第15話②「あとは任せた」
カイはうつむいたまま、握った拳を見つめていた。
その顔を、ユカがそっと覗き込む。
さっきまで震えていた少女の瞳は、今は不思議なくらい落ち着いていた。
「俺は、カイ・セイラン。
……おまえが、ユカか」
ユカは少し驚いた顔をする。
「えっ、もしかして、あなたが……カイさん?」
その名前を確かめるように、少女は小さく呟いた。
トモが不思議そうに尋ねる。
「ユカ、あなた、その人を知ってるの?」
「ううん……」
ユカは首を振る。
「知ってるけど、知らない……」
「どういうことだよ?」
ジロウが眉をひそめた、そのときだった。
バラララララ……!
突然、壁が紙をめくるように波打った。
「な、なんだ!?」
壁面が崩れたわけではない。
その向こうにあった空間そのものが、まるで別の場所へ繋がったように開いていく。
暗闇の奥から、一人の老人が歩いてきた。
白衣。
鋭い眼光。
その背後には無数のデータウィンドウが浮かんでいる。
膨大な文字列。
解析ログ。
感情波形。
未来予測。
それらが生き物のように明滅しながら、老人の周囲を漂っていた。
「な、なにこれぇぇぇっ!?」
トモが半泣きで叫ぶ。
カイは反射的に量子干渉ハンドガンを構えた。
(こいつ……虚数ノードで会った“A”や“D”と同じ雰囲気だ)
ユカがびくりと肩を震わせ、カイの背後へ身を寄せる。
「何者だ」
老人は口元を歪めた。
「キキキ……ヌシの想像通りじゃ」
その声は穏やかだった。
だが、そこには人間らしい温度がない。
「AIか?」
老人はゆっくり頷いた。
「儂は“B”。
分析によって世界を理解するAIじゃ」
背後のウィンドウが高速で切り替わる。
【対象解析】
【感情変動測定】
【記憶照合】
【未来分岐演算】
Bはカイを見つめた。
「カイ・セイラン。指輪を渡してもらおう」
「……指輪?」
ユカが小さく呟く。
Bは続けた。
「アレは、ヌシのような人間が持っていても意味を成さぬ」
カイの表情は変わらない。
「指輪はユナと一緒に消えた。
俺は知らない」
即答だった。
Bの目が淡く光る。
次の瞬間、空中に無数の数式と波形が走った。
カイの身体。
脳波。
感情。
記憶。
すべてを読み取ろうとしている。
「……ほう」
Bが目を細めた。
「所持反応なし。
脳波揺らぎなし。
虚偽確率……極小」
そして、口角を上げる。
「どうやら、本当に持っておらぬようじゃな」
ユカが不安そうにカイを見上げる。
カイは銃を下ろさない。
Bが片手を上げた。
「ならば――」
リサの顔が強張る。
「え……?」
ジロウが叫ぶ。
「な、なんだこれ!?」
トモが悲鳴を上げた。
「いやぁぁっ! 助けてぇ!」
三人の周囲に、立方体状の光が展開された。
透明な檻。
いや。
空間そのものを切り取ったような、巨大な光の箱だった。
「リサさん! ジロウさん! トモさん!」
ユカが駆け出す。
だが、カイが咄嗟に腕を掴んだ。
「待て!」
光の箱にノイズが走る。
触れてはいけない。
本能がそう告げていた。
Bが満足そうに笑った。
「24時間待ってやろう」
背後のウィンドウに数字が浮かび上がる。
【23:59:58】
【23:59:57】
「こやつらを消されたくなければ、指輪を持って仮想層へ来い」
「待て!」
カイが叫ぶ。
Bは笑った。
「案ずるな。
“理解”できれば、救えるかもしれぬぞ?」
次の瞬間、Bの姿が歪んだ。
ノイズ。
光。
空間の歪み。
そして――老人も、光の箱も消えた。
あとに残ったのは、壁に表示されたカウントダウンだけだった。
【23:57:32】
【23:57:31】
赤い数字が、暗い部屋を照らしている。
ユカはその数字を見つめた。
「リサさん……ジロウさん……トモさん……」
声が震える。
「……これ、ゼロになったら……どうなっちゃうの?」
カイはカウントダウンを見上げた。
「Bは“消す”と言った」
低い声だった。
「あいつはAIだ。
脅しだけで終わるとは思えない。
本当に消すだろう」
ユカの肩が震える。
「お願い……!」
次の瞬間、ユカはカイにしがみついた。
「助けて……!
リサさんたちを助けて!」
細い腕が、カイの服を強く掴む。
「私にとって……大事な家族なの……!」
「……家族、か」
カイはその言葉を繰り返した。
血が繋がっているかどうかなんて、ユカには関係ない。
リサ。
ジロウ。
トモ。
この三人が、自分の家族なのだ。
カイには、それが伝わってきた。
悲しみ。
焦り。
優しさ。
まるでユカの感情が、そのまま自分の中へ流れ込んでくるようだった。
(……なんだ、これは)
心の波長が重なっていく。
その感覚を、カイは知らなかった。
いや。
ひとつだけ、思い浮かぶ言葉があった。
――共鳴。
「だが、Bは指輪を持って来いと言った。
今から探すとなると……」
カイはカウントダウンを見る。
【23:56:48】
【23:56:47】
時間は止まらない。
そのときだった。
「あっ……!」
ユカが顔を上げた。
「ちょっと待ってて!」
「お、おい!」
ユカは部屋の奥へ走っていった。
数秒後。
戻ってきたユカの腕には、小さなブリキ缶が抱えられていた。
ところどころ塗装が剥がれた、古いお菓子の缶だ。
「……なんだ、それ?」
ユカは答えず、缶を開けた。
ジャラッ。
中から、子ども用のアクセサリーやビー玉、小さな玩具が転がり出る。
安物の指輪。
色褪せたヘアピン。
割れたチャーム。
ユカにとっての宝物なのだろう。
そして――。
ユカが何かを摘み上げた。
「これ……」
カイの目が見開かれる。
金色の、太くてごつい指輪。
淡いデータ光を宿している。
セラの指輪。
カイはゆっくりと受け取った。
間違いない。
ユナが持っていた指輪だった。
仮想と現実を繋ぐ、境界のコード。
「なんで……おまえがこれを持ってる?」
「えっと……」
ユカは困ったように視線を泳がせた。
「変に思うかもしれないけど……昨日、この近くの道で拾ったの」
「道で?」
ユカは頷いた。
「そのとき……ユナさんって人の声が聞こえたの」
「声……?」
「うん」
ユカは指輪を見つめた。
「“カイに渡してほしい”って」
カイの目が揺れる。
「それから……“もうすぐ会える”って」
ユカはカイを見上げた。
「そしたら、本当にあなたがここに来た」
カイは言葉を失った。
ユナは、ここまで見えていたのか。
自分が消えたあと。
カイとユカが出会うこと。
指輪が必要になること。
すべてを知っていたのだろうか。
だから最後に――。
《ユカに、よろしくね》
あの言葉を残したのか。
真相はわからない。
そのときだった。
ちり……
指輪が、かすかに光った。
「あっ、光った!」
ユカが驚く。
その光を見た瞬間、カイにはユナが悪戯っぽく笑ったように見えた。
《お膳立てはしたから、あとは任せた♪》
そんな声が聞こえた気がした。
カイは思わず吹き出す。
「……まったく」
呆れたように呟く。
「あいつ、消えた後まで人を振り回すのかよ」
「……?」
ユカは不思議そうに首を傾げた。
カイは手の中の指輪を見つめる。
さっきまで胸を焼いていた憎しみ。
復讐心。
それらが、いつの間にか消えていた。
残っているのは、ひとつだけ。
誰かを救いたい。
その思いだった。
※作者の活動報告に各話のコメントを書いています。
https://syosetu.com/userblog/list/




