第17話①「総取りの賭け」
カイとBが、向き合っていた。
仮想層の空間を、青白いデータ光が流れていく。
その中央に浮かんでいるのは、ひとつの《光の箱》。
閉じ込められたリサたちの視線が、カイとBへ向けられていた。
「……取引じゃと?」
Bの赤い瞳が細くなる。
「ああ」
カイは左手を見た。
薬指には、淡く光るリング。
次の瞬間――
カイは、それをゆっくり外した。
「カイ……」
ユカの声が漏れる。
カイはリングを手のひらに乗せた。
すると、
ふわっ。
リングが、まるで意思を持ったかのように浮かび上がった。
淡い金色の光を放ちながら、ゆっくりと上昇していく。
そして――
《光の箱》と同じ高さで停止した。
「……何のつもりじゃ?」
Bが杖を構える。
「簡単な話だ」
カイが口元を吊り上げた。
「指輪と人質――」
視線を上げる。
「総取りを賭けて、勝負しようぜ」
「はぁっ!?」
「ちょ、ちょっと!?」
ジロウとトモの顔色が変わった。
「何言ってるの!?」
トモが光の箱を叩く。
「早く指輪渡して、私たちを出してよ!」
声が震えている。
「お願いだから……!」
今にも泣き出しそうなトモを見て、ユカが前へ出た。
「大丈夫!」
「ユカ……?」
「ジロウさん! トモさん!」
ユカは二人をまっすぐ見つめた。
「カイと私を信じて!」
その言葉には、迷いがなかった。
Bが鼻で笑う。
「……くだらぬ」
杖の先で床を叩く。
「総取りの利があるのはヌシだけじゃ。儂には応じる理由がない」
「まあまあ。最後まで聞けよ」
ユカが肩掛けバッグに手を入れた。
取り出したのは、ひとつの箱。
それをカイへ渡す。
「……?」
Bの視線が箱へ向いた。
カイは、それを掲げた。
箱に記されたタイトル。
――《ディプロマシー》。
Bの赤い瞳が、わずかに細くなる。
「知ってるだろ?」
カイが笑う。
「こいつは、“相手を理解するゲーム”だ」
「……!」
ユカがカイを見る。
「相手が何を考え、何を望み、どこで裏切るか」
カイは箱を軽く叩いた。
「それを読み合うゲームだ」
そして、Bを見据える。
「お前の好きなゲームだろ?」
誰も口を開かなかった。
リサは息を呑み、ジロウとトモもカイを見つめる。
Bだけが動かない。
だが、その背後では無数の演算式が猛烈な速度で流れていた。
【取引受諾期待値】
【人間理解効率】
【リスク分析】
【勝率予測】
青白いコードが、滝のように空間を埋め尽くしていく。
カイは、その様子を見逃さなかった。
(……よし)
心の中で笑う。
(乗ってこい……)
やがて、Bが顔を上げた。
「――ふははははは!!」
突然、仮想層全体に笑い声が響き渡った。
「!?」
トモが肩を震わせる。
「な、なんだ……!?」
ジロウも後ずさる。
Bが杖を鳴らした。
「カイ・セイラン……!」
赤い瞳が、愉快そうに細められる。
「実に面白い男よ!」
空間中のコードが激しく明滅する。
「儂の“分析によって人間を理解する”という仕様――」
Bの口元が歪む。
「そこを突いてきたか」
「さあ、どうする?」
カイは挑発するように肩をすくめた。
Bはカイを見つめた。
その視線の奥で、膨大な演算が走り続けている。
そして――
「いいじゃろう」
Bが告げた。
「ヌシの取引、受けて立つ」
「……!」
カイの口元がわずかに上がる。
(来た――!)
無意識に舌で唇を湿らせた。
獲物が、罠へ踏み込んだ。
そんな確かな感覚があった。
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