第15話①「少女との出会い」
謎のメッセージに導かれ、カイは指定された座標へ辿り着いた。
アストラシティ旧湾岸区。
再開発から取り残された、廃ビル群の一角だった。
かつてここには、VR配信企業の巨大サーバー基地が存在していた。
だが、今は見る影もない。
窓ガラスは割れ、外壁には黒い雨だれの跡が残っている。
配線は蔦のように垂れ下がり、建物そのものが都市の死骸のように佇んでいた。
「……ここに、“真実”があるっていうのか」
低く呟き、カイは懐へ手を入れる。
冷たい金属の感触。
量子干渉ハンドガン。
安全装置を確認すると、半壊した入口へ向かった。
ギィィ……
自動ドアを押し開ける。
中は暗かった。
無数のコード。
砕けたモニター。
焼け焦げたサーバーラック。
床には、誰かが慌てて逃げたように機材や端末が散乱している。
その奥から、かすかな駆動音が聞こえた。
「……誰かいる」
カイは足音を抑えながら進む。
一歩。
また一歩。
突き当たりの部屋を覗き込んだ。
そこには、三人の男女がいた。
暗い室内を照らしているのは、モニターの青白い光だけだった。
エナジードリンクの空き缶。
積み上がったコンビニ弁当。
安物の毛布。
生活感と異様さが、奇妙な形で同居している。
女がキーボードを叩きながら口を開いた。
「トモ、ジロウ。またクライアントから依頼」
煙草をくわえたまま、面倒そうに続ける。
「今度は、この政治家のスキャンダル動画だってさ」
別のモニターを見ていた青年が眉をひそめた。
「ねえ、リサ。この人……《シン統治システム》の法改正案を出してた人だよね」
「へえ。そういう系か?」
ジロウが興味なさそうに返す。
リサは椅子にもたれた。
「政治とか思想とか、そんな高尚な話、うちらには関係ないって」
天井を見上げる。
「明日、生きる金がいる。それだけさ」
ジロウが小さく笑った。
「まあな……俺らが正義の味方やっても、食費は稼げねえし」
少しだけ視線を落とす。
「なにより、あの子のためだからな」
「俺、ほんとはラーメン屋やりたいんだけどなあ」
「そんな夢語ってないで、まずは目の前のことをやりな」
リサは素っ気なく言った。
「それで、今回の内容は?」
トモが尋ねる。
「例によって、“素材”は向こう持ち。こっちは自然に見えるよう加工するだけ」
カチ、カチ、カチ。
ジロウの背後に並ぶモニターには、様々な映像が映し出されていた。
政治家。
企業CEO。
活動家。
芸能人。
その中に――。
カイは一つの映像を見つけた。
「……っ!!」
ユナ。
あの映像がきっかけで、ユナは追われることになった。
そして、消えていった。
記憶が一気に蘇る。
気づけば、カイは物陰から姿を現していた。
「お前たちが――」
三人が振り向く。
カイの声は低かった。
「ユナを陥れたのか!!」
リサが目を細める。
「……誰だい?」
ジロウの顔が引きつった。
「っ!! あいつ! このあいだのユナとかいう女と一緒にいた――!」
カイは懐から銃を抜いた。
金属音が響く。
量子干渉ハンドガンの銃口が、三人へ向けられる。
「なっ……!」
ジロウが慌てて両手を上げた。
「ゆ、許して……!」
トモは顔を青ざめさせ、両手を合わせる。
だが、リサだけは動かなかった。
銃口をまっすぐ見つめ返している。
「ユナって子の……仇討ちのつもりかい?」
「……っ」
カイの眉が動く。
「お前らに……何がわかる……!」
怒りを押し殺した声だった。
リサは答える。
「ああ、わからないさ」
そして、背後のスクリーンを指した。
そこには捏造された映像が流れている。
「でもね……こっちだって、生きるのに必死なんだよ」
「依頼主に逆らえば、次の日には仕事が消える。金がなきゃ、飯も食えない」
ジロウも口を開いた。
「俺たちみたいな連中は、汚れ仕事でもやるしかないんだよ」
「だからって――!」
カイの声が響く。
「だからって、何をやってもいい理由にはならねえだろ!!」
「ひぃっ!」
トモが肩を震わせた。
カイの指が引き金にかかる。
そのときだった。
「やめて!!」
小さな声が響いた。
カイが振り向く。
いつの間にか、一人の少女がリサたちの前に立っていた。
いたるところがほつれたワンピース。
少し大きすぎる袖。
それでも少女は両手を広げ、必死に三人を庇っている。
「ユカ! 出てきちゃダメだ!」
ジロウが叫ぶ。
「……ユカ?」
その名前を聞いた瞬間、カイの脳裏にユナの最後の声が蘇った。
――《ユカに、よろしくね》
心臓が大きく鳴った。
ユカは怯えていた。
足も震えている。
唇もかすかに揺れている。
それでも逃げなかった。
まっすぐカイを見つめている。
その瞳を見た瞬間、カイの意識は遠い記憶へ引きずり込まれた。
燃える内紛地帯。
瓦礫。
硝煙。
まだ若かった頃のカイ。
コードハンターだった時代。
回収したコードの結晶体を狙い、少年兵たちが飛び出してきた。
「どけ!」
威嚇のつもりだった。
銃を向ければ、子どもたちは逃げる。
そう思っていた。
だが、一人の少女が少年兵を庇うように飛び出した。
「お兄ちゃん……!」
まだ幼い。
痩せた体。
それでも、必死に兄を守ろうとしていた。
「なっ……!」
カイは指を止めようとした。
だが、間に合わない。
引き金が落ちる。
発砲。
少女が倒れた。
「……ああ……」
幸い、急所は外れていた。
命は助かった。
それでも、あの瞬間は消えなかった。
カイが初めて人を撃った瞬間だった。
そして今。
目の前にいるユカの瞳が、あの少女と重なっている。
守ろうとしている。
震えながら。
怖がりながら。
それでも、逃げない。
カイの指先から力が抜けた。
銃口がゆっくり下がっていく。
「……もう」
かすれた声が漏れる。
「もう……誰も傷つけたくないんだ……」
カイは目を伏せた。
復讐のために握った銃。
その銃口の先にいたのは、敵ではなかった。
かつて自分が傷つけた少女と同じ目をした、ひとりの子どもだった。
そしてカイは、初めて気づく。
自分が追いかけていたのは、復讐ではなかったのかもしれない。
ユナが残した「真実」という言葉。
そして――目の前にいる少女。
「ユカ」。
その名前が、カイの運命を大きく変えようとしていた。
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