第16話③「受け継がれる想い」
準備は整った。
廃ビルの一室。
壁面に投影されたカウントダウンが、赤い数字を刻み続けている。
【22:14:08】
【22:14:07】
残された時間は、確実に減っていた。
カイは深く息を吐き、ポケットから指輪を取り出した。
淡い金色のリング。
ユナが最後まで持っていた、セラの指輪だった。
カイはそれを、ゆっくり指にはめようとする。
だが――
「……入らねえ」
指輪は途中で止まった。
「元々ユナさんのだったんでしょ?」
「まあな」
「女の人と男の人じゃ、指の大きさ違うもんね」
「仕方ない。小指にでも――」
その瞬間。
指輪が、淡く脈動した。
「……!」
次の瞬間、リングはカイの指から離れ、まるで自らの意思を持っているかのように薬指へ滑り込んだ。
カチリ。
最初から、そこが定位置だったかのようだった。
「えっ……!?」
ユカが目を見開く。
さらに、指輪の表面を淡い光が走った。
浮かび上がった文字は――
【Y2K】
「すご……」
ユカが指輪を見つめる。
「これ、どういう意味?」
カイは答えず、しばらくリングを見つめていた。
その瞳に浮かんでいたのは、驚きだけではない。
ユナの面影。
そして、もう彼女には会えないという寂しさ。
「……指輪に認められたんだろうな」
カイは指輪をそっと撫でた。
「俺が、ユナの後を継ぐ者だって」
指輪が、柔らかく光った。
その光を、ユカもじっと見つめる。
悲しい。
けれど、どこか温かい。
受け継がれるというのは、こういうことなのかもしれない。
ユカはそんなことを感じていた。
カイが顔を上げる。
「行くぞ」
「……うん!」
カイは指輪を掲げた。
「――仮想層へ」
何も起きない。
「……あれ?」
ユカが首を傾げる。
カイも指輪を見つめた。
「なにも起きないね」
「おかしいな……」
カイは眉をひそめる。
「ユナのときは、これで繋がったんだが……」
もう一度、指輪へ意識を集中させる。
「仮想層へ!!」
やはり、何も起きない。
「……電源、入ってないとか?」
「家電じゃねえんだぞ」
「だ、だってぇ!」
カイは苦笑しながら、指輪を確認した。
リングそのものは淡く光っている。
反応している。
つまり、起動できない理由は別にある。
「起動はしてる……」
カイは眉間にしわを寄せた。
「何かが、足りてないのか……?」
そのとき。
ユカの表情が変わった。
「……!」
「どうした?」
ユカはカイの指輪をじっと見つめている。
「カイの想い……途中で詰まってる」
「は?」
「強く願うだけじゃダメ」
ユカは言葉を探すように続けた。
「想いを……ちゃんと“流さないと”」
「流す?」
カイには意味が分からない。
「そんな感覚的なこと言われても、どうすりゃいいんだ」
「大丈夫」
ユカは指輪へ手をかざした。
淡い光が、ユカの指先へ集まっていく。
「もう一回だけ」
ユカが微笑む。
「今度は、ちゃんと届くから」
カイは目を閉じた。
リサたちのことを想う。
助けたい。
そして、ユナのことを想う。
もう誰も何も失いたくない。
這いつくばってでも守る。
その想いを、無理に押し込めるのではなく、そのまま指輪へ流すことをイメージする。
「――仮想層へ」
カッッッ!!
指輪が眩い光を放った。
同時に、無数のコードが空間を駆け抜ける。
文字列。
波形。
ノイズ。
光。
目の前の世界が、まるでデータへ分解されていく。
「わぁ……!」
ユカが声を上げる。
「できた……!」
コードの奔流が、二人の身体を包み込んだ。
ユカは嬉しそうに笑う。
「ふふっ」
「ん?」
「私たち、二人で一人前だね」
カイが目を丸くする。
一人では届かなかった。
ユナから受け継いだ指輪だけでも、足りなかった。
ユカの力だけでも、届かなかった。
二人が揃って、初めて扉が開いた。
カイは、ふっと笑った。
「……どうやら、そうみたいだな」
そして前を向く。
「行くぞ、ユカ」
「うん!」
次の瞬間。
二人の姿は、光の奔流の中へ消えていった。
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