↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
37/148

第11話①「花冠の約束」

白い光の中で、花々が揺れていた。


見渡す限りの花畑。

あたたかな風と、まぶしい陽射し。


幼いユナは、その中を駆け回っていた。


転びそうになっても、不思議と怖くない。


ここでは、何も失われない。


そんな気がしていた。


少し離れた場所から、母のユリが娘を見守っている。


「ユナ、そんなに走ったら転んじゃうわよ」


「だいじょうぶ!」


ユナは振り返り、満面の笑みを浮かべる。


「ママ、見て!」


空へ向かって、思いっきり手を伸ばす。


届かないはずなのに、届く気がした。


母に「大丈夫」と伝えたかった。


ユナは再び花畑へ戻ると、しゃがみ込んだ。


小さな手で花を選び、一本ずつつないでいく。


ほどけても、またやり直す。


何度も失敗して、それでも諦めない。


そして――。


「できた!」


ユナは完成した花冠を抱えて、ユリのもとへ駆けていく。


「はい、ママ!」


少し歪んでいて、不揃い。


それでも、一生懸命に編んだ花冠だった。


ユリは腰を落とし、娘からそれを受け取る。


「まあ……ありがとう」


ユナは背伸びをして、花冠を母の頭に乗せた。


花の香り。


その奥にある、母の匂い。


ユナが大好きな匂い。


「わたしね、大きくなったら――人の心をつなぐ仕事がしたいの!」


ユリをまっすぐ見上げる。


「ママみたいに、難しいことを考える人たちを笑顔にできるような人になりたい!」


ユリの瞳が、わずかに揺れた。


けれどユナには、それが嬉しそうな表情に見えた。


「きっとなれるわ、ユナ。あなたなら……」


ユリの手が、娘の頬に触れる。


あたたかい。


ずっと、このままでいたい。


そのとき、風が強く吹いた。


花びらが空へ舞い上がる。


ユナはそれを、ただ綺麗だと思った。


***


そして――十二歳になった日の朝。


「ユナ、ちょっと来て」


母に呼ばれ、ユナは書斎へ向かった。


扉を開ける。


そこには、いつもとは違う空気があった。


ユリは机の上に小さな箱を置いている。


そして、ゆっくりと蓋を開いた。


中に入っていたのは、青白いデータ光を放つ指輪だった。


「セラの指輪……」


ユナは息をのんだ。


仮想と現実をつなぐ力を操る一族の象徴。


族長セラの称号を継いだ者だけが持つ証。


それが今、自分の目の前にある。


ユリが告げる。


「これを、あなたに託したいの」


ユナは反射的に首を振った。


「なんで? 私、まだ子どもだよ? 族長にもなってないのに……」


言葉が詰まる。


「こんなの……重すぎるよ……!」


その重さが何なのか。


ユナ自身にも、うまく説明できなかった。


「ユナ、聞いて」


ユリの声には、迷いがなかった。


「私はこれから、あるプロジェクトを指揮することになる」


「プロジェクト……?」


聞き慣れた言葉なのに、胸の奥がざわつく。


「そう。人類の命運を左右するような、壮大なものよ」


ユリの言葉には、ほんのわずかな違和感があった。


「それが指輪と、どう関係があるの?」


ユナが問い返す。


ユリは少しだけ視線を落とし、寂しそうに笑った。


「私は、自分が正しいと思った道を進む」


そして、娘を見る。


「でも、それが人類を間違った方向へ導くものなら――」


ユリの声がわずかに揺れる。


「指輪の力で、私を止めてほしいの」


「……!」


ユナの息が詰まった。


意味を完全に理解したわけではない。


それでも、それが恐ろしいことだけは分かった。


「お願い、ユナ」


ユリは続ける。


「これは、一族の力を誰より強く受け継いだ、あなたにしか頼めないことなの」


母の声なのに、遠くから聞こえるようだった。


「そんなの……」


ユナは拳を握りしめる。


「勝手すぎるよ……!」


母を助けたい。


それなのに、母を止める役目を押し付けられている。


ユリは何も言い返さなかった。


ただ、戸惑う娘の手を取る。


その手は、あたたかい。


けれど、そこに込められた決意だけは冷たかった。


ユリは、ユナの指に指輪をはめる。


青白い光が、脈打つように灯った。


その瞬間。


ユナには、この指輪から逃げられなくなったように感じた。


***


ユナは自分の部屋へ戻ると、ドアを閉めた。


その瞬間、全身から力が抜ける。


ベッドへ潜り込み、顔を枕に埋めた。


声を殺そうとしても、涙が止まらない。


「ママなんて……」


言葉が途切れる。


胸の奥が痛い。


それでも、もう一度吐き出す。


「……大嫌い……!」


口にした瞬間、胸がさらに痛くなった。


部屋の中を、ドローンモードのピコが浮かんでいる。


「ユナ……」


困ったような声。


何を言えばいいのか分からない。


何をしてあげればいいのかも分からない。


だから、ただそばにいる。


ユナの小さな泣き声が、部屋の中に残り続けていた。


あの日、花畑で交わした約束。


「人の心をつなぐ仕事がしたい」


その夢のすぐ隣に――


母を止めるという、残酷な使命が置かれた。


十二歳のユナは、まだ知らなかった。


この指輪が、いつか自分の人生そのものを変えることを。


そして――


母との別れへ続く、最初の一歩になることを。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。