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第16話④「取引しようぜ」

仮想層。


床も天井も存在しない、境界の曖昧な空間。


青白いデータ光が無数の線となって虚空を走り、文字列や波形が絶え間なく流れている。


その中央に、巨大な《光の箱》が浮かんでいた。


透明な光で構成された箱の内部には、リサ、ジロウ、トモの三人が閉じ込められている。


そして、その傍らには杖をついたBが立っていた。


Bの前には、赤いカウントダウンが浮かんでいる。


【22:11:53】

【22:11:52】


機械的な数字だけが、冷たく時間を刻み続けていた。


「私たち……どうなっちゃうんだろ……」


トモが不安そうに呟く。


ジロウも拳を握りしめた。


「ユカたちが来なかったら、このまま消されるんだろ……?」


「でも……あのカイってやつ、最初、私たちを憎んでいたし……」


トモは言葉を止めた。


「来てくれないんじゃ……」


リサは何も言わず、目を閉じていた。


その様子に耐えきれなくなったのか、ジロウがBへ怒鳴る。


「おい、じいさん!」


Bは反応しない。


「聞いただろ!? 俺たちを人質にしても無駄だ! もっと他に――」


「黙れ」


低い声だった。


それだけで、ジロウの言葉が止まる。


Bは杖を握ったまま、ゆっくり顔を上げた。


「きゃつは、絶対に見捨てられん」


赤い瞳が開く。


「儂の分析結果が、そう結論づけておる」


「……分析結果?」


リサが顔を上げた。


次の瞬間、Bの背後に巨大なホログラムが展開された。


【対象個体:カイ・セイラン】


■人質救出行動予測99.982%

■自己犠牲許容値91.4%

■“見捨てる”選択実行率0.018%


【解析結果】

・対象個体カイは、他者を見捨てられない。

・これは感情ではなく、“行動仕様”である。


「な、なにこれ……」


トモが目を見開く。


ジロウはホログラムを睨みつけた。


「人間を……数字にしてやがる……」


Bは淡々と答えた。


「きゃつは来る」


迷いのない断言だった。


「問題は、残り0.018%を引くかどうかじゃ」


リサはホログラムを見つめる。


ここまで分析されている。


策を立てても、すべて読まれる。


そんな不安が胸を締めつけた。


(カイ……あんた、どうするつもりだい……?)


そのときだった。


Bが空間の奥へ視線を向けた。


「……来たようじゃな」


ざっ、と空間にノイズが走る。


次の瞬間。


光の裂け目が開き、その向こうから二つの影が現れた。


カイとユカ。


「ユカぁーっ!!」


トモが叫ぶ。


「た、助かった……!」


ジロウも声を上げる。


「リサさん! ジロウさん! トモさん!」


ユカが三人へ駆け寄ろうとする。


だが、その前にBの視線がカイを捉えた。


赤い瞳が、カイの左手へ移る。


「ほう……」


Bの口元が細く上がった。


「どうやら、指輪は持ってきたようじゃの」


カイは何も言わず、左手を掲げる。


薬指には、淡く光るリング。


セラの指輪。


ユナから受け継いだものだった。


Bの目が細くなる。


「では――」


杖の先がわずかに動く。


「渡してもらおうかの」


カイは指輪を見た。


そして、Bへ視線を戻す。


「――断る」


口元に、にやりと笑みが浮かぶ。


その隣では、ユカまで腕を組んで胸を張っていた。


「断るっ!」


Bの眉がわずかに動く。


「……ほう?」


「指輪は渡さない」


カイが一歩前へ出る。


「その上で、人質は返してもらう」


空間を走っていたデータ光が、二人の間を横切る。


Bはカイを見つめた。


「やれやれ……」


肩をすくめる。


「儂の話を、聞いておらんかったようじゃの」


「いや?」


カイの口元が吊り上がる。


「ちゃんと聞いてたさ」


Bの分析結果。


カイが人質を見捨てられないこと。


自己犠牲を許容する可能性。


そして、指輪を要求されていること。


すべて理解している。


だからこそ、ここへ来た。


カイは指輪を握りしめる。


「その上で――」


真っ直ぐBを見据える。


「取引しようぜ、B」


青白いデータ光が、二人の間を駆け抜ける。


人質を閉じ込めた《光の箱》。


Bの分析能力。


カイが持つ指輪。


そして、ユカの共鳴。


互いの思惑が交差する。


Bはカイの言葉を受け、わずかに目を細めた。


カイも動かない。


ユカも腕を組んだまま、Bを見つめている。


次に動くのは、どちらか。


仮想層の奥で、カウントダウンだけが数字を減らし続けていた。


【22:10:41】

【22:10:40】


《第16話・終わり》


次回予告


「人間は、理解できる存在――」


そう信じていたB。


あらゆる行動を分析し、数値化し、未来さえ予測する。


だが、俺が示したのは、分析では測れない“繋がり”だった。


そして――


Bを貫く、謎の一撃。


現れたのは、“修正者”を名乗る男。


敵なのか。


それとも、味方なのか。


次回、『フラグメンツ・オブ・トゥルース ~最後の投擲~』

第17話『理解できないもの』


人は、感情から逃れられない。


――じゃあ、AIは?


※作者の活動報告に各話のコメントを書いています。

https://syosetu.com/userblog/list/

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