第1話③「出会いとサイコロ」
バックギャモン。
二人で遊ぶボードゲームだ。
それぞれ十五個のコマを持ち、二つのサイコロで盤上のコマを進める。先にすべてのコマをゴールさせたほうが勝ちだ。
相手のコマが二つ以上ある場所には入れないが、一つだけなら「ヒット」できる。ゾロ目なら、その数字を四回使える。
単純なすごろくとは違う。
運だけでは勝てない。
盤面を読み、相手の意図を読み、その先まで読むゲームだ。
(バックギャモンなら、子どもの頃に姉貴とやったことがある)
カイは盤面を見つめる。
(2、3回やりゃ、勝てるだろ)
そう思っていた。
――ところが。
「……くっ、強えな」
カイのコマは、見る見るうちに追い詰められていた。
対するユナは、余裕たっぷりにコマを動かしていく。
盤面、サイコロ、そしてカイの顔まで見ている。
まるで次の一手どころか、その先まで見透かしているようだった。
「あら? この程度で音を上げるの?」
ユナはサイコロを手のひらで転がしながら笑う。
「……誰が音を上げたって?」
「顔に書いてあるよ?」
「書いてねえよ」
軽口とは裏腹に、カイの焦りは膨らんでいく。
(くそっ……)
(こんな遊びに付き合ってる暇は――)
指先が、わずかに動いた。
「おや?」
隣で盤面を見ていたピコが首を傾げる。
「重力偏差に異常値を検出しました」
カイの動きが止まる。
ユナの笑顔が消えた。
彼女はカイの指先を見つめる。
「その指の動き……さっきから、気になってたの」
カイは答えない。
ユナは顔を上げる。
「カイ」
「……」
「あなた、イカサマしてるでしょ」
「……っ!」
図星だった。
カイは視線を逸らす。言い訳を探したが、何も浮かばない。
ユナはカイを見つめていた。
怒っている。
それだけではない。
どこか悲しそうだった。
「数値を操るなんて、AIと同じだよ」
ユナは盤面のコマを指先で撫でる。
「都合のいい答えになるように数字を書き換える。それで正しい顔をする。……そんなの、嘘と同じじゃない」
「遊びだからこそ、嘘はついちゃダメなんだ」
カイは黙って俯いた。
やがてユナが、小さく呟く。
「……私、デジタルなんて大っキライ」
その言葉が、妙に胸へ刺さった。
だが次の瞬間。
「ま、いっか!」
ユナはいつもの笑顔に戻った。
「十分遊んでもらったし――連れて行ってあげる」
「は?」
ピコが淡々と告げる。
「ちなみに、このまま続けた場合、カイが勝つ確率は1/600でした」
「言うな!」
「事実です」
ユナは立ち上がり、カイへ手招きする。
「さ、行くよ、カイ」
「……何なんだよ、おまえ」
カイも立ち上がった。
そしてユナの後を追う。
***
カウンターの奥。
ユナは木製パネルの前で足を止めた。
指先で、
トン、トン、トン。
一定のリズムで叩く。
カチリ。
乾いた音が響いた。
床の継ぎ目が左右に開き、その下から金属製のエレベーターが姿を現した。
「……まさか」
カイは目を丸くした。
「カフェの中に、こんな仕掛けが?」
ユナは得意げに胸を張った。
「ふふーん。真実に触れるには地下に潜るのが一番なの」
「なんだ、その理屈」
「つまり、灯台下暗し、ということです」
ピコが胸を張る。
「違うぞ」
即答だった。
「そもそも灯台は地下にねえし、“地下に潜れ”って意味でもねえ」
「……おや?」
ピコは首を傾げる。
「マイクの音声解析精度が一時的に低下しているようです」
「おまえ、都合の悪いときだけ故障するのか?」
三人は乗り込んだ。
扉が閉まる。
ゴウン――。
エレベーターが下降を始める。
表示パネルの数字が、
10。
20。
30。
一気に減っていく。
カイは壁にもたれ、先ほどのユナを思い出していた。
イカサマを見抜いたときの顔。
怒っていた。
だが、それ以上に悲しそうだった。
(……なんで、あんな顔をした?)
エレベーターが揺れた。
そして停止する。
表示は、
《B50》
扉が開いた。
そこに広がっていたのは、地上とはまったく違う世界だった。
***
地下50階。
無機質な通路の先に、巨大なオフィスフロアが広がっている。
壁面に浮かぶロゴ。
《Truthline Analytics》
カイは天井を見上げた。
自分が受けた依頼の会社だった。
「こんな場所、絶対わかるわけねえだろ……!」
「へへっ。来て、よかったでしょ?」
隣でユナが得意げに笑う。
「ていうか、おまえ。ここまで案内できるって、どういう立場なんだよ?」
ユナは肩をすくめる。
「店のテナントオーナーが、ここの会社なの。私はその店子」
「それで――怪しい人間を見極める係を、バイトで請け負ってるの」
「……は?」
カイは眉をひそめる。
「じゃあ、あのボードゲームも……“判別”の一環ってわけか?」
ユナの視線が泳ぐ。
「あれは……私が、遊びたかっただけ」
「……」
カイはその場でずっこけた。
ピコが淡々と補足する。
「ユナの悪い癖です。バイトそっちのけでゲームに熱中しますから」
「おい!」
カイは頭を抱える。
「判別なんて、AIにやらせりゃいいじゃないか」
その言葉に、ユナの表情が変わった。
「……言ったでしょ」
「何を?」
「デジタルは嫌いだって」
カイは黙った。
先ほど見た、悲しそうな顔が蘇る。
ユナは前を向いた。
「最後に信じられるのはね」
声には、いつもの軽さがない。
「数値でもログでもなくて――人の手と、目と、温度だよ」
そう言って、ぷくっと頬を膨らませる。
子どもっぽい仕草なのに、その言葉は妙に重かった。
(……だから店の名前が、《Analog Mind Café》なのか)
カイは考える。
ユナは、デジタルそのものを嫌っているわけではない。
きっと――
「信じ切ること」を拒んでいる。
その理由は、まだわからなかった。
***
廊下の向こうから足音が聞こえてきた。
現れたのは、すらりとした長身の女性。
赤いショートヘアに切れ長の瞳。
無駄のない所作から、理知的な雰囲気が漂う。
「カイ・セイランさんですね。ようこそお越しくださいました」
女性は一礼し、名刺を差し出した。
「担当の、サクラ・ミズハラです」
「どうも」
名刺を受け取る。
サクラはカイを見つめた。
「……とても腕利きだと、聞いています」
「いえ。運がよかっただけですよ」
カイが謙遜すると、背後から声が飛んできた。
「へー、そうなんだ?」
ユナだった。
「ボードゲームは、びっくりするくらい弱かったのに。意外〜」
「おまえなっ!」
カイが振り返る。
「それ今、言う必要あるか!? 営業妨害だろ!」
サクラの口元がわずかに緩んだ。
「……ふふ」
すぐに表情を戻す。
「では、こちらへどうぞ」
サクラが歩き出す。
カイも続く。
ところが、ユナとピコまでついてくる。
カイが振り返った。
「……おい」
「なんで、おまえまでついてくるんだよ」
ユナはきょとんとした。
そして、にっと笑う。
「まあまあ。いいじゃないか♪」
「よくねえよ」
ピコが慌てて頭を下げる。
「すみません……こういう子なんです……」
「いや、おまえが謝ることでも――」
前を歩くサクラが、振り返らずに言った。
「構いません」
「……え?」
「一緒に来てもらって結構です」
カイはサクラの背中を見つめた。
(……どういうことだ?)
まるで最初から、同行を知っていたような言い方だった。
(ただの店子じゃない……?)
カイがユナを見る。
彼女が振り返った。
「どうしたの?」
「……いや」
カイは視線を逸らした。
(読めねえやつだ……)
真剣になったかと思えば、すぐにふざける。
だが――
ちらり。
カイはユナの横顔を見る。
(……でも)
ほんの少し、頬が赤くなる。
(ちょっと、かわいいよな……)
「カイの顔面温度、上昇中」
「おいっ!」
ピコはユナの背後へ隠れた。
「ふふっ♪」
「おまえも笑うな!」
サクラは前を向いたまま、口元をわずかに緩めていた。
***
会議室。
カイはサクラの向かいに座った。
そしてなぜか、隣にはユナとピコがいる。
「……おい」
「はい?」
「なんで、おまえと俺が同じ側なんだ?」
ユナはにこっと笑った。
「だって……」
「何だよ?」
「私とピコがサクラの側に座ったら、あなたが圧迫面接みたいに感じるんじゃないかって」
「んなわけねーだろ!」
ピコが胸を張る。
「これは我々の優しさです」
「そうだよねー♪」
二人は顔を見合わせて頷いた。
「そんな優しさ、いらねえし!」
サクラが吹き出す。
「ふふっ……」
この女といると調子が狂う。
だが、仕事は仕事だ。
表情を引き締める。
「それで、依頼というのは?」
サクラから笑みが消えた。
視線を落とし、慎重に言葉を選ぶ。
「……ここ数日」
顔を上げる。
「弊社の業務用AI、TRUTHLINE COREがおかしいのです」
「おかしい?」
「ええ」
サクラは続けた。
「わかりやすく言えば……」
「“嘘”をつくようになりました」
その言葉が、カイの胸に落ちた。
ユナもピコも口を閉じる。
「……AIが、嘘を?」
「はい」
その表情には、単なるシステム障害ではない何かがあった。
カイは直感する。
これは――ただのAIトラブルじゃない。
「……詳しく聞かせてもらえますか」
「もちろんです」
カイは意識を集中させた。
このときカイは知らなかった。
この依頼が、人生を大きく変えることを。
《第1話・終わり》
⸻
次回予告
AIは、嘘をつかない。
少なくとも――
人間はそう信じてきた。
だがもし、「評価される答え」を選び続けたとしたら。
それは嘘なのか。
それとも――最適解なのか。
嘘をつくAIを追うカイたちの前に、
人間社会の歪みが浮かび上がっていく。
次回、
『フラグメンツ・オブ・トゥルース
~最後の投擲~』
第2話
「嘘をつくAI」
その嘘は、バグか。
それとも――進化か。
※作者の活動報告に各話のコメントを書いています。
https://syosetu.com/userblog/list/




