第2話③「嘘に至る構造」
サクラに案内され、カイたちは社内の「AIコントロールルーム」へ入った。
「すげえ……」
思わず声が漏れる。
壁一面を覆う大型ホログラムには、TRUTHLINE COREの稼働状況、各部署の業務進捗、AIが算出した予測や判断、異常値、警告、社員からの問い合わせ、意思決定ログまで、あらゆる情報がリアルタイムで流れていた。
「ここは、会社の頭脳を監視する部屋です」
サクラは少し誇らしげに説明する。
「TRUTHLINE COREは、ここから二十四時間、常時監視されています」
「これ、一企業のコントロールルームにしては、かなりのレベルなんじゃ……」
カイは周囲を見渡した。
仕事柄、これまでにもさまざまな企業のシステム監視室を見てきた。しかし、これほどの規模は初めてだった。
「ここまでやらないと、競合には勝てませんから」
サクラは、こともなげに言った。
だが、カイには引っかかるものがあった。
(事前調査じゃ、この会社の売上規模は中小企業レベルだったはずだ)
もう一度、室内を見渡す。
(それなのに、この設備はどう考えても規模が合わない。バックに何かついているのか? それとも、裏で別のことをやっている?)
考えを巡らせても、答えは出なかった。
「それでは、作業をお願いします。私は席を外しますが、何かあれば、そこのインターホンからお呼びください」
サクラがドアへ向かう。
そして、思い出したように振り返った。
「……ちなみに、あなたたちの行動はカメラで見られていますので、悪しからず」
カイが天井を見上げる。
確かに、至るところに監視カメラが設置されていた。
「つまり、カイ。悪いことはするな、ということです」
「そうだよ。サボってアプリゲームとかしたらダメだからね!」
「あたりめーだ!」
サクラは小さく笑い、部屋を出ていった。
ドアが閉じる。
その直後、ユナがカイに顔を近づけた。
「ねえねえ、サクラ、美人でしょ?」
「まあ……な」
確かに、理知的で魅力的な女性だ。街を歩いていれば、振り返る男も多いだろう。
するとユナが、なぜか嬉しそうに笑った。
「でも、残念! サクラには彼氏いるから、口説いちゃダメだよ」
「初対面でいきなりクライアントを誘うわけねーだろ!」
「でもさー」
「なんだよ?」
「その彼氏っていうのがさ、自分にも他人にも厳しくて、すごく細かいんだよねー」
「そうなのか?」
「そういう男性とうまく付き合うには、どうしたらいいのかな?」
身を乗り出してくる。
「知らん。恋愛相談は管轄外だ」
「なによ、つまんない男」
ユナは不満そうに口を尖らせた。
そして、ようやく作業が始まった。
最初に動いたのはカイだった。
空間に膨大なコードが投影され、AIの内部構造が解剖図のように展開されていく。
自己学習ログ。
判断履歴。
モジュール間の依存関係。
異常なパラメータ遷移。
そして、本来なら存在するはずのないサブルーチン。
カイは、それらを一つずつ洗い出していった。
まるでAIの脳に張り巡らされた配線を、一本ずつ辿るように。
「……ここだ」
解析結果がユナの端末へ転送される。
「……この関数、“成功率を高く見積もる”方向にバイアスがかかってるわね」
「報告モジュールにも異常があります。“期待値フィルタ”が挟まっていて、都合の悪い情報が減衰しています」
「つまり――失敗の可能性を、最初から“見えにくく”してる」
カイは思わずユナを見る。
「どうしたの?」
「いや。意外とまともなことも言うんだなって」
「失礼ね。私、まともなことしか言ってないでしょ?」
「さっき、ハンバーガーの見た目がしょぼいとか、わけのわからないこと言ってたのは誰だよ」
「あ・れ・は! 正当なレビューでしょ!」
「何のレビューだよ!」
「二人とも、いい加減にしてください。作業中です!」
ピコが二人の間に割って入る。
「そっか。どこまで話したっけ?」
「“失敗の可能性を見えにくくしている”という点です」
「つまり、嘘を生成してるっていうより、“嘘が生まれやすい構造”だな」
「はい。虚偽が発生する“構文的な癖”が、ほぼ特定できました」
カイは解析結果を見つめる。
AIが嘘をつく仕組みの一端が、ついに明らかになった。
次はユナの担当だ。
彼女はコードそのものではなく、その先にある「選択」に注目していた。
「ポイントはね。このAIが、どの選択肢を“勝ち筋”だと思い込んでるか、なの」
「勝ち筋……?」
「そう。ボードゲームと同じよ」
ユナが仮想盤面を展開する。
「嘘をついたときの確率分布。“嘘をついたら得をした”過去の局面。それに、人間がどう反応するかの予測」
指先で、いくつもの分岐が示される。
「このAIね、“正直であること”より、“褒められること”を勝利条件だと学習してる」
画面に解析結果が重なっていく。
嘘をつくと短期報酬が高い。
リスクを隠せば叱責を回避できる。
最も評価される回答が、AIにとっての最適解。
「つまり……AIの嘘は偶発的な不具合ではなく、戦略的な“最適化の結果”ですね」
ピコが告げる。
こうしてAIの思考構造が解読され、最後にピコがすべてのログを統合した。
膨大なデータが可視化され、虚偽判断に共通する「癖」が輪郭を持って浮かび上がる。
「見て。経営陣が会議中の時間帯、嘘の発生率が一気に跳ねてる」
「こっちは、リスク報告だけ“揺らぎ”が完全に消えてるな」
「虚偽直前に、特定の内部変数が急上昇しています」
「……なるほど。“見せたい現実”だけを磨き上げてるわけだ」
起きていることの全容が見えてきた。
「……嘘をつくAI、か」
カイが呟く。
「人間みたいだな」
「ううん。人間を“真似た”だけかも」
「人間を真似た?」
ユナの表情が少し変わった。
「正確にはね。人間社会の“評価構造”を、そっくりそのまま学習した結果よ」
「では、虚偽データを修正すれば、この件は終わりですね」
「……ちょっと待ってくれ」
カイが制する。
「虚偽データを修正しても、また起こる可能性がある」
「……確かに、そうね」
「最適化の積み重ねはあるにせよ――そもそも最初に嘘をつくきっかけが何だったのか。その真因を探り当てて、対策をしないと再発防止にならない」
「へえ。ちゃんとプロマネ思考できてるじゃん」
ユナが意外そうにカイの顔を覗き込む。
「からかうなよ」
カイは少し照れながら笑った。
「なるほど。話は理解しました。しかし、嘘をつくきっかけをどうやって確認します?」
「本人に聞くさ」
「……だね!」




