↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
55/148

第15話③「メガ盛りパンケーキ」

ユカは、壁面に浮かぶカウントダウンを見上げた。


【23:41:12】


【23:41:11】


赤い数字が、無慈悲に減っていく。


「よーし!」


ユカはくるっと振り返った。


「指輪も見つけたし、今すぐ助けに行こう!」


なぜか完全に仕切り役である。

しかも本人にその自覚はない。


「……待て」


「へ?」


次の瞬間。


がくっ!!


ユカは盛大にずっこけた。


「なんでぇ!?

早く行かないと、リサさんたち消されちゃうんだよ!?」


床に手をついたまま、涙目で抗議する。


カイはため息をついた。


「指輪が見つかっただけで、こっちが不利なのは変わらない」


カイはカウントダウンを見上げた。


「相手は俺たちを誘い込もうとしている。今すぐ飛び込めば、待っているのは救出じゃなく、返り討ちだ」


「あ……」


ユカは目をぱちぱちさせた。


「そっか……」


さっきまでの突撃モードから一転、肩を落とす。


カイはそんなユカを見ながら思った。


――本当に、不思議な子だ。


この少女がいるだけで、場の空気が変わる。

怒りも緊張も、どこか緩んでしまう。


まるで、人の感情を無意識に揺らしているみたいだった。


「じゃあ……どうしたらいいの?」


「作戦会議だな」


「作戦会議……!」


ユカの顔が、少しだけ輝く。


「あと、その前に俺たちは互いを知らなすぎる」


「うん」


「まずは情報整理だ。ユカのことを教えてくれ。どうしてあいつらと暮らしてるのか。それを聞かせてほしい」


「うん、わかった」


その瞬間――


ぎゅるるるる……


部屋に、あまりにも間の悪い音が響いた。


「…………」


「……動物でも飼ってるのか?」


「お腹の音だよ!!

絶対わかってて言ったよね!?」


顔を真っ赤にするユカ。


カイは笑いながら、部屋を見回した。


散乱したカップ麺の容器。

コンビニ弁当の空箱。

エナジードリンクの缶。


そこにあるのは、人が「生き延びる」ためだけに積み重ねた生活の跡だった。


「……メシにするか」


「えっ?」


「作戦会議をしながらメシを食おう」


「ええーっ、ダメでしょ!?

こんな大変な状況なのに!」


「こういう時だからこそだ」


カイはカウントダウンを見た。


【23:38:02】


【23:38:01】


「腹が減ると、人間は正常な判断ができなくなる」


「でも、時間が……」


「ユカ、コップの理論って知ってるか?」


「コップのりろん? 知らない」


「コップに半分、水が入ってる」


カイは空中に見えないコップを描く。


「『半分しかない』と思う奴と、『半分もある』と思う奴では、次の行動が変わるって話だ」


「へえ〜」


「今の状況も同じだ。最悪なのは間違いない」


カイは赤い数字を見る。


「でも、Bは二十四時間待つと言った」


「うん」


「あいつはAIだ。自分の論理は曲げない」


カイの目が細くなる。


「つまり逆に言えば、まだ二十三時間以上、準備する時間があるってことだ」


「……!」


ユカの目がぱっと輝いた。


「すごい! カイって頭よさそう!」


「『頭よさそう』じゃなくて、『頭いいね』と言ってくれないか?」


「あっ、そっか!」


ユカはぺろっと舌を出す。


「そこは否定しないんだな」


「えへへ」


二人の笑い声が、廃墟の部屋に響いた。


ほんの少し前まで、そこには復讐と恐怖しかなかった。


だが今は違う。


ユカの存在が、その空気を少しずつ変え始めていた。


***


廃ビル街を抜けた先。

古びた高架下に、小さなカフェがあった。


擦りガラス越しの柔らかな灯り。

店内には古いジャズが流れ、コーヒー豆の香りが漂っている。


さっきまでいた廃墟とは、まるで別世界だった。


窓際の席で、カイとユカが向かい合っている。


ユカの足は椅子に届かず、ぶらぶらと揺れていた。


「わぁ……!」


メニューを開いた瞬間、ユカの目が輝く。


「見て見て! パンケーキ、こんなにある!」


「……そんなに珍しいか?」


「だって、この写真のやつ、雲みたいにふわふわしてる!」


「雲は食えねえぞ」


「夢がないなあ、カイは」


いつの間にか、ユカは「カイさん」ではなく「カイ」と呼んでいた。


そこへ店員がやって来る。


「ご注文、お決まりですか?」


「はいっ! 私、パンケーキと、このアイス抹茶ラテってやつ!」


「俺はバジルのパスタ。あとホットコーヒー」


店員が注文を書き留める。


すると、ユカが急に神妙な顔になった。


「ねえ、カイ……」


「ん?」


「パンケーキ……大盛りにしていいかな?」


「……なんだ。どんな深刻な話かと思った」


「だって、すごくおいしそうで……」


カイはメニューを覗き込む。


「どうせなら、こっちの『メガ盛り』にしたらどうだ?」


「えっ!?」


ユカの目が丸くなる。


「いいの!?」


「食えるならな」


「食べる!」


即答だった。


「メガ盛りでお願いします!」


「ふふっ、かしこまりました」


店員は笑いながらメニューを閉じる。


そしてカイを見る。


「仲良しなんですねぇ。かわいい娘さん」


「……は?」


カイの思考が止まった。


「い、いや、違っ――」


店員はにこにこしながら、その場を離れていく。


「へぇー」


ユカが感心したようにカイを見る。


「私たち、親子に見えるんだ」


「……」


カイは真顔になった。


「ユカ。おまえ何歳だ?」


「えっ、七歳だけど」


「俺は二十三だ。普通、おまえくらいの子供がいる父親って三十前後だろ」


「そこ、気にするんだ……」


「ていうか」


カイはじとっとユカを見る。


「そんなに俺、歳取って見えるか?」


ユカは、ぷっと吹き出した。


「ちょっとだけ?」


「おい」


「あはははっ!」


楽しそうな笑い声が店内に響く。


カイは窓の外を見た。


廃ビル街。

沈んだ空。

そして、頭の中に浮かぶカウントダウン。


状況は何も変わっていない。


それでも、不思議と呼吸が楽になっている気がした。


***


料理を待つあいだ、二人はドリンクを片手に話していた。


「俺の仕事は、『AI問題何でも屋』だ」


「AI問題何でも屋?」


「AI絡みの事件やトラブル専門の仕事だ」


カイはユカにも分かるように説明する。


「法律で認められていないAIを回収したり、暴走した仮想人格を処理したり。AI絡みで会社同士がケンカした時に仲直りさせたり。まあ、なんでも屋だな」


「へえ〜……なんか、かっこいい」


「危険なだけだよ」


カイはコーヒーを飲んだ。


「そんな仕事をしてる時に、ユナと出会った。おまえに指輪を渡した女性だ」


ユカが反応する。


「最初は最悪だった。あいつ、人の話を全然聞かないし、勝手に突っ走るし、やたら面倒ごとに首を突っ込むし」


「ふふっ」


「でも……気づいたら、好きになってた」


カイは続ける。


「一緒に色んな場所を回って、色んな事件に巻き込まれて……気づけば、恋人になってた」


「……うん」


「だけど、ある日……ユナのフェイク映像が出回った」


カイの表情が変わる。


「それはシン統治システムがユナの指輪を奪うための作戦だった。それがきっかけで俺たちは追われることになった。そして――」


拳を握る。


「シン統治システムを乗っ取ったAIと戦うことになった」


ユカは黙って聞いている。


「その戦いの中で、ユナは消えた」


「……ユナさん、かわいそう……」


ユカの瞳から、涙がこぼれた。


「だって……好きな人と、もっと一緒にいたかったはずなのに……」


涙をぬぐう。


「そんな終わり方、寂しいよ……」


カイはコーヒーカップを見つめた。


「俺も……最初は許せなかった」


ユナをこんな目に遭わせた連中を、ぶっ潰したかった。


復讐する相手を探していた。


だから、リサたちを見つけた時、銃を向けた。


「リサさんたちがあまり『良くないこと』をやってたのは知ってた。きっと、私を育てるために……」


ユカが唇を噛む。


「おまえが気にすることはない」


「でも……」


「それに、俺は気づいたんだ」


カイは顔を上げた。


「ユナは……そんなこと望んでないって」


ユカが、まっすぐカイを見る。


「じゃあ……カイは、これからどうするの?」


カイは少し考えた。


そして、自分でも意外なほど自然に笑った。


「真実を追う」


「真実?」


「ユナは最後に『真実を追い続けて』と言った」


窓の外を見る。


「だから俺は、それを追う」


「それって……どういうこと?」


「悪い。ちょっと難しかったか」


カイは頭をかいた。


「簡単に言うと……シン統治システムが、なぜAIに乗っ取られたのか。誰が、何のためにやったのか。それを突き止めるってことだ」


「なるほど……!」


ユカの顔が明るくなる。


「じゃあ、探偵さんみたいな感じだ!」


「……まあ、そんなところだな」


カイは笑った。


復讐ではない。


喪失に囚われ続けることでもない。


ユナから託された言葉が、自分の進む道を示していた。


***


「……で、ユカは?」


「え?」


「おまえのことだよ。俺ばっか話しただろ」


ユカは抹茶ラテのストローをくるくる回した。


「……私ね、ちっちゃいころにお母さんが死んじゃったんだって」


さらりとした言葉だった。


「覚えてるのか?」


「ううん。全然」


ユカは首を横に振る。


「顔も、声も。どんな人だったかも覚えてない」


少し笑う。


「変だよね。お母さんなのに」


カイは何も言わずに聞いていた。


「そのあと、リサさんたちが私を引き取ってくれたの。血は繋がってないけど……私にとっては家族みたいな人たち」


ユカは俯いた。


「だから……みんながいなくなるの、嫌なの」


カイはコーヒーを飲んだ。


「そうか」


そして、まっすぐユカを見る。


「……なら、絶対に助け出そうぜ」


「……うん!」


ユカが顔を上げる。


その笑顔は、さっきまでの不安を吹き飛ばすほど明るかった。


だが、ふと窓の外を見る。


「でも……」


「ん?」


「カイの言う通り、まだ時間があるのはわかるんだけど」


テーブルの端末に表示されたカウントダウンを見る。


【23:41:12】


【23:41:11】


「リサさんたちのこと考えると……こんなふうにご飯食べてて、いいのかなって思っちゃう」


「まあ、その気持ちはわかる」


カイは少し考えてから言った。


「だったら、こう考えればいい」


「こう?」


「今は、『助けるための準備』をしてる」


「準備?」


「腹が減って、頭が回らなくなったら終わりだ。だからこれは、リサたちを助けるためのエネルギー補給だ」


「……なるほど!」


ユカの顔が明るくなる。


「あとね」


「ん?」


「ほんとは……こういうお店に、リサさんたちと一緒に来たかったなって」


少し照れながら笑う。


「みんな、いつも忙しくて。コンビニのご飯ばっかだったから」


カイは目を細めた。


「じゃあ、助け出したあと、みんなで来ればいい」


「……!」


その時だった。


「お待たせしました〜」


店員が料理を運んでくる。


湯気の立つバジルパスタ。


そして――


どん。


「でかっ!?」


ユカが椅子から浮きかけた。


何段にも積み上げられたパンケーキ。

その頂上には、生クリームとアイスが鎮座している。


もはや食べ物というより、塔だった。


「……おまえ、ほんとに食い切れるのか?」


「むぅ……」


ユカは真剣な顔でパンケーキを見上げる。


まるで世界を救う作戦を考えているような顔だった。


やがて、フォークとナイフを握る。


「……よし」


「いただきます!」


戦闘開始だった。


一口。


「もぐもぐ……!」


そして――


「おいしっ!!」


ユカの目が輝く。


あまりに幸せそうな顔に、カイは思わず吹き出した。


「そうか。そりゃよかった」


ユカは夢中でパンケーキを食べ進めていく。


その姿を見ていたカイは、ふと気づいた。


ナイフの持ち方。

フォークの使い方。

姿勢。

口元の拭き方。


妙に綺麗だった。


(この歳で……こんな所作が自然にできるのか?)


廃ビル街で育った子どもとは思えない。


(……意外と、いいとこの生まれなのかもな)


しかし本人は、そんなことには気づいていない。


クリームを口元につけたまま、パンケーキとの戦いに夢中になっている。


カイはコーヒーを飲みながら、そんなユカを見守っていた。


そして彼の中では、すでに次の戦いが始まっていた。


敵はB。


残された時間は、二十三時間あまり。


救出のために必要なのは、勢いではない。


情報。

準備。

そして――真実。


ユナから受け継いだ指輪を握りしめ、カイは静かに決意する。


必ず、すべての真実に辿り着く。


《第15話・終わり》


次回予告


「わかりたい」って思うAIと、

「助けたい」って思う人間。


どうしたらいいのか、

ぜんぜんわからなかった。


でも、少しずつ答えが見えてくる。


ユナさんから受け取った指輪。


つながっていく気持ち。


そしてカイは、

すっごく強い敵のBに、


「取引しよう」


って言うの!


えっ!?


敵とお話しするの!?


次回、

『フラグメンツ・オブ・トゥルース~最後の投擲~』


第16話「受け継がれる想い」。


「プロジェクト憲章」!


これを作れば、作戦が成功する可能性が上がるんだって!


カイって頭よさそう!


じゃなくて、


“頭いい”って言わなきゃいけないのか……。



※作者の活動報告に各話のコメントを書いています。

https://syosetu.com/userblog/list/


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。