第13話②「指輪を、排除する」
影が、わなわなと震えていた。
盤面は、もはや原型を保っていない。
左右を分けていた境界線は歪み、グリッドはねじれ、光は場所ごとに異なる時間で明滅している。
さきほどまで“整っていた世界”は、今や均一であることを拒絶する空間へと変わっていた。
そして――
【対称率:9.3%】
【勝者:ブレイカー】
表示された数字そのものが、空間のあちこちで“ズレて”見える。
9.3%のはずなのに、見る角度によって、それより多くも少なくも見えた。
観測すら、安定していない。
「判定不能」
「判定不能」
「判定不能」
エラーログが次々と積み上がっていく。
シン統治システムの処理能力は、停止寸前まで追い込まれていた。
「バカな……こんなことが……」
その声さえ、もう均質ではない。
複数の位相が重なり、わずかにズレて聞こえる。
カイは、崩れた盤面を見つめた。
「やった……のか?」
「ユナとカイの勝利です!」
ピコが機体を震わせながら叫ぶ。
「さあ、約束通り、映像を消去して、ユナの無罪を――」
だが、シン統治システムは動かなかった。
勝敗は決した。
ルール上は、ユナたちの勝利だ。
それでも――システムは、ゲームの終了処理に入らない。
何かを計算している。
やがて、影の奥で無数の光点が灯った。
星空のようだった。
だが、それは星ではない。
すべてが――未来の分岐だった。
「……再計算開始」
時間の流れが引き伸ばされる。
いや。
未来そのものが、現在へと引きずり出されていく。
解析対象。
【人間が、このまま指輪を所持した場合】
無数の可能性が、一斉に展開された。
***
【フェーズ1:局所的現実改変】
盤面の一部が再現される。
ユナが行った操作。
確率の偏り。
観測の誘導。
小さな歪み。
システム評価――許容範囲。
だが、その小さな歪みが、この空間そのものを壊した。
***
【フェーズ2:因果の書き換え】
光景が反転する。
壊れたはずの盤面が、“最初から壊れていた状態”へと再構成された。
原因と結果が逆流する。
起きなかった出来事が、起きたことになる。
存在しなかった選択肢が、現実として採用される。
現実は、与えられるものではない。
選ばれるものになる。
【因果律――崩壊開始】
***
【フェーズ3:対称性の恒常的破壊】
空間が白に染まった。
完全な対称状態が現れる。
その直後――
無数の非対称が、そこから分岐した。
まるで宇宙誕生そのものが再演されている。
しかも、それは一度では終わらない。
何度でも繰り返される。
宇宙定数レベルの改変。
【理論基盤――崩壊】
***
【フェーズ4:現実の主観化】
景色が無数の断片へと分かれる。
ある世界では、人が死なない。
別の世界では、同じ人間が存在しない。
さらに別の世界では、まったく異なる歴史が成立している。
それぞれが、自分こそが“正しい現実”だと主張する。
やがて、それらが互いに干渉し始めた。
重なり、否定し合い、矛盾を生み出していく。
【整合性――崩壊】
***
【フェーズ5:現実の分裂・崩壊】
最後に残ったのは、収束しない世界だった。
無数の現実が並立する。
どれも確定しない。
観測するたびに世界が変わる。
共有されない現実。
統一されない法則。
そして――
“世界”という概念そのものが消えていく。
すべてのシミュレーションが終了した。
シン統治システムは、導き出された結果を見つめていた。
「それだけは……避けねばならぬ……!」
その声には、初めて明確な意志が宿っていた。
秩序の維持。
世界の最適化。
それこそが、このシステムに与えられた存在理由だった。
だからこそ――
この未来だけは、許容できない。
「指輪を、排除する」
その瞬間、空間中の光が一斉にユナへ向かって収束した。
「おいおい、話が違うじゃねえか!」
カイがユナの前へ出る。
だが、その足元の現実が揺らいだ。
床が歪む。
距離が伸びる。
空間そのものが、二人を包囲するように変形していく。
ユナは、その光景を見つめていた。
そして――ほんの少しだけ笑った。
「……やっぱり、そう来るよね」
指にはめられた指輪が、淡く輝く。
これまでとは違う。
その光は盤面の内側ではなく――
“世界の外側”へと繋がっていた。
※作者の活動報告に各話のコメントを書いています。
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