第16話①「プロジェクト憲章」
空になった皿。
さっきまで塔のように積み上がっていたメガ盛りパンケーキは、跡形もなく消滅していた。生クリームひとつ残っていない。
「ふぅ〜……おいしかったぁ♪」
ユカは椅子にもたれ、幸せそうにお腹をさする。
向かいのカイは、フォークを持ったまま固まっていた。
「……すごいな、ユカ」
半ば本気で引いている。
「あと2、3枚くらいなら、いけそうな気もするけど……」
ユカは空の皿をちらりと見る。
「それは、みんなを助けた後のご褒美に取っとこうかな!」
にぱっと笑った。
「おまえの胃袋、異空間に繋がってないか……?」
「カイ、それ失礼だよ!」
むっと頬を膨らませ、ユカは抹茶ラテのストローをくわえた。
「ちゅー……」
そして、ふと思い出したように顔を上げる。
「そういえば、リサさんたちを助ける作戦、どうするの?」
「ああ、それな」
カイはコーヒーカップを揺らしながら、少し視線を泳がせた。
「食いながら色々考えてたんだが……」
「うんうん!」
ユカが身を乗り出す。
目がきらきらしている。
完全に名探偵の推理発表を待っている顔だった。
「さっぱり思いつかん」
「えええーっ!?」
ユカは盛大にテーブルへ突っ伏した。
「期待して損したぁ!」
「そう言うな。人質救出ってのは、映画みたいに都合よくいかない」
「じゃあさ!」
ユカがぴっと指を立てる。
「カイが一人で来たフリして、その間に私がこっそり忍び込むの! それでリサさんたちを助ける!」
「……」
カイは少しだけ目を細めた。
(7歳にしては、発想が実戦的すぎるな……)
感心しかけたが、すぐに現実へ引き戻される。
「その案自体は悪くない」
「ほんと!?」
ユカの顔がぱっと明るくなる。
「ただ問題がある」
「問題?」
「リサたちを閉じ込めてた“光の箱”。あれを解除する方法が、俺たちは分かってない」
「あっ……」
ユカの表情が止まった。
「そっか……出せなかったら意味ないんだ……」
しゅん、と肩が落ちる。
その様子を見て、カイは小さく笑った。
「まあ、悪くない発想だったぞ」
「ほんと?」
「ああ。ちゃんと“助ける順番”を考えてる」
「えへへ……」
ユカが少し嬉しそうに笑う。
カイはカップを置き、背もたれへ寄りかかった。
「こういうのは、思いつきや勢いだけで動くと必ず失敗する」
「じゃあ、どうするの?」
「まずは整理だな」
カイは懐から端末を取り出した。
「制約条件。前提条件。敵戦力。目的。使えるリソース」
端末を操作すると、青白いホログラムが空中へ展開する。
「おおーっ!」
ユカの目が輝いた。
「プロジェクト憲章を作る」
「ぷろじぇくと……けんしょう?」
「簡単に言うと、“何をどう攻略するか”を最初に整理するための設計図だ」
「なるほど!」
ユカは勢いよく頷いた。
「つまり……作戦会議のかっこいい言い方だね!」
「……まあ、少し違うが、だいたい合ってる」
ホログラムスクリーンが青白い光をテーブルへ投影する。
カイは腕を組み、浮かび上がった項目を確認した。
「まずは、制約条件だな」
「せいやく、条件?」
ストローをくわえたまま、ユカが首を傾げる。
「自分たちの力じゃ、変えられない条件のことだ」
カイが指を動かす。
【制約条件】
・制限時間:24時間以内
文字が空中へ浮かび上がった。
「今回で言えば、残り時間だな。あれはBが決めたルールだから、俺たちには変えられない」
「なるほど……」
ユカが真剣な顔で頷く。
「じゃあ、“相手がAI”っていうのも制約条件になるの?」
カイが少し目を見開く。
「……いい視点だ」
口元がにやりと上がる。
「その通り」
【制約条件】
・制限時間:24時間以内
・相手はAI
項目が追加された。
「えへへ」
褒められて、ユカが少し得意そうになる。
「前提条件は、まだ情報が足りない。そこは後回しだ」
「うん!」
カイは画面を切り替えた。
【敵戦力】
・B(分析AI)
「で、今わかってる能力は――」
次々と項目を書き込んでいく。
【確認済み能力】
・空間転移
・“光の箱”による拘束
・仮想層へのダイブ誘導
・感情/脳波解析能力
「うわぁ……」
文字になったことで、Bの厄介さが改めて浮かび上がる。
「なんか、めちゃくちゃ強そう……」
「実際、かなり厄介だな」
カイはコーヒーを一口飲む。
「だから次に必要なのが、“目的”の整理だ」
「目的?」
「ゲームで言うなら、勝利条件だな」
新しいウィンドウが開く。
「ルールが曖昧なまま動くと、人間は迷う。それぞれが違う方向へ走り始める」
「……あっ」
ユカが何かに気づいた顔をする。
「それって、“何を守るか”を決めるってこと?」
カイがふっと笑った。
「飲み込みが早いな」
「えへへ♪」
カイは指を動かす。
【目的】
・マスト:リサ、ジロウ、トモの救出
・ウォント:指輪を渡さない
「マスト……ウォント?」
「優先順位だ」
カイの声が少しだけ真面目になる。
「マストは、絶対に達成しなきゃいけないこと。ウォントは、可能なら達成したいことだ」
「じゃあ……指輪は諦める場合もあるってこと?」
「ああ」
カイは迷いなく頷いた。
「命より優先される物なんてない」
その言葉に、ユカが黙ってカイを見る。
「最悪の場合、指輪を渡してでも、みんなを助ける」
ユカは何も言わず、カイを見つめていた。
さっきまで復讐に囚われていた人間とは思えない。
「逆に言えば――」
カイの目が鋭くなる。
「この作戦の肝は、いかに“指輪を渡さずに”救出する方法を見つけることだ」
ホログラムに新しい文字が浮かんだ。
【課題】
・“光の箱”の解除方法
・Bの目的
・仮想層内部の構造
・退路の確保
「わぁ……!」
気づけばユカは、身を乗り出していた。
さっきまで“なんとなく怖い状況”だったものが、少しずつ“攻略する問題”へ変わっていく。
「こうやって整理すると、やるべきことが見えてくる」
「なんか……カイって探偵というより、先生みたい」
「先生はもっと優しいと思うぞ」
「あ、それはそうかも」
「否定しないのかよ」
「あはははっ!」
ユカの笑い声が弾む。
ホログラムの隅では、無情なカウントダウンが数字を減らし続けていた。
残された時間は、確実に少なくなっている。
それでも。
カイの目には、さっきまでなかったものが宿っていた。
絶望ではない。
まだ見えていない答えを、必ず見つけるという意思だった。
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