第15話③「メガ盛りパンケーキ」
ユカは、壁面に浮かぶカウントダウンを見上げた。
【23:41:12】
【23:41:11】
赤い数字が、無慈悲に減っていく。
「よーし!」
ユカはくるっと振り返った。
「指輪も見つけたし、今すぐ助けに行こう!」
なぜか完全に仕切り役である。
しかも本人にその自覚はない。
「……待て」
「へ?」
次の瞬間。
がくっ!!
ユカは盛大にずっこけた。
「なんでぇ!?
早く行かないと、リサさんたち消されちゃうんだよ!?」
床に手をついたまま、涙目で抗議する。
カイはため息をついた。
「指輪が見つかっただけで、こっちが不利なのは変わらない」
カイはカウントダウンを見上げた。
「相手は俺たちを誘い込もうとしている。今すぐ飛び込めば、待っているのは救出じゃなく、返り討ちだ」
「あ……」
ユカは目をぱちぱちさせた。
「そっか……」
さっきまでの突撃モードから一転、肩を落とす。
カイはそんなユカを見ながら思った。
――本当に、不思議な子だ。
この少女がいるだけで、場の空気が変わる。
怒りも緊張も、どこか緩んでしまう。
まるで、人の感情を無意識に揺らしているみたいだった。
「じゃあ……どうしたらいいの?」
「作戦会議だな」
「作戦会議……!」
ユカの顔が、少しだけ輝く。
「あと、その前に俺たちは互いを知らなすぎる」
「うん」
「まずは情報整理だ。ユカのことを教えてくれ。どうしてあいつらと暮らしてるのか。それを聞かせてほしい」
「うん、わかった」
その瞬間――
ぎゅるるるる……
部屋に、あまりにも間の悪い音が響いた。
「…………」
「……動物でも飼ってるのか?」
「お腹の音だよ!!
絶対わかってて言ったよね!?」
顔を真っ赤にするユカ。
カイは笑いながら、部屋を見回した。
散乱したカップ麺の容器。
コンビニ弁当の空箱。
エナジードリンクの缶。
そこにあるのは、人が「生き延びる」ためだけに積み重ねた生活の跡だった。
「……メシにするか」
「えっ?」
「作戦会議をしながらメシを食おう」
「ええーっ、ダメでしょ!?
こんな大変な状況なのに!」
「こういう時だからこそだ」
カイはカウントダウンを見た。
【23:38:02】
【23:38:01】
「腹が減ると、人間は正常な判断ができなくなる」
「でも、時間が……」
「ユカ、コップの理論って知ってるか?」
「コップのりろん? 知らない」
「コップに半分、水が入ってる」
カイは空中に見えないコップを描く。
「『半分しかない』と思う奴と、『半分もある』と思う奴では、次の行動が変わるって話だ」
「へえ〜」
「今の状況も同じだ。最悪なのは間違いない」
カイは赤い数字を見る。
「でも、Bは二十四時間待つと言った」
「うん」
「あいつはAIだ。自分の論理は曲げない」
カイの目が細くなる。
「つまり逆に言えば、まだ二十三時間以上、準備する時間があるってことだ」
「……!」
ユカの目がぱっと輝いた。
「すごい! カイって頭よさそう!」
「『頭よさそう』じゃなくて、『頭いいね』と言ってくれないか?」
「あっ、そっか!」
ユカはぺろっと舌を出す。
「そこは否定しないんだな」
「えへへ」
二人の笑い声が、廃墟の部屋に響いた。
ほんの少し前まで、そこには復讐と恐怖しかなかった。
だが今は違う。
ユカの存在が、その空気を少しずつ変え始めていた。
***
廃ビル街を抜けた先。
古びた高架下に、小さなカフェがあった。
擦りガラス越しの柔らかな灯り。
店内には古いジャズが流れ、コーヒー豆の香りが漂っている。
さっきまでいた廃墟とは、まるで別世界だった。
窓際の席で、カイとユカが向かい合っている。
ユカの足は椅子に届かず、ぶらぶらと揺れていた。
「わぁ……!」
メニューを開いた瞬間、ユカの目が輝く。
「見て見て! パンケーキ、こんなにある!」
「……そんなに珍しいか?」
「だって、この写真のやつ、雲みたいにふわふわしてる!」
「雲は食えねえぞ」
「夢がないなあ、カイは」
いつの間にか、ユカは「カイさん」ではなく「カイ」と呼んでいた。
そこへ店員がやって来る。
「ご注文、お決まりですか?」
「はいっ! 私、パンケーキと、このアイス抹茶ラテってやつ!」
「俺はバジルのパスタ。あとホットコーヒー」
店員が注文を書き留める。
すると、ユカが急に神妙な顔になった。
「ねえ、カイ……」
「ん?」
「パンケーキ……大盛りにしていいかな?」
「……なんだ。どんな深刻な話かと思った」
「だって、すごくおいしそうで……」
カイはメニューを覗き込む。
「どうせなら、こっちの『メガ盛り』にしたらどうだ?」
「えっ!?」
ユカの目が丸くなる。
「いいの!?」
「食えるならな」
「食べる!」
即答だった。
「メガ盛りでお願いします!」
「ふふっ、かしこまりました」
店員は笑いながらメニューを閉じる。
そしてカイを見る。
「仲良しなんですねぇ。かわいい娘さん」
「……は?」
カイの思考が止まった。
「い、いや、違っ――」
店員はにこにこしながら、その場を離れていく。
「へぇー」
ユカが感心したようにカイを見る。
「私たち、親子に見えるんだ」
「……」
カイは真顔になった。
「ユカ。おまえ何歳だ?」
「えっ、七歳だけど」
「俺は二十三だ。普通、おまえくらいの子供がいる父親って三十前後だろ」
「そこ、気にするんだ……」
「ていうか」
カイはじとっとユカを見る。
「そんなに俺、歳取って見えるか?」
ユカは、ぷっと吹き出した。
「ちょっとだけ?」
「おい」
「あはははっ!」
楽しそうな笑い声が店内に響く。
カイは窓の外を見た。
廃ビル街。
沈んだ空。
そして、頭の中に浮かぶカウントダウン。
状況は何も変わっていない。
それでも、不思議と呼吸が楽になっている気がした。
***
料理を待つあいだ、二人はドリンクを片手に話していた。
「俺の仕事は、『AI問題何でも屋』だ」
「AI問題何でも屋?」
「AI絡みの事件やトラブル専門の仕事だ」
カイはユカにも分かるように説明する。
「法律で認められていないAIを回収したり、暴走した仮想人格を処理したり。AI絡みで会社同士がケンカした時に仲直りさせたり。まあ、なんでも屋だな」
「へえ〜……なんか、かっこいい」
「危険なだけだよ」
カイはコーヒーを飲んだ。
「そんな仕事をしてる時に、ユナと出会った。おまえに指輪を渡した女性だ」
ユカが反応する。
「最初は最悪だった。あいつ、人の話を全然聞かないし、勝手に突っ走るし、やたら面倒ごとに首を突っ込むし」
「ふふっ」
「でも……気づいたら、好きになってた」
カイは続ける。
「一緒に色んな場所を回って、色んな事件に巻き込まれて……気づけば、恋人になってた」
「……うん」
「だけど、ある日……ユナのフェイク映像が出回った」
カイの表情が変わる。
「それはシン統治システムがユナの指輪を奪うための作戦だった。それがきっかけで俺たちは追われることになった。そして――」
拳を握る。
「シン統治システムを乗っ取ったAIと戦うことになった」
ユカは黙って聞いている。
「その戦いの中で、ユナは消えた」
「……ユナさん、かわいそう……」
ユカの瞳から、涙がこぼれた。
「だって……好きな人と、もっと一緒にいたかったはずなのに……」
涙をぬぐう。
「そんな終わり方、寂しいよ……」
カイはコーヒーカップを見つめた。
「俺も……最初は許せなかった」
ユナをこんな目に遭わせた連中を、ぶっ潰したかった。
復讐する相手を探していた。
だから、リサたちを見つけた時、銃を向けた。
「リサさんたちがあまり『良くないこと』をやってたのは知ってた。きっと、私を育てるために……」
ユカが唇を噛む。
「おまえが気にすることはない」
「でも……」
「それに、俺は気づいたんだ」
カイは顔を上げた。
「ユナは……そんなこと望んでないって」
ユカが、まっすぐカイを見る。
「じゃあ……カイは、これからどうするの?」
カイは少し考えた。
そして、自分でも意外なほど自然に笑った。
「真実を追う」
「真実?」
「ユナは最後に『真実を追い続けて』と言った」
窓の外を見る。
「だから俺は、それを追う」
「それって……どういうこと?」
「悪い。ちょっと難しかったか」
カイは頭をかいた。
「簡単に言うと……シン統治システムが、なぜAIに乗っ取られたのか。誰が、何のためにやったのか。それを突き止めるってことだ」
「なるほど……!」
ユカの顔が明るくなる。
「じゃあ、探偵さんみたいな感じだ!」
「……まあ、そんなところだな」
カイは笑った。
復讐ではない。
喪失に囚われ続けることでもない。
ユナから託された言葉が、自分の進む道を示していた。
***
「……で、ユカは?」
「え?」
「おまえのことだよ。俺ばっか話しただろ」
ユカは抹茶ラテのストローをくるくる回した。
「……私ね、ちっちゃいころにお母さんが死んじゃったんだって」
さらりとした言葉だった。
「覚えてるのか?」
「ううん。全然」
ユカは首を横に振る。
「顔も、声も。どんな人だったかも覚えてない」
少し笑う。
「変だよね。お母さんなのに」
カイは何も言わずに聞いていた。
「そのあと、リサさんたちが私を引き取ってくれたの。血は繋がってないけど……私にとっては家族みたいな人たち」
ユカは俯いた。
「だから……みんながいなくなるの、嫌なの」
カイはコーヒーを飲んだ。
「そうか」
そして、まっすぐユカを見る。
「……なら、絶対に助け出そうぜ」
「……うん!」
ユカが顔を上げる。
その笑顔は、さっきまでの不安を吹き飛ばすほど明るかった。
だが、ふと窓の外を見る。
「でも……」
「ん?」
「カイの言う通り、まだ時間があるのはわかるんだけど」
テーブルの端末に表示されたカウントダウンを見る。
【23:41:12】
【23:41:11】
「リサさんたちのこと考えると……こんなふうにご飯食べてて、いいのかなって思っちゃう」
「まあ、その気持ちはわかる」
カイは少し考えてから言った。
「だったら、こう考えればいい」
「こう?」
「今は、『助けるための準備』をしてる」
「準備?」
「腹が減って、頭が回らなくなったら終わりだ。だからこれは、リサたちを助けるためのエネルギー補給だ」
「……なるほど!」
ユカの顔が明るくなる。
「あとね」
「ん?」
「ほんとは……こういうお店に、リサさんたちと一緒に来たかったなって」
少し照れながら笑う。
「みんな、いつも忙しくて。コンビニのご飯ばっかだったから」
カイは目を細めた。
「じゃあ、助け出したあと、みんなで来ればいい」
「……!」
その時だった。
「お待たせしました〜」
店員が料理を運んでくる。
湯気の立つバジルパスタ。
そして――
どん。
「でかっ!?」
ユカが椅子から浮きかけた。
何段にも積み上げられたパンケーキ。
その頂上には、生クリームとアイスが鎮座している。
もはや食べ物というより、塔だった。
「……おまえ、ほんとに食い切れるのか?」
「むぅ……」
ユカは真剣な顔でパンケーキを見上げる。
まるで世界を救う作戦を考えているような顔だった。
やがて、フォークとナイフを握る。
「……よし」
「いただきます!」
戦闘開始だった。
一口。
「もぐもぐ……!」
そして――
「おいしっ!!」
ユカの目が輝く。
あまりに幸せそうな顔に、カイは思わず吹き出した。
「そうか。そりゃよかった」
ユカは夢中でパンケーキを食べ進めていく。
その姿を見ていたカイは、ふと気づいた。
ナイフの持ち方。
フォークの使い方。
姿勢。
口元の拭き方。
妙に綺麗だった。
(この歳で……こんな所作が自然にできるのか?)
廃ビル街で育った子どもとは思えない。
(……意外と、いいとこの生まれなのかもな)
しかし本人は、そんなことには気づいていない。
クリームを口元につけたまま、パンケーキとの戦いに夢中になっている。
カイはコーヒーを飲みながら、そんなユカを見守っていた。
そして彼の中では、すでに次の戦いが始まっていた。
敵はB。
残された時間は、二十三時間あまり。
救出のために必要なのは、勢いではない。
情報。
準備。
そして――真実。
ユナから受け継いだ指輪を握りしめ、カイは静かに決意する。
必ず、すべての真実に辿り着く。
《第15話・終わり》
次回予告
「わかりたい」って思うAIと、
「助けたい」って思う人間。
どうしたらいいのか、
ぜんぜんわからなかった。
でも、少しずつ答えが見えてくる。
ユナさんから受け取った指輪。
つながっていく気持ち。
そしてカイは、
すっごく強い敵のBに、
「取引しよう」
って言うの!
えっ!?
敵とお話しするの!?
次回、
『フラグメンツ・オブ・トゥルース~最後の投擲~』
第16話「受け継がれる想い」。
「プロジェクト憲章」!
これを作れば、作戦が成功する可能性が上がるんだって!
カイって頭よさそう!
じゃなくて、
“頭いい”って言わなきゃいけないのか……。
※作者の活動報告に各話のコメントを書いています。
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