第10話②「逃避行のレシピ」
外では、大量のドローンと警備ロボが《Analog Mind Café》を取り囲んでいた。
サーチライトが建物の壁をなぞり、窓を白く照らしていく。遠くではサイレンが鳴り続けている。
逃げ道は、ほとんど残されていなかった。
ユナは窓の外を見つめ、それからカイへ視線を戻した。
「カイ、私たちのことはいいから、あなたは逃げて」
「なに言ってやがる」
即座に返ってきた言葉に、ユナがきょとんとする。
「……?」
カイは肩をすくめ、にやりと笑った。
「ここまで巻き込んでおいて、いまさら俺だけ逃げろはねえだろ」
そして、ユナの隣に並ぶ。
「最後まで付き合わせろよ。要はシステムをぶっ飛ばせばいいんだろ?」
「ほんと、完全にユナに感化されちゃってますねえ」
ピコが呆れたように言う。
ユナの顔が、みるみる明るくなった。
「カイ、だーい好き!」
勢いよく抱きつく。
「おいおい、そういうのは逃げ切れてからにしろ」
「逃走ルートを計算中。北の下層階が安全です!」
「よし、そこから逃げるぞ」
「ちょっと待って。逃げるんだったら……」
ユナは左手を掲げた。
指に嵌められた指輪が、青白い光を放つ。
「リアライズ!」
光がユナの全身を包み込む。
次の瞬間、服装が一変した。
サングラス。
派手なジャケット。
なぜか無駄にキラキラした装飾。
ユナは満足そうに胸を張る。
「こういうのってさ、逃げるほど愛が深まるやつでしょ?」
「いや、それ、映画的には、だいたい最後に撃たれるやつだろ」
「大丈夫!」
ユナはビシッと親指を立てた。
「私たちに明日はある!」
「根拠はゼロですが、勢いは満点ですね」
その瞬間、外壁に赤いレーザー照準が走った。
「ほら来たぞ! 行くぞ!」
「はーい、逃避行スタート!」
「状況のわりにテンション高いですねえ」
こうして、ユナ、カイ、ピコの逃避行が始まった。
地下通路を駆け抜け、地上へ出る。
そこは薄暗いガレージだった。
何台ものホバービークルが並んでいる。
「これは?」
「レジスタンスの車。1台使わせてもらおう」
カイが運転席へ滑り込む。
端末を操作すると、機体が低い駆動音を響かせた。車体が地面から浮き上がる。
「しっかりつかまってろ!」
アクセルを踏み込む。
ホバービークルは一気に加速し、ガレージから夜の街へ飛び出した。
高層ビルの間を縫うように走り、暗い道路を駆け抜けていく。
「どこに行く? 当てはあるのか?」
「アストラシティ第82地区に廃墟エリアがあります。再開発計画が停止したままの地区です。一旦、そこに身を隠すのが良いかと」
「じゃあ、そこに行こう」
しばらく走ったところで、後方からサイレンが聞こえてきた。
ユナが振り返る。
「やばい。警備ロボが追いかけてきてる!」
バックミラーに、赤い光がいくつも映っている。
ドローンの群れが、夜空を埋め尽くしていた。
「しつこいな!」
カイがアクセルを踏み込む。
だが、追跡部隊はさらに速度を上げてくる。
「来るよ!」
ダン! ダン! ダン!
銃弾が車体の横をかすめた。
「すげえな! 問答無用で撃ってきやがった!」
カイがハンドルを切る。
車体が大きく傾き、弾丸が背後へ抜けていった。
「ねえカイ、今の私たちってさ……ちょっとロマンチックじゃない?」
「銃で撃たれてる最中に言うセリフじゃねえな!」
再び銃撃。
車体が激しく揺れる。
カイは必死にハンドルを操りながら、さらに速度を上げていく。
その隣で、ユナは妙に落ち着いた顔をしていた。
「ねえ、もし私が撃たれたらどうする?」
「ああ!? 周りがうるさくて聞こえねえ!」
「むう……」
ユナが頬を膨らませる。
ピコが小声でつぶやいた。
「……あ、これやばいです。絶対、変なことする前触れです」
次の瞬間。
ユナがカイの耳をつかんだ。
「もし! 私が撃たれたらどうするっ?!」
「うわあぁっ!」
カイの体が跳ね、ホバービークルが大きく蛇行する。
「いきなり何だよ!?」
「どうなの?! 回答によっちゃ、タダじゃおかないよ!」
「このシチュエーションでカイを脅迫ですか?!」
カイは必死にハンドルを切りながら叫んだ。
「助けるに決まってるだろ!」
「即答いいね。満点」
ユナの不機嫌そうな顔が、一瞬で満面の笑みに変わった。
「よし。じゃあ、蹴散らしてやるか!」
「おい、何をする気だ!?」
ユナはサンルーフを開いた。
夜風が車内へ吹き込む。
そのまま身を乗り出し、後方を振り返る。
無数の銃弾が飛び交っている。
それでもユナは、まるで気にしていない。
左手の指輪を掲げる。
「リアライズ……」
淡い光が夜空へ広がっていく。
「――パラレル・アーカイブ:アルテミス・ムーンレイス」
背後に月光の輪が浮かび上がった。
周囲の空間が揺らぎ、無数の光子が一点へ収束していく。
現れたのは、半透明の弓。
その中央には、静かに輝く三日月が浮かんでいる。
ユナは弓を手に取った。
迷いはない。
弦を引き絞る。
光が一本の矢となって集束した。
「いっけー!」
矢が夜空へ放たれる。
キィン――ッ!
上空で矢が弾けた。
無数の光へと分裂し、夜空から降り注ぐ。
「――ムーンライト・シャワー!」
光の雨が、追跡していた警備ロボとドローンを次々と貫いた。
ドン!
ドン、ドン!
連鎖する爆発が夜空を赤く染める。
一瞬、周囲が昼のような明るさに包まれた。
やがて、後方から追ってくる機体は一つもなくなった。
ユナは満足そうに振り返る。
「これで逃げ切れそうだね♪」
ピコが淡々と告げる。
「器物破損に公務執行妨害。完全に犯罪者ですね」
「やれやれ……」
カイは呆れたように息を吐く。
それでも口元には、わずかな笑みが浮かんでいた。
「まあ、今さらか」
アクセルを踏み込む。
ホバービークルはさらに速度を上げ、夜の街を駆け抜けていく。
ユナは後部座席から夜空を見上げた。
ついさっきまで、自分たちは追われる身だった。
それでも、不思議と怖くなかった。
隣にはカイがいる。
そして、ピコもいる。
「ねえ、カイ」
「なんだ?」
「本当に、私たちに明日はあるのかな?」
カイは前を向いたまま答えた。
「あるだろ」
「即答?」
「ああ」
少しだけ間を置いて、カイは笑った。
「おまえがそう言ったんだからな」
ユナも笑った。
「そっか」
ホバービークルは、そのまま闇の中へ滑り込んでいった。




