第14話④「銃口の向かう先」
アストラシティの地下層――ネオンベルト。
闇市と電脳がひしめき合う、都市の掃き溜め。
ホログラム広告がちらつき、データ光が雨のように降り注いでいる。
空気には、金属と古い油の匂いが混ざっていた。
どこかで誰かが笑っている。
そのすぐ近くでは、誰かが路上に崩れている。
笑い声と苦痛の境界さえ曖昧なまま、すべてが混ざり合い、この街の底へ沈んでいく。
ここでは、価値も命も等価だった。
カイは、脇目も振らず歩いていた。
視線を向ければ、足を止める理由はいくらでも転がっている。
だが、今のカイには関係なかった。
必要なのは寄り道ではない。
到達すること。
ただ、それだけだった。
裏通りの奥に、一軒のバーがある。
《ジャンクパラダイス》。
ネオンの半分が死んだ看板が、かろうじて店の存在を示している。
生きているのか、壊れているのか。
そんな区別すら、この街では意味がない。
カイは扉を押し開けた。
廃工場を改造した店内には、煙と電子音が漂っている。
人の気配はある。
だが、誰も他人に興味を持たない。
それが、この場所で生きるための暗黙のルールだった。
カウンターに、目当ての男がいた。
修理屋のマイク。
腐れ縁と呼ぶのが一番しっくりくる相手だ。
電子タバコを燻らせながら、マイクがカイに気づいた。
「カイ、久しぶりだな。何か飲むか?」
軽い口調。
だが、その目はカイの顔を見ただけで、何かを察していた。
それでも、余計なことは聞かない。
この街で長く生きるには、踏み込みすぎないことが重要なのだ。
「今はそんな気分じゃない。約束の物は?」
乾いた声だった。
マイクは親指で店の奥を指す。
個室ブース。
二人は、それ以上何も言わなかった。
いつものやり取りだった。
個室に入ると、マイクは腰のホルスターから一本の銃を取り出した。
机の上に置き、カイの方へ滑らせる。
一見すると拳銃に近い形状だ。
だが、通常の銃器とは明らかに違う。
銃身には細い発光ラインが走り、金属とも樹脂ともつかない黒いボディが、室内の光を吸い込んでいる。
弾倉はない。
グリップの内部では、淡い光が規則正しく脈動していた。
量子干渉ハンドガン。
見た目からして、旧式の銃とは別物だった。
「拳銃に見えるが、仕組みはまったく違う」
マイクが言う。
「量子干渉を利用して、撃った相手の存在情報を削る」
カイが手に取った。
「簡単に言えば、相手の体を撃つんじゃない」
マイクは銃身を指で示す。
「その人間が、この世界に存在している状態そのものを撃つんだ」
存在情報を削る。
マイクは、それを何気ないことのように口にした。
だが、その言葉が意味するものは重い。
カイは何も言わず、グリップの側面に指を添えた。
安全装置を外し、ボタンを押す。
小型のホログラムスクリーンが銃の上部に浮かび、設定画面が展開された。
カイの指が動く。
出力。
干渉深度。
照準補正。
存在情報への干渉率。
一つずつ確認していく。
指に迷いはなかった。
忘れたつもりでも、身体は覚えている。
銃そのものは最新式だった。
設定にも問題はない。
画面を閉じる。
カイは銃を構えた。
重心がわずかに手前へ寄っている。
その感覚に、カイはほんの少し眉を動かした。
それでいい。
完全に馴染んでしまえば、引き金の重さまで忘れてしまいそうだった。
「なあ、そんな物騒な物、何に使うつもりだ?」
「よくわからない場所に招待された。そのときの護身用だ」
嘘ではない。
だが、それがすべてでもなかった。
護るためなのか。
それとも――。
終わらせるためなのか。
カイ自身にも、まだわからない。
「おまえさんが追われていたことと、何か関係があるのか?」
ネオンベルトでは、情報が流れるのが早い。
噂は事実より速く広がり、ときには事実そのものより正確だった。
「さあな。それはわからない」
本当にわからないのか。
それとも、言葉にする気がないだけなのか。
自分でも区別がつかなかった。
カイは銃をホルスターに収めた。
冷たい感触が、身体の奥へ沈んでいく。
マイクがカイを見る。
「大丈夫なのか?」
その声には、珍しく温度があった。
「珍しいな。心配してくれているのか?」
「もちろんだ」
マイクがニヤリと笑う。
「金づると情報源がいなくなったら、こちらの商売に差し障りが出る」
「やれやれ。そんなことだと思ったよ」
軽口を交わす。
それだけだった。
だが、その「いつも通り」が、今のカイには少しだけありがたかった。
カイは謝礼の入った封筒を机に置いた。
マイクは中身を確認すると、何も言わずポケットへ入れる。
「助かったよ」
「気にするな」
カイは立ち上がった。
何をするのかは決まっていない。
どこへ行くのかも、まだわからない。
ただ一つだけ決まっている。
行く。
それだけだった。
「気をつけろよ」
背中からマイクの声が飛んでくる。
カイは振り返らなかった。
軽く手を上げる。
そして、《ジャンクパラダイス》を出た。
ネオンの光が、再びカイを呑み込んでいく。
だが、来たときとは違っていた。
その瞳には、わずかな意志が戻っていた。
ユナが残した言葉。
「自分だけの真実を求め続けて」
そして、最後に示唆された謎の名前。
ユカ。
さらに届いた、差出人不明のメッセージ。
《フェイクの裏に眠る、“本当のユナ”を探せ》
何が待っているのかは、わからない。
ユナが本当に何者だったのか。
なぜ、世界から彼女の存在が消されたのか。
そして、なぜ自分にそれを追わせようとしているのか。
答えは一つもない。
それでも。
カイは歩き続けた。
ユナを失った場所へ戻るためではない。
ユナが残した「真実」の先へ進むために。
その先に待っているものが、復讐なのか。
救済なのか。
あるいは――。
まったく別の何かなのか。
今のカイには、知る術がなかった。
ただ、足を止める理由もなかった。
やがてネオンの向こうへ、カイの姿が消えていく。
《第14話・終わり》
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次回予告
復讐の先に待っていたのは――。
ひとりの少女との出会いだった。
消えたユナが残した「指輪」。
迫り来る24時間のタイムリミット。
そして、「理解」を求める謎のAI――B。
極限状況の中、次々と明らかになる真実。
だが――。
そんな中でも彼女は、笑顔を失わない。
そして、パンケーキに夢中だった。
次回、
『フラグメンツ・オブ・トゥルース ~最後の投擲~』
第15話「出会いとメガ盛りパンケーキ」
真実を追う旅が、ここから始まる。
※作者の活動報告に各話のコメントを書いています。
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