第11話③「橋渡し層」
カウンターには、空になった丼が二つ並んでいた。
朝食を終えたユナたちは、今日もシン統治システムに残されたフェイク映像の出所を追っていた。
ピコが端末を操作し、次々とハッキングを仕掛けていく。
しかし――
「……ダメですね。ガードが固すぎます」
ユナは机に突っ伏した。
「ほんと! 凍らせすぎて、スプーンが刺さらないアイスみたい」
「確かに固いけど、どんな例えだよ……」
カイが呆れた顔をする。
ピコも小さく首を振った。
「やり方を変えた方がいいですね。戦略もなく、ひたすらハッキングするのは効率が悪すぎます」
ユナは顔だけを上げた。
「じゃあ、どうやる?」
カイは腕を組み、モニターを見つめる。
「手薄なところを攻めるべきだな。兵法の基本だ」
ユナは身体を起こした。
「……よし。一回、仕切り直そう」
三人はホログラムスクリーンを展開した。
「まずは問題の映像を解析する。AIで生成されたものなら、完全には消せない“癖”があるはずだ。そこを拾えば、ある程度は生成元を特定できる」
カイがデジタルマーカーを走らせる。
『映像の解析』
↓
『生成元の特定』
続いてピコが情報を整理した。
「次に、どのように情報が広まったのか、その履歴を確認します。最初の投下ポイントを特定できるはずです」
『情報の流れ』
↓
『投下ポイントの特定』
ユナは二つの経路を眺めていた。
やがて、ゆっくり立ち上がる。
「そっか。見えてきた」
「何がだ?」
ユナはスクリーンを指差した。
「この生成元と投下ポイントの間に、何かしらの“情報の通路”があるかもしれない」
ピコの目が光る。
「なるほど。“橋渡し層”ですね。しかも構造上、最も脆い箇所である可能性があります」
カイがニヤリと笑った。
「こりゃ、見つけちまったかもしれないな」
『生成元の特定』と『投下ポイントの特定』の間に、
『橋渡し層?』
と書き込む。
ユナは小さくうなずいた。
迷いの色が、少しだけ薄れていた。
***
まずユナが問題の映像を解析する。
「なんだろ、これ?」
「どうしました?」
「映像自体はノイズもなく滑らかなんだけど……光源処理の一貫性や、人物の非対称性におかしなところがある」
ピコがデータを確認する。
「ほんとですね。まるで人が加工した映像を、AIで後から処理しているようです」
その言葉を聞いた瞬間、ユナは母から見せられたシン統治システムの全体構成図を思い出した。
「システムは、機能をモジュール化している……」
ユナは画面を見つめる。
「おそらく処理しているのは、生成モジュール……」
点と点が、ゆっくりとつながっていく。
見えなかった輪郭が、少しずつ形を現していく。
袂を分かった母から得た情報が、今になって役に立とうとしている。
ユナは、運命の皮肉さを感じていた。
***
次にカイが情報の流れを追った。
「そうか。最初はデータ管理省に、垂れ込みの形で通報されていたのか」
「しかも匿名の機密情報公開サイトからだね」
「情報送信元のアドレスを特定できました」
ピコが端末を操作する。
「おそらく、これがシステムの配信ノードです」
ユナの目が輝いた。
散らばっていたピースが、ひとつずつ盤上にはまっていく。
「よし! 生成モジュールと配信ノードが特定できたなら……その間にある“橋渡し層”にダイブできそうだね!」
「内部に入り込めれば、そこからシステムを破壊することもできるかもしれない」
しかし、ピコは首を横に振った。
「いえ。それは危険です」
ユナがガクッと崩れる。
「なんでよ!」
「場所が特定できたと言っても、まだ範囲としては広すぎます。本当に脆い箇所はごく一部。それ以外には、セキュリティの罠が張り巡らされていると考えるべきです」
「うかつに飛び込むと、やられちまうってわけか……」
「何か策はないのかしら」
ユナは考え込み、スクリーンに表示された『橋渡し層?』へ視線を向ける。
するとピコが、何でもないことのように言った。
「仮想層に分身ピコを100万体生成しました。彼らに探ってもらいましょう」
「え、そんなの作ってたの!?」
「はい。すでに待機状態で暇そうにしています」
カイが思わず笑う。
「100万って、すげえな」
***
シン統治システムの“橋渡し層”へ、分身ピコたちが一斉にダイブしていく。
端末の画面には、無数のピコが映し出されていた。
データの海を泳ぎながら、四方八方へ散らばっていく。
「こうやって見ると壮観だな」
「ほんと。鮭の川上りみたい」
ところが――
次の瞬間から、分身ピコが猛烈な勢いで消え始めた。
「えええっ!?」
ユナが画面に顔を近づける。
「分身ピコたち、どんどんやられちゃってるよ!」
「どうやらセキュリティに捕捉されたようですね。跡形もなく消されています。まさにジェノサイドです」
カイがちらりとピコを見る。
「……おまえ、分身がやられてるのに何とも思わないのか?」
「えっ、何でですか? 分身なんて、所詮、他人じゃないですか」
あっけらかんと答えるピコ。
ユナは目を丸くした。
「ピコ、意外とドライなんだね……」
いつも見ているピコとは、少し違う一面だった。
***
しばらくすると、ピコが突然声を上げた。
「一部の分身たちが、“違和感のある空白”を発見したようです」
「ほんとか?」
カイが身を乗り出す。
「やっぱり! 生成元と拡散点を繋いでるポイントがあるんだ!」
ピコは端末に表示されたマップの一点を示した。
「……ここです。通信が最適化されすぎています」
「ってことは、最短経路……?」
「そこにバックドアがありそうだな。場所は?」
「仮想層の第7階層……“虚数ノード”です」
カイの口元が上がった。
「そこを叩けば……」
ユナも笑う。
「全部ひっくり返せるかもね」
点だった情報が、一本の線になった。
ユナは画面を見つめながら、ふっと笑った。
「あ〜あ。楽しかった逃亡生活も、これで終わりかあ〜」
「おまえ、楽しかったのか?」
「ふふ」
ユナは立ち上がった。
そして、いつもの大胆不敵な笑顔を浮かべる。
「じゃあ最後にさ、派手にやろっか」
その瞳には、もう迷いはなかった。
これまで逃げ続けていた少女は、ついに自分から敵の懐へ踏み込もうとしていた。




