樹皮の顔たちが、一斉に嗤った。
「儂の中へ取り込んでやろう」
ズズズズズ……!
無数の根が地面をえぐりながら伸び、カイとユカを包囲する。
「そうすれば……」
枝葉に浮かぶデータが、激しく明滅する。
「儂はヌシを完全に理解できる!!」
「気色悪ぃこと言ってんじゃねえよ!」
カイが、ユカを庇うように前へ出た。
「ユカ、行くぞ!」
「うん!」
カイは左手を掲げる。
「来い――セラの指輪!」
その瞬間。
宙に浮かんでいた指輪が、まるで呼び声に応えるように動き出した。
ヒュンッ!
一直線にカイへ飛んでくる。
そして――
指輪が、激しい光を放った。
眩い輝きがカイの左手を包み込む。
次の瞬間。
指輪は、まるで最初からそこにあったかのように、カイの指へ収まっていた。
カイが拳を握る。
「……行くぞ」
ユカは、その手にそっと自分の手を重ねた。
カイの光と、ユカの光が重なる。
二つの光が互いを求めるように広がり、やがて一つの輝きへと変わっていく。
それは、二人の力だけではない。
受け継がれてきた想いまでが、重なっていくようだった。
「――リアライズ!!」
轟ッ!!
指輪が眩く輝いた。
空間に光の紋章が広がり、白銀の粒子が一気に集束していく。
「パラレル・アーカイブ――エクスカリバー・ライトエディション!」
白銀の光がカイの右手に集まり、聖剣へと変わった。
さらにカイは左手を振る。
「もう一丁!」
花吹雪が渦を巻いた。
「パラレル・アーカイブ――クサナギ・カムフローラ!」
翠色の光が奔り、無数の花びらが舞い上がる。
その中心から、一振りの小太刀が現れた。
カイはそれを掴む。
「コダチ!」
通常のクサナギより、一回り小さい。
カイは、そのままユカへ放り投げた。
「それでみんなを助けろ!」
「……わかった!」
ユカが小太刀を受け取る。
そのまま、光の箱へ向かって駆け出した。
「キキキ……!」
魔導樹の根が、ユカを追う。
「させるか!」
カイがエクスカリバーを振り抜いた。
ズバァン!
黒い根が吹き飛ぶ。
その隙に、ユカは走り抜けた。
「みんな! すぐに助けるから!」
「ユカ、早くーっ!」
「頼むぜぇぇ……!」
光の箱の中で、トモとジロウが必死に手を振る。
その隣でリサも叫んだ。
「ユカ! 気をつけて!」
「うん!」
ユカは箱の前で立ち止まり、小太刀サイズのクサナギを両手で構えた。
「よ、っと……」
持ち上げた瞬間。
ズシリ。
「お、重っ!?」
身体が大きく傾いた。
「ちょっ! 無理すんじゃないよ!」
「う、ううっ……!」
剣先が床に触れ、火花が散る。
ユカは必死に踏ん張った。
「ぐぬぬぬ……みんなを……助けるんだ……!」
腕が震える。
額に汗が浮かぶ。
そのときだった。
《ふふっ。しょうがないなぁ、ユカ》
心の中に声が響く。
「――っ!?」
ユカが顔を上げる。
「この声……ユナお姉ちゃん!?」
聞き間違えるはずがない。
優しくて、どこか懐かしい声。
《私がタイミングを合わせる。だから、思いっきり振って》
「……うん!」
ユカの表情が変わった。
柄を握り直す。
「今から箱を壊す! みんな、後ろに下がって!」
「了解!」
「う、うん!」
「頼んだぜ、ユカ!」
三人が箱の奥へ移動する。
ユカは剣を振りかぶった。
だが――やはり重い。
腕が震える。
《大丈夫。力じゃないよ》
「……!」
《気持ちを乗せるの》
花びらのような光が、ユカの手に重なった。
《いくよ。いち……にの……》
ユカが息を止める。
《さん!》
「えいやぁぁぁーっ!!」
ブンッ!!
剣が振り抜かれた。
「えっ、軽っ!?」
見えない力が背後から剣を押した。
翠の花吹雪が渦を巻き、巨大な斬撃となって光の箱へ突き進む。
バシュゥゥゥゥッ!!
箱に大きな裂け目が走った。
そして――。
パリーン!!
ガラスのような音を立て、光の箱が砕け散る。
「うわぁぁぁぁっ!?」
三人の身体が宙へ投げ出された。
ドシン!
地面に叩きつけられたジロウ。
その上へ――。
ドン!
「ぐえっ!!」
さらに、
ドン!
「きゃっ!? ご、ごめんジロウ!」
「お、俺を……雑に使うな……」
ジロウは白目をむいたまま、ぷすぷすと煙を上げている。
リサが立ち上がり、笑った。
「あっははは! クッションありがと!」
「誰がクッションだ……」
ジロウは震える腕を上げ、親指だけを立てた。
「みんな、大丈夫!?」
ユカが駆け寄る。
「もうダメかと思ったよぉ……」
トモが涙目になる。
「でも助かった。ユカ、よくやったね」
リサが親指を立てて、にっと笑う。
「……よかったぁ……」
ユカの目に、涙が滲んだ。
三人が無事だった。
それだけで、胸の奥にあった力が抜けていく。
その姿を見て、リサたちも笑った。
――その直後。
ズドォォォン!!
遠くから、轟音が響き渡った。
ユカが振り返る。
そこには、巨大な魔導樹と戦うカイの姿があった。
「カイ……!」
まだ、戦いは終わっていない。
***
黒い根が、暴風のように空間を埋め尽くしていた。
ズガガガガガッ!!
床が砕け、壁が抉れる。
崩れた研究施設が、黒い根に呑み込まれていく。
「ちいっ……!」
カイが跳んだ。
直後――
ドガァン!!
さっきまで立っていた場所を、無数の根が串刺しにした。
「キキキキキ……!
逃げるだけか、カイ・セイラン!」
魔導樹の樹皮に浮かぶ無数の顔が、嘲笑うように歪む。
「どうした?
逃げてばかりでは理解できぬぞォ!?」
「うるせぇな……!」
カイの背後から、さらに根が迫る。
右。
左。
上。
そして、背後。
逃げ道そのものが消えていく。
カイは壁を蹴った。
崩れた足場を滑り、迫り来る根を紙一重でかわす。
ズガン!
根が壁を貫いた。
カイはその反動で宙へ跳ぶ。
また一本。
また一本。
次々と襲いかかる根を、カイは聖剣で弾き、切り払いながら走り続ける。
「お、おい!
カイの野郎、押されてねぇか!?」
ジロウが叫ぶ。
「このままじゃ近づけない……!」
リサも身構える。
だが――。
ユカだけは、カイから目を離さなかった。
「……違う」
「え?」
トモが振り返る。
ユカは、カイの動きを追っていた。
逃げている。
そう見える。
けれど――。
「カイ……何かやってる……!」
その瞬間。
カイが床を蹴った。
ヒュンッ!
聖剣が閃く。
ズバァン!
魔導樹の根が一本、斬り落とされた。
「無意味だ」
切断された根が、黒い粒子を撒き散らしながら再生していく。
「儂の情報増殖を、その程度で止められると思うたか?」
カイは答えない。
走る。
斬る。
避ける。
また斬る。
同じ動きを、何度も繰り返す。
「キキキ……!」
魔導樹の顔が嗤う。
「無様よのう!」
さらに根が増殖した。
一本。
二本。
十本。
百本。
黒い根が研究施設を覆い尽くしていく。
壁も床も天井も、すべてが黒い森へと変わっていった。
「逃げ場など、もうどこにもないぞォ!」
根が一斉に動く。
「終わりだ」
四方八方。
上下左右。
あらゆる方向から巨大な根がカイへ殺到する。
リサが叫んだ。
「カイ!!」
ユカも息を呑む。
逃げ場はない。
それなのに――。
カイは動かなかった。
聖剣を下ろし、迫り来る無数の根を見据える。
そして――。
「――かかった」
口元が、ニヤリと歪んだ。
※作者の活動報告に各話のコメントを書いています。
https://syosetu.com/userblog/list/




