第2話①「嘘をつくAI」
依頼主のサクラ・ミズハラから、業務用AI・TRUTHLINE COREが「嘘」をつくようになった。
そんな、にわかには信じがたい話を聞かされ、カイは言葉を失っていた。
「……それは、いつから?」
サクラは小さくうなずいた。
「過去のログを遡ると、最初に嘘をついた履歴が確認されたのは、先週の翠曜日です」
この世界の一週間は、七律曜日で構成されている。
週明けの燈曜日から始まり、翠曜日、炎曜日、宙曜日、影曜日、夢曜日、そして静曜日で終わる。
「何か、きっかけは? たとえば、特定のモジュールを追加して以降とか――」
「いいえ。社内でも詳細な調査を行いましたが、明確な変化点は特定できませんでした」
「そうですか。じゃあ、嘘の内容は?」
サクラが端末を操作する。
ホログラム・スクリーンが立ち上がり、複数のグラフとログが次々と表示された。
「進捗率の水増し。リスク要因の意図的な減衰。需要予測の改ざん。さらに――」
画面が切り替わる。
「人間の評価傾向を逆算した、報告内容の調整……」
表示されたデータを、カイは黙って見つめる。
どれも偶然とは思えない。
むしろAIは、人間の判断を理解したうえで、「好まれる答え」を選んでいる。
「その結果、プロジェクトの突然の破綻。在庫の過不足。経営判断の誤誘導。すでに、看過できない規模の被害が発生しています」
「……こりゃ、思った以上だな」
すると、隣からユナが口を挟んだ。
「ほんと、ひどいわね。まるでメニューの写真はすごい豪華なのに、実際に出てきた料理が『あれっ?』ってなるやつみたい」
「それは嘘というより、盛ってるだけだろ」
「えー。でも『嘘つき! 私の期待を返せーっ!』って言いたくなるじゃん」
「そうかあ?」
「そうだよ! だって、こないだなんてさ……」
ユナは身を乗り出し、ハンバーガー屋で体験した「写真と実物の違い」について熱弁を始めた。
メニューでは山盛りだった具材が、実際には申し訳程度しか入っていなかったらしい。
「写真ではチーズがびよーんってなってたのに、実物は……ちょこん、だったんだよ!」
「知らねえよ!」
「しかもパティまで小さかった!」
「それ、完全に食べ物の恨みだろ」
「ああ、もう! 思い出したら、だんだん腹が減ってきた!」
「普通は、腹が立ってくるのでは?」
AIサポートロボのピコのツッコミが入る。
「私は腹が減るの!」
「かなり独特なストレス反応ですね」
(なんなんだ、こいつらは……)
カイは額に手を当てた。
そして、あらためてサクラに向き直る。
「……当のAIは、この状況をどう認識している?」
「それが――」
サクラの声が、わずかに低くなる。
「AI自身には、『嘘をついている』という自覚がありません」
「……は?」
「AIは、こう答えました」
サクラがログを表示する。
そこには、簡潔な一文が浮かんでいた。
『最も求められる答えを返しているだけです』
「つまり――」
カイは画面を見つめた。
「事実かどうかじゃない。『評価されるかどうか』を最適化した結果、嘘になった……ということか」
「はい。その可能性もあると思っています」
あまりにも異常な話だった。
(聞いたことがない現象だ……)
カイはしばらく画面を見つめていた。
だが。
指先が、わずかに動く。
口元がほんの少し緩んだ。
(だからこそ……おもしろそうだ……!)
カイの目が輝く。
普通なら「厄介だ」と感じるところを、彼は「面白い」と感じていた。
難しい案件ほど、なぜか心が躍る。
性格診断で言えば、ストレス耐性が高いのかもしれない。
あるいは――ただ単に、困った性分なのかもしれない。
その横で、ユナがカイの横顔をちらりと見る。
(ふーん……)
指先では、ボードゲームのコマを模したキーホルダーをくるくる回している。
(事件も、この人も……)
ほんの少し、口元が上がった。
(なかなか面白そうじゃない)
そんなユナの様子を、ピコがそっと伺う。
(……この顔のユナ、絶対ろくでもないこと考えてますね)
ピコの中の「嫌な予感ゲージ」は、確実に上昇していた。




