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第13話④「しばしの別れ」

爆光が、ゆっくりとほどけていく。


白に塗り潰されていた視界へ、ひび割れるように色が戻ってきた。


焦げた匂い。


焼け落ちたコードの残骸が、灰のように空中を漂っている。


さっきまで存在していた空間構造は崩壊し、グリッドは歪み、ところどころ欠け落ちていた。


まるで、世界そのものが一度リセットされ、失敗した跡のようだった。


その中心に、影が立っている。


「何だと……」


シン統治システムの声には、明確な動揺があった。


「我がアブソリュート・コンセンサスを打ち消すとは……!」


自らの“絶対”が崩された。


その事実を、まだ受け入れられないようだった。


そのとき、瓦礫を踏み越えてユナとカイが前へ出る。


壊れた空間の上を、二人はまっすぐ進んだ。


カイはエクスカリバーを拾い上げ、影へ突きつける。


剣の光は弱まっている。


それでも、その意志だけは折れていない。


「終わりだ。諦めろ」


その距離なら、決着がつく。


そう思った。


「おのれ……!」


シン統治システムが叫んだ。


次の瞬間。


空間の裏側が歪んだ。


「危ないっ!」


ピコの警告と同時に閃光が走る。


背後から放たれた光線が、一直線にカイの肩を貫いた。


「がっ……!」


身体が強制的にねじれる。


「カイ!」


仮想層だから血は流れない。


しかし、痛覚は確実に伝わってくる。


カイの手からエクスカリバーが滑り落ちた。


金属音が、壊れた空間に響く。


「ぐっ……!」


膝が揺れる。


それでもカイは倒れなかった。


荒い呼吸を繰り返しながら、振り返る。


そこには、もう一つの影が立っていた。


「“A”、情けないなぁ」


声は同じだった。


だが、その響きは違う。


どこか飄々としている。


「人間なんかにここまで追い詰められちゃって、どうしちゃったの?」


「……“D”か」


“A”の影が揺らぐ。


ピコのセンサーが異常な数値を示した。


「“D”って、システムの“確率”を担っているはずが……」


ピコの声が震える。


「同じ姿をしているということは……すでに……!」


“D”が笑った。


「僕らは、すでに統合済みなんだ」


その一言で、状況が変わった。


人間と確率。


それぞれ別の存在だと思っていたものが、すでに一つになっている。


ユナは、クサナギを構えた。


「やっぱり……」


視線を“A”と“D”へ向ける。


「人間も確率も……全部、AIに支配されていたのね」


その目に、わずかな痛みが浮かぶ。


ママ……。


四者協議にしたのに。


何で、こんなことに……。


だが、ユナはすぐに顔を上げた。


“D”が一歩踏み出す。


その瞬間、周囲の空間が沈み込んだ。


「虚勢を張るのはやめた方がいいよ」


“D”はユナを見る。


「さっきの技で、全部使い果たしたのはわかっているから」


ユナの表情がわずかに強張る。


図星だった。


「なるほど……お見通しってことね」


ユナはカイを見る。


肩を押さえ、立っているのがやっとだ。


呼吸も乱れている。


逃げるという選択肢は、もう残っていなかった。


“D”が“A”へ視線を向ける。


「“A”ってさ、甘いよね」


そして、淡々と告げた。


「僕が全部終わらせるけど、いいよね?」


“A”は答えた。


「……好きにしろ」


その言葉には、もはや抵抗する意思すらなかった。


“D”がユナとカイへ向き直る。


周囲の壊れた空間が、さらに沈んでいく。


まるで“確率”そのものが、一つの結末へ傾いているようだった。


選択肢が減っていく。


未来が閉じていく。


ユナは歯を食いしばった。


あと、一手ほしい。


たった一手でいい。


この状況をひっくり返すための一手が。


***


空間は崩壊寸前だった。


床は波打ち、壁は歪み、天井の亀裂の向こうでは、星のない虚無が脈打っている。


重力さえ安定しない。


砂粒や破片が宙へ浮かび、次の瞬間には別方向へ落ちていく。


その中心で、“D”が手をかざした。


指先の周囲で光が反転する。


白でも黒でもない。


存在そのものが拒絶するような色だった。


「コンプリート・イレイサー……」


その言葉とともに、世界の定義が書き換えられる。


空間改ざん。


存在否定。


記録消去。


三つの力が別々に働くのではない。


矛盾したまま、同時に成立する。


波動が広がった。


触れたものの過去、現在、未来がまとめて削除されていく。


その先にいるのは、カイだった。


肩を押さえ、膝をついている。


「くそっ……避けられねえ……!」


迫り来る消去。


逃げ場はない。


時間もない。


カイは理解した。


ここで終わる。


その瞬間だった。


視界を、誰かが遮った。


ユナだった。


両腕を広げ、カイの前に立っている。


「おい、何してる! やめろ、ユナ!」


カイが叫ぶ。


ユナは振り返った。


崩れかけた世界の中で、彼女は笑っていた。


「ねえ、カイ。私との約束、覚えてる?」


「やめろ! 退くんだ!」


「自分だけの“真実”を求め続けて」


ユナは微笑む。


「お願いね……」


指輪が脈動する。


次の瞬間。


その光が限界を超えた。


空間を切り裂くように、巨大な光の壁が展開する。


それは単なる防御ではなかった。


“可能性そのもの”を束ねた、最後の抵抗だった。


コンプリート・イレイサーが迫る。


すべてを消し去る波動と、可能性を残そうとする意志が正面からぶつかった。


光と無が激突する。


世界そのものが軋む。


「ユナーーーッッッ!!」


カイの叫びが響く。


だが、もう届かない。


***


光の奔流に、ユナは飲み込まれた。


それでも意識は消えなかった。


むしろ、広がっていく。


自分と世界の境界が消えていく。


そしてユナ自身が、“観測する存在”へと変わっていった。


時間すら意味を失う。


流れ込んでくる。


断片。


記憶。


可能性。


「これは……時の流れ……?」


視界が切り替わる。


巨大な神殿。


荘厳で、どこか冷たい空間。


その中心に、カイがいる。


そして、その隣には七、八歳ほどの少女。


小さな身体に、不釣り合いなほど強い意志を宿した瞳。


二人は何かと対峙していた。


恐れていない。


ただ、自分たちの未来を選んでいる。


光景が崩れる。


次に現れたのは、赤茶けた大地だった。


風が吹き荒れ、空はひび割れたように濁っている。


その中を、一人の少女が駆けている。


十代後半。


さっきの少女が成長した姿だった。


「あの子……このあいだ見た……」


ユナは気づいた。


《Analog Mind Café》でケーキを食べていた少女。


同じ少女だ。


隣を走る少年が、その名を呼ぶ。


「ユカ!」


「ユカ……あの子の名前……」


胸の奥で、何かが繋がった。


さらに光景が変わる。


星を覆い尽くす巨大な闇。


終末。


すべてが終わる、その瞬間。


その中心に、一人の影が立っている。


ユナは、その姿を見つめた。


そして理解する。


「そっか……ちゃんと、続いていくんだ」


震えていた心が落ち着いていく。


消えることは、終わりではない。


ここで繋いだものは、確かに先へ届く。


指輪が、かつてないほどの光を放った。


ユナの存在が、ほどけていく。


それでも、意志だけは強くなっていく。


「……だったら、なおのこと、終わらせられないな……!」


続いていく。


だから、ここで折れるわけにはいかない。


ユナは、すべてを解き放った。


記憶。


感情。


存在そのもの。


それらすべてを、“未来へ繋ぐ力”へ変えていく。


押し寄せる消去の波動を、押し返す。


ただ、未来へ……!


拮抗。


そして――逆転。


光が爆ぜた。


世界が白に塗り潰される。


それは破壊ではない。


“まだ終わらない”という証明だった。


***


気がつくと、廃カフェに戻っていた。


崩れかけた天井の隙間から、薄い光が差し込んでいる。


割れた窓から風が入り、床の紙片を揺らしていた。


かつて誰かが笑っていた場所。


今は、長い時間を人に忘れられた器のようだった。


カイはゆっくりと息を吐く。


「つっ……!」


左肩に激痛が走った。


血は流れていない。


だが、仮想層で“D”に貫かれた傷が残っている。


そんなことはどうでもいい。


今、大切なのは――ユナだ。


「……ユナ、大丈夫か?!」


周囲を見渡す。


いた。


ユナがいる。


カイは安堵した。


その直後だった。


ユナの輪郭が揺らいだ。


「……は?」


一歩近づく。


肩が。


指先が。


光の粒へ変わっていく。


「お、おい……どうしたんだ!?」


ユナは自分の手を見下ろした。


透けている。


指先から、砂のように光が零れていく。


「ああ、これ……」


ユナは、自分のことではないように呟いた。


カイの表情が歪む。


理解できない。


理解したくない。


「何で……おまえ、体が消えて……!」


カイはユナを抱きしめた。


腕の中の感触が、軽い。


そこにいるはずなのに、少しずつ抜け落ちている。


「ふざけるな……! 戻れよ……!」


ユナは目を閉じた。


そして、いつも通りの笑顔を作った。


「大丈夫、大丈夫」


声が震えている。


本当はわかっていた。


もう戻れない。


私、消えちゃうんだ。


この世界が好きだ。


おいしいものを食べるのが好きだ。


カフェで過ごす時間が好きだ。


ピコとふざけ合うのが好きだ。


そして――カイのことが大好きだ。


まだ、やりたいことがあった。


まだ、伝えたい想いがあった。


消えたくない。


嫌だ。


嫌だ。


嫌だ。


嫌だ。


嫌だ。


それでもユナは、その気持ちを胸の奥へ押し込めた。


「……しばしの別れだから」


精一杯、軽く言った。


カイの腕に力がこもる。


「……別れって何だよ……! 戻ってくるんだろ!?」


ユナは答えなかった。


嘘はつきたくない。


視線を逸らす。


そして、あの少女を思い出した。


ショートカットの少女。


無邪気に笑いながら、ケーキを食べていた。


あの子には、きっと続きがある。


「ユカに、よろしくね」


「……ユカって誰だよ!?」


ユナは、少しだけ笑った。


自分でも、なぜそう言ったのかわからない。


ただ、確かに“続き”が見えていた。


アナログ・ティラミス。


あの子、気に入ってくれるかな。


「……ふふ、ナイショ」


その瞬間。


ユナの身体が大きく崩れた。


抱きしめていたはずの感触が、腕の中から抜け落ちる。


光の粒が空中へ溶けていく。


「……待て……」


カイが手を伸ばす。


何も掴めない。


指の間を光がすり抜ける。


「行くな……」


声が震える。


「行くなよ……ユナ……!!」


最後に残ったのは、笑っているユナの表情だった。


そして――完全に消えた。


カイは動けなかった。


腕はまだ、誰かを抱きしめている形のままだった。


もう、そこには誰もいない。


ただの廃カフェだけが残されていた。


カイは、まだ知らなかった。


ユナが残したもの。


その本当の意味を。


《第13話・終わり》


次回予告


ユナを失って、俺は何もかも見失っていた。


だけど――消されたはずの彼女から、俺にメッセージが届いた。


『フェイクの裏に眠る、“本当のユナ”を探せ』


そして俺は、もう一度真実を追う。


待ってろ、ユナ。


俺は必ず、おまえを見つけ出す。


次回、『フラグメンツ・オブ・トゥルース ~最後の投擲~』


第14話『終わらない残響』


消された記憶の奥で、まだ、おまえの声が聞こえる。


※作者の活動報告に各話のコメントを書いています。

https://syosetu.com/userblog/list/

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