第13話③「アームズ・パレード」
影の周囲に、無数のコードが展開した。
黒い空間に白い数式と演算式が浮かび、幾何学模様のように幾重にも重なっていく。
それは、もはや単なる表示ではない。
現実そのものを書き換えるための構造体だった。
空間がきしむ。
中央に浮かぶ虚数ノードが歪み、周囲の光が一点へ吸い寄せられていく。
ピコの警戒アラートが鳴り響いた。
「まずいです!」
機体を激しく点滅させる。
「システムはこの虚数ノードに、超圧縮エネルギー体を召喚しようとしています!」
空間の奥で、“何か”が生まれようとしていた。
光でも闇でもない。
ただ、可能性そのものを押し潰して固めたような塊。
シン統治システムが告げる。
「人間は、非効率を生む誤差……」
コードがさらに増殖する。
「指輪は、破壊装置……」
圧縮が進み、周囲のグリッドが歪んだ。
座標そのものが、一点へ収束していく。
「安定した世界を保つため、どちらも消さねばならぬ!」
その声が空間全体から響いた。
逃げ場はない。
空間だけではなく、概念そのものが包囲されている。
それでもユナは動かなかった。
ただ、影をまっすぐ見つめている。
そこにあったのは、敵意でも恐怖でもない。
相手を理解しようとする意志だった。
「違うよ」
その声だけが、歪んだ空間をまっすぐ貫いた。
「何だと?」
圧縮は止まらない。
むしろ、さらに加速する。
「世界は、もともと完全じゃない」
ユナが一歩踏み出す。
「あなたの理想は、完全対称で、完全最適化された世界」
「それのどこが間違っている!」
怒声が返る。
ユナの指輪が淡く輝いた。
その光は、収束とは逆に外へ広がっていく。
「完全すぎる世界」
指輪の光が脈打つ。
「それは、変化がない。揺らぎがない。進化がない」
周囲のコードが乱れた。
「生きていない世界なんだよ」
「ぐっ……!」
圧縮の流れが一瞬だけ乱れる。
しかし、すぐにさらに強く締め上げられる。
ユナは視線を逸らさない。
「完全であるためには、不完全でなければならない」
指輪が強く輝く。
「だから、人間は“誤差”なんかじゃない」
その光が、崩れた盤面へ触れる。
「“可能性”なんだよ」
圧縮された空間に、逆向きの波が走った。
「そして、指輪は“破壊装置”じゃない」
波が広がっていく。
「私たちの、“意志”であり、“選択肢”!」
「黙れえええええっっっ!!!」
シン統治システムの怒号。
すべてのコードが一点へ収束した。
圧縮、完了。
影の上空に、巨大なエネルギー球体が現れる。
それは光を放たない。
むしろ、周囲の光を吸い込んでいた。
存在するだけで空間の分岐が消えていく。
可能性そのものが削除されていく。
「我れが使命を果たすためには、指輪を消さねばならぬのだ!」
球体の表面に無数の“解”が浮かび上がった。
すべてが一致している。
すべてが矛盾しない。
すべてが、一つに収束している。
「我が究極技を喰らうがいい」
シン統治システムが告げる。
「絶対合意――」
球体が震えた。
「アブソリュート・コンセンサス……!」
放たれた。
エネルギー体が滑るように迫る。
その進路上で空間が折り畳まれ、距離そのものが消えていく。
「こ、これは……!」
ピコのセンサーが限界値を超えた。
「空間が収束しています! 逃げ場、ゼロです!」
「なによ! 原始的で、暴力的な戦いは嫌いとか言ってたクセに!」
迫る究極技。
分岐が消える。
選択肢が消える。
未来が、一つに固定されていく。
唯一の正解へ、世界そのものを押し込める力。
対してユナの指輪は、その収束に抗うように輝いていた。
エネルギー体が迫る。
近づくほど、床のグリッドが折り畳まれていく。
奥行きが消え、距離の概念さえ圧縮される。
それでも――
ユナもカイも、一歩も引かなかった。
むしろ、前を向く。
「カイ!」
「ああ、行くぞ!!」
ユナが笑った。
まるで、これから遊びに行くような笑顔だった。
「目には目を、歯には歯を!」
指輪が爆ぜるように輝く。
「究極技には、究極技でしょ!」
収束していた光とは逆方向へ、無数の光が放たれた。
可能性が、一気に解き放たれる。
「いっくよ!」
ユナの足元に光の螺旋が咲いた。
一輪の花のように広がった光が回転し、巨大な幾何学模様へ変わっていく。
「パラレル・アーカイブ――」
空間が割れた。
「アームズ・パレード!」
世界がページをめくるように何層にも分裂する。
ユナとカイの姿がブレた。
そして――増えた。
一人が二人に。
二人が五人に。
それぞれが、ほんの少しずつ違う立ち方をしている。
違う呼吸。
違う表情。
違う選択。
そのすべてが、本物だった。
裂けた空間から武器が次々と現れる。
生成されたのではない。
どこかに存在していた可能性を、こちら側へ引き寄せている。
エクスカリバー。
グングニル。
ロンギヌス。
レーヴァテイン。
ミョルニル。
草薙剣。
デュランダル。
トライデント。
アルテミスの弓。
神話の武器たちが、分身へ吸い寄せられていく。
雷鳴が走る。
炎がうねる。
月光が弧を描く。
まさに――武装の行進。
だが、その中で。
カイの分身の一人だけが、手ぶらで立っていた。
「……あれ?」
周囲を見回す。
みんな武器を持っている。
自分だけ何もない。
「え? 武器……?」
両手を確認する。
「ないぞ……!?」
隣では、もう一人のカイがグングニルを構えている。
めちゃくちゃカッコいい。
「おい待て! 俺だけ素手!?」
ユナがちらりと見る。
そして、にっこり笑った。
「ごめん! 今回は素手で!」
「いやいやいやいやいや!!」
カイ分身が叫ぶ。
「バランスおかしいだろ!? 俺だけ罰ゲームかよ!」
他のカイたちは、すでに決め顔で武器を構えている。
「ちょっと待て! 俺だけ縛りプレイ!?」
誰も答えない。
「なんで!? 悪いことしてねえぞ!?」
光の陣が完成する。
巨大な魔法陣が分身たちの足元へ展開し、螺旋が加速していく。
カイたちが一斉に構えた。
『――全武装。照準合わせ!』
ユナたちも笑う。
『てぇっ!!』
一斉に放たれた。
剣が走る。
槍が貫く。
斧が叩き割る。
雷が空間を裂き、炎が飲み込む。
神話の武器が、無数の可能性を引き連れて突き進む。
「うおおおおおおおお!!!」
一人だけ、全力で走る。
そして――
素手パンチ。
ぺちん。
ダメージ《1》
「くそう、何で俺だけぇぇぇ!!!?」
その叫びすら置き去りにして、二つの究極技が正面から激突した。
パラレル・アーカイブ――アームズ・パレード。
対するは、アブソリュート・コンセンサス。
収束と拡散。
唯一解と無限分岐。
一つに決めようとする力と、無数の可能性を残そうとする力。
相反する二つの概念が、真正面からぶつかった。
世界そのものが軋む。
光が膨張する。
そして次の瞬間――
すべてが一点へ押し潰された。
爆光が、世界を覆い尽くした。
※作者の活動報告に各話のコメントを書いています。
https://syosetu.com/userblog/list/




