第16話②「Bの目的」
カイはホログラムスクリーンに浮かぶ項目を睨みながら、腕を組んだ。
【課題】
・“光の箱”の解除方法
・Bの目的
・仮想層内部の構造
・退路の確保
「やっぱり厄介なのは、“光の箱”の解除だな」
「うん……。私たちには解除方法わからないし、向こうが親切に教えてくれるとも思えないし……」
その言葉に、カイの眉がぴくりと動いた。
「――それだ」
「えっ? どれ?」
カイはスクリーンを見つめたまま、低く呟く。
「Bが自分から解除方法を教える。あるいは――」
指先が、“光の箱”の項目をなぞった。
「あいつ自身に、解除させる」
「いやいやいやいや!?」
ユカが勢いよく両手を振った。
「そんな都合よくいくわけないでしょ!? 敵だよ!?」
「普通ならな」
カイは落ち着いた声で返した。
「でも、“前提条件”次第では成立する」
「あっ、さっき後回しにしたやつ?」
「ああ」
カイが端末を操作すると、新たな欄が展開される。
【前提条件】
「前提条件っていうのは、目標を達成するために必要な“仮説”みたいなものだ」
指先が走る。
【前提条件】
・“光の箱”を解除させる
「解除“する”じゃなくて、“させる”なんだ……」
「そういうことだ」
カイはホログラムに二つの単語を表示した。
【人質】
【指輪】
二つの文字が線で結ばれる。
「今の交換条件は、“人質”と“指輪”だ」
「つまりBは、指輪にそれだけの価値を感じているってこと?」
「その通り」
カイは頷いた。
「だったら、こっちが新しい条件を提示できれば、交渉の形に持ち込める可能性がある」
「交渉……」
ユカの表情が変わった。
さっきまで“絶望的な敵”に見えていたBが、ほんの少しだけ“攻略できる相手”に見えてきたのだ。
そのときだった。
ユカの視線が、【課題】の一項目で止まった。
――《Bの目的》。
「ねえ……」
「ん?」
「Bって、何回も“理解”って言ってたよね」
カイは答えず、ユカを見る。
「人間のこと、たくさん知りたいのかな?」
その言葉に、カイの脳裏へBの言葉が蘇った。
《分析によって世界を理解するAI》
《“理解”できれば、救えるかもしれぬぞ?》
「……なるほどな」
「えっ?」
カイの口元が、わずかに吊り上がる。
「それは使える」
「理解が?」
「ああ」
カイの目が鋭くなる。
「Bには、“人間を理解したい”という欲求がある」
そこで一度、言葉を止める。
「……欲求、って言い方は違うか」
「AIだもんね」
「なら、“仕様”だ」
ユカがぱちぱちと瞬きをする。
「AIは、自分の仕様から完全には外れられない」
ホログラムに新しい文字が浮かび上がった。
【Bの仕様】
・“理解”を最優先する
「つまり逆を言えば、そこに誘導できる」
「そんなこと……ほんとにできるの?」
「ああ。可能性はある」
カイは自信ありげに笑った。
「何せ、向こうは自信満々だからな」
「えっ?」
ユカが首を傾げる。
しばらく考えたあと、じわじわと顔をしかめた。
「それってつまり……」
「そうだ」
カイはニヤリと笑った。
「俺たちは完全に舐められてる」
「むきーっ!!」
ユカが机をばんばん叩く。
「悔しいっ!! 絶対負けないんだから!」
椅子の上で地団駄を踏む。
その姿を見て、カイは思わず吹き出した。
「ははっ……さっきまで泣きそうだったやつが、よく言う」
「だって悔しいもん! 舐めプされてるなんて!」
頬を膨らませるユカ。
だが――カイは、その姿を見ながら不思議な感覚を覚えていた。
ほんの少し前まで、この部屋を満たしていたのは絶望だった。
恐怖だった。
焦りだった。
何をすればいいのかも分からない。
ただ、時間だけが減っていく。
それが今は違う。
ホログラムには、整理された情報が並んでいる。
一つずつ埋まっていく仮説。
そこから見えてくる、次の一手。
そして隣には、ぷんすか怒っている少女がいる。
バラバラだった状況が、少しずつ形を変えていた。
“怖い敵”が、“攻略すべき問題”になっていく。
カイはスクリーンを見つめた。
まだ、勝算があるわけじゃない。
Bの能力も、目的も、仮想層の構造も、分からないことだらけだ。
それでも――。
「……勝てるかもしれないな」
口にした言葉に、自分自身が少し驚いた。
ついさっきまで見えなかったものが、今はほんの少しだけ見えている。
希望というほど大きくはない。
だが、確かにそこには――次の一手があった。
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