第1話②「AI問題何でも屋」
アストラ・シティ。
世界連合政府の首都。
空を貫く高層ビル群の影が、地上を細かく切り刻んでいる。
その都心から外れた郊外エリアを、一人の男が歩いていた。
フード付きのジャケット。
片手にはARマップを投影する端末。
男の名は、カイ・セイラン。
23歳。
職業――AI問題何でも屋。
「……はァ?」
カイは足を止めた。
ARマップに表示されていたはずの道が、目の前で歪んでいる。
「さっきまであった道、消えてるんだけど」
案内線がぐにゃりと曲がり、目的地までのルートがねじれていく。
カイは眉をひそめた。
「フェイクだらけの世の中で、道案内まで信用できねえとはな……」
ため息をつきながら顔を上げる。
そのときだった。
通りに面した建物の一階に、古びた看板が見えた。
周囲の建物に埋もれるように、控えめな光を放っている。
《Analog Mind Café》
「……カフェ?」
違和感。
そして、わずかな好奇心。
どちらともつかない感情に背中を押され、カイは店の扉へ向かった。
そして――扉を開ける。
それが、運命の出会いの始まりだった。
***
柔らかな木漏れ日。
年季の入った木製カウンター。
棚いっぱいに並べられた、無数のボードゲーム。
デジタル技術が支配するアストラ・シティにあって、そこだけ時間が止まっているようだった。
初めて訪れたはずなのに。
なぜか――「知っている場所」のような感覚がある。
カウンターでは、一人の女性がボードゲームの駒を磨いていた。
その隣には、見慣れない型のAIサポートロボットがいる。
カイが入ってきたことに気づくと、女性は顔を上げた。
そして、にこりと笑う。
「いらっしゃい。珍しいね、こんな時間に若いお客さん」
「悪い。客じゃない。この近くにある《Truthline Analytics》って会社を探してて――道を――」
女性は軽く手を上げ、カイの言葉を止めた。
「道ね」
そして、いたずらっぽく笑う。
「でも、ちょうど退屈してたの」
彼女は棚から一つの箱を取り出した。
古びたボードゲーム。
バックギャモンだった。
「これ――バックギャモンで私に勝てたら、教えてあげる」
「……なんだよ、それ」
あまりにも唐突な提案だった。
だが、その笑顔には不思議と嫌味がない。
むしろ、こちらを試しているような――そんな雰囲気があった。
「勝負するなら、名前くらい知っておかないとね」
彼女は駒をテーブルに並べながら名乗った。
「私はユナ・セラフィム。こっちは相棒のピコ」
隣のロボットが、ぺこりと頭を下げる。
「よろしくお願いします。正式名称――Personal Intelligent Companion Operative。個人用知性支援機・同行型人工知能です。略して、ピコと呼んでください」
「……ずいぶん長い名前だな」
「よく言われます」
淡々と答えるピコ。
カイはロボットを観察した。
市販品ではない。
自作なのか、それとも特殊なカスタム品なのか。
それにしても――妙に人間くさい。
「あなたは?」
ユナが尋ねる。
「……カイ・セイラン」
「カイね」
ユナは楽しそうに笑った。
「私のことは、ユナって呼んで」
「……ああ」
その名前を聞いた瞬間。
カイの胸の奥に、小さな引っかかりが生まれた。
ユナ。
セラフィム。
どこかで聞いたことがある。
いや――知っている。
そんな気がする。
「……」
カイは目の前の女性を見つめる。
だが、記憶の中を探しても、その答えは出てこない。
(ユナ……セラフィム……?)
どこかで――。
思い出せそうなのに。
あと少しのところで、何かが掴めない。
その瞬間、ユナがバックギャモンの駒を一つ、盤上に置いた。
コトン。
「じゃあ、始めよっか」
カイは盤面を見る。
そして――なぜか、胸の奥がざわついた。
この出会いが、自分の人生を大きく変えることになるとは。
このときのカイは、まだ知らなかった。




