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第10話①「真実は作れる」

暗い編集部屋。


複数のモニターに、ユナの姿が映し出されている。


画面を囲んでいるのは、編集作業を続ける三人の男女だった。


リサ、トモ、ジロウ。


互いにそう呼び合う三人の前で、一本の動画が完成しようとしていた。


「これで完成だね……」


トモがモニターを見つめる。


リサは満足そうに頷いた。


「“真実”は作れるのよ。取引先がそう言ってた」


「これを拡散すればいいのか?」


ジロウが確認する。


「ええ。“彼女”を潰せば、世界は少しだけ静かになるんだってさ」


トモは画面の中のユナを見る。


「でも、彼女、そんな悪いことするようには見えないよ」


「なに言ってんだよ。すでに証拠は上がっていて、それを裏付ける動画を作れって依頼なんだ」


ジロウが口を閉ざす。


「……その言葉だけを、信じていいのかな」


リサは肩をすくめた。


「何も悪いことしてるわけじゃない。それに、私たちは金が必要だろ」


「……そうだな」


モニターの中では、ユナがシン統治システムの中枢へ侵入し、重要データを盗み出している。


だが、それはすべて捏造された映像だった。


「真実」は、こうして作られていく。


***


閉店後の《Analog Mind Café》。


店内のテレビではニュース番組が流れている。


ユナはソファにうずくまり、足をぶらぶらさせながら画面を眺めていた。


「いやー、今日も忙しかったねー」


「新メニューのアフォガード・リベルタとアナログ・ティラミスが大好評ですね」


ピコが報告する。


「でしょでしょー! やっぱり“自由に楽しめる”って強いよねー」


「その分、仕込みの手間が倍になってるけどな」


カイがぼやく。


「細かいことは気にしない!」


ユナは端末を手に取った。


「うわっ、うちのメニュー、SNSでもバズりまくっているよ」


「ほんとか?」


カイも端末を覗き込む。


「こりゃ明日も忙しくなりそうだなあ。カイ、今から仕込み手伝ってー」


「おい、今日で、もう3日も手伝ってるんだぞ。そろそろ本業に戻らせろ」


ユナが、がばっと起き上がった。


「ええーっ、それは困る! 未来の店長候補なんだから!」


「なんで、そんな話になってるんだよ!」


「夢の中でそう話したじゃん!」


「おまえの夢の話なんて知らねえよ!」


「えー、ちゃんと“はい喜んで!”って言ってたよ? しかも泣きながら」


「言ってねえし、泣いてねえ!」


二人は、いつものように言い合いを始める。


その様子を見ながら、ピコが呟いた。


「あー、今日も平和ですねえ」


その瞬間だった。


テレビの音量が、不自然なほど大きくなる。


画面にノイズが走った。


そして、ニュース映像へ切り替わる。


『緊急速報です。シン統治システムは先ほど、大規模データ侵入事件の首謀者として――ユナ・セラフィムの逮捕命令を発令しました』


ユナとカイの動きが止まった。


画面には、ユナの姿が映し出されている。


『公開された証拠映像によりますと、容疑者ユナ・セラフィムは複数のセキュリティ層を突破し、機密データに不正アクセスを行い――』


シン統治システムの中枢へ侵入し、データを抜き取るユナ。


映像だけを見れば、疑いようのない犯行だった。


『さらに、反体制組織との接触が確認されており――近年発生している各都市のAI異常との関連も指摘されています』


画面が切り替わる。


先日のアストラタワー。


そしてロマネスク・シティ。


そこでも発生していたAI異常の映像が流れていく。


『シン統治システムは本件を“社会秩序を脅かす重大犯罪”と位置づけ、最優先での身柄確保を指示しました』


別画面には、追跡ドローンの映像。


『なお、市民の皆様には、対象人物の目撃情報の提供と、不要な接触を避けるよう呼びかけています』


画面にテロップが表示される。


【危険人物:ユナ・セラフィム】

接触注意/通報対象


ピコが即座に解析を開始する。


「映像解析中……」


カイはテレビを睨みつけた。


「なんだよこれ……! 俺たちは、AI異常を直した方だぞ!」


「……解析結果、異常なし」


「はあ!?」


「システム上、この映像は“真実”として登録されています」


カイの顔から血の気が引く。


「《VERITAS》はどうなってる!?」


《VERITAS》。


真実判定を行う、シン統治システムの公式アプリだ。


カイは端末を取り出し、ニュース映像を送信する。


判定結果が表示された。


《真実》


「どう、なってやがる……」


ユナは俯いたまま、テレビを見つめていた。


画面では何度も同じニュースが繰り返される。


『ユナ・セラフィムの逮捕命令――』


遠くから、サイレンの音が聞こえてきた。


ユナが小さく呟く。


「……ついに、このときが来たか」


カイがゆっくりとユナを見る。


「……説明しろ」


ユナは顔を上げなかった。


テレビの中では、“ユナが危険な存在である理由”が繰り返し語られている。


***


やがてユナが顔を上げた。


その表情に、驚きも怒りもなかった。


「……真実は捏造することができるってことだよ」


「なに言ってるんだ!」


カイは思わずユナに歩み寄り、肩をつかんだ。


「確かにフェイク画像やフェイクニュースの犯罪は後を絶たない。だが、そのためにシン統治システムや《VERITAS》があるんじゃないのか?」


声が荒くなる。


「このニュース映像は明らかにおかしい! だから、システムに直接持ち込んで判定してもらえば……!」


「無理だよ」


ユナはすぐに答えた。


「なんで、そう言い切れる?」


「……だって、このニュースを作ったのがシステムそのものだから」


ユナの瞳から、一筋の涙がこぼれ落ちる。


それでも声は揺れなかった。


「あのニュースは半分は嘘で、半分は本当なの」


カイが眉をひそめる。


「私は、このカフェをやる裏で、反シン統治システムのレジスタンスとして活動している」


「レジスタンス……?」


カイは、その言葉をそのまま繰り返した。


「カイ、今まで黙っていて申し訳ありません。我々はあなたを巻き込みたくなかったのです」


「何でだ?」


カイはすぐに問い返した。


「システムは社会の安定を司っているはずだ。それになぜ反抗しようとする?」


「かなり前からシステムがAIに乗っ取られていたとしたら?」


「そんなバカな!」


カイは即座に否定した。


シン統治システムは、世界最高峰の科学者たちによって作られた。


二人の人間。


AI。


そして確率。


その四者による協議で真実を判定する。


それが基本設計のはずだった。


それがAIに乗っ取られているなど、到底信じられない。


「でも、事実よ」


ユナは静かに続けた。


「実際、“最適化”を目的に、社会をAIにとって都合よく作り変えようとしている。それは、カイも見てきたはず」


カイの思考が止まった。


これまで遭遇してきたAI異常が脳裏をよぎる。


ありえない挙動。


説明のつかない判断。


積み重なっていた、数々の違和感。


「……それが本当だとして」


カイは言葉を絞り出した。


「なぜレジスタンスの組織全体ではなく、おまえだけを狙うんだ!」


ユナは左手を上げた。


指に光るリング。


「それはきっと、この指輪……」


その瞬間、ユナの表情がわずかに揺れた。


(ママ……)


母、ユリの顔が浮かぶ。


そのとき――


ビィィィーン。


低く鋭い音が響いた。


ドローンの飛行音。


近づいてくる。


カイが振り向いた。


現実が、二人に追いついてきた。

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