第9話④「重ねたものの行く先」
《Analog Mind Café》。
ロマネスク・シティから帰ってきたユナたちは、いよいよ新メニュー作りに取りかかっていた。
「改めて、新メニューの方向性はどうしましょう?」
ピコに促され、ユナはホワイトボードの前に立つ。
「うん。ロマネスクで学んだことをまとめると、こうなると思うの」
ペンを走らせる。
・バール・ヴェローチェ → シンプル
・アンティコ・ロマネスカ → 文脈あり
・ドルチェ・フェリチタ → 感情に刺さる
「まさに、その通りだな」
カイが頷く。
ユナは最後の一行を書き終えると、振り返った。
「だから――新メニューのコンセプトは、“物語を持ったドリンク&スイーツ”!」
書き終えた本人が、一番ワクワクしている。
「いいですね。それでやってみましょう」
三人は顔を見合わせた。
ここから、《Analog Mind Café》の新しい味が生まれる。
***
やがて、試作の皿がテーブルに並んだ。
最初にカイが前へ出る。
「まずはドリンクからだ」
差し出されたのは、小さなエスプレッソと、一口サイズのアイス。
「えっ、これだけ?」
「そう。これだけ」
あまりにもシンプルだった。
だが、カイの表情には確信がある。
「発想はアフォガード。それと……ロマネスクのカフェで、エスプレッソに砂糖やミルクを入れる人が意外と多かった」
「えっ、じゃあ……」
「ああ。このアイスは、ミルクと砂糖の代わりだ」
カイはスプーンでアイスをすくい、エスプレッソへ落とす。
じゅわっ。
白いアイスが、黒いコーヒーの中へ溶けていく。
「エスプレッソに入れてもいい。逆に、アイスにかけてもいい」
今度はエスプレッソをアイスへ。
とろりと流れ落ちる液体が、白いアイスの表情を変えていく。
「順番も、やり方も自由。完成形は――食べる人が決める」
カイが、その一杯をユナへ差し出した。
「え、なにそれ……。自由すぎて、ちょっとドキドキするんだけど!」
ユナはまず、一口。
「……あっ」
目がぱっと開く。
「うん、味は間違いない! しかも、どう食べるかで全然違う感じになる……楽しい、これ!」
カイは満足そうに親指を立てた。
「名付けて――アフォガード・リベルタ」
「リベルタ……“自由”かあ」
「これは素晴らしいです! 体験そのものに意味があって、まさに“物語を持った一品”です!」
ピコが嬉しそうに飛び跳ねる。
するとユナが、何かを思いついたように顔を上げた。
「ねえ、これさ。アイスも選べたらどう? バニラだけじゃなくて、抹茶とかチョコとか!」
「おっ……いいな、それ。“選ぶ自由”も追加か。採用だ」
「やった!」
「自由度がさらに拡張されましたね!」
テーブルの上にあった小さな一杯は、いつの間にか、ただのドリンクではなくなっていた。
自分で選び、自分で組み立て、自分だけの味を作る。
それそのものが、このメニューの物語だった。
こうして、新しい看板ドリンクが決まった。
***
次に、ユナがスイーツの試作を始める。
「私の発想のベースはティラミス。あの味に、もう一段、複雑さを重ねられたら……」
「いいな。でも、それ、どうやる?」
「うん。ちょっとケーキっぽくアレンジしてみる」
薄くスライスしたスポンジケーキに、エスプレッソをじんわり染み込ませる。
その上にマスカルポーネクリームを重ね、さらにスポンジ。
一層。
また一層。
「なるほど……。甘さと苦さの“積層”ですね」
「そう。それぞれを重ねて、一口ごとに変化する味にしたいの」
仕上げにココアパウダーを少し多めに振る。
「どうかな……?」
少し緊張した顔で、ユナはカイを見る。
カイが一口。
そして、もう一口。
「……うまい」
ユナの顔が輝く。
「甘さと苦さが同時に来るのに、ケーキの層でリズムができてる。ティラミスより“展開”があるな」
「やった……!」
「これ、フルーツを少し入れたら、さらに広がるかもな」
「それ、やってみよう!」
ユナはすぐに色とりどりのフルーツを取り出した。
ベリー、オレンジ、キウイ。
あれもこれもと乗せていく。
「完成!」
「……あれ?」
カイが首をかしげる。
「どうしました?」
「ちょっと食ってみろ」
「うん」
ユナも一口。
「……あっ」
二人の視線が皿へ落ちる。
「フルーツ乗せすぎた!」
「うん。欲張りすぎたな」
「バランス崩れてる……!」
だが、ユナはすぐに顔を上げた。
「そっか……じゃあ、絞ろう」
ベリーだけを残し、薄くスライスして重ね直す。
そして、試作第二弾。
カイが口に運ぶ。
「……すげえ」
「ほんと?」
「ああ。情報量は増えてるのに、ちゃんとまとまってる」
ユナが息を止める。
「これは完成形に近い」
その言葉を聞いた瞬間、ユナの顔が一気にほどけた。
「……これだ」
そして、笑う。
「これだよっ……!」
何度も失敗した。
迷って、試して、やり直して。
ロマネスク・シティで見つけたもの。
シンプルさ。
文化の文脈。
人の感情。
それらが今、一つの皿の上で形になっていた。
「やりましたね、ユナ。新メニューの名前は?」
ユナは少し考える。
「アナログ・ティラミス……かな」
「いいな、それ」
「このお店の名前を入れたいの」
ユナは完成したスイーツを見つめる。
「それくらい……大事な一品だから」
「……そっか」
カイが柔らかく笑った。
テーブルの上には、二つの新メニュー。
アフォガード・リベルタ。
アナログ・ティラミス。
ユナは二つを見つめる。
(これが……私たちの新メニュー)
(誰かのために、ちゃんと“おいしい時間”を作れるもの)
その瞬間――。
ザザッ。
視界が揺れた。
気づけば、そこは同じ《Analog Mind Café》。
だが、目の前にいるのはユナとカイだけではなかった。
見知らぬ少女がいる。
ショートカットの髪。
十代後半くらいだろうか。
少女は、アナログ・ティラミスを本当においしそうに食べていた。
その様子を、少し離れた場所から見守るユナとカイ。
二人とも、穏やかに笑っている。
そこには、不思議なほど温かな光景があった。
「えっ……?」
ユナが手を伸ばす。
パチン。
次の瞬間、景色は消えた。
「……あれっ!?」
「どうした、ユナ?」
カイが心配そうに顔を覗き込む。
「なんか……一瞬、すごく不思議な景色が見えたの」
「なんだそれ?」
ユナはカイを見つめる。
そして、恐る恐る尋ねた。
「ねえ、カイ」
「ん?」
「あなた、隠し子とかいないよね?」
「はあ!?」
カイが思わず叫ぶ。
「いきなり何言ってんだ。いるわけないだろ!」
「だよね……」
ユナはほっとしたように笑う。
そして、そのままカイへぎゅっと抱きついた。
「ごめん。変なこと言った」
少しだけ強く抱きしめる。
カイは驚きながらも、その身体をそっと受け止めた。
「ねえ、カイ」
「ん?」
「私、がんばったよね。新メニュー作り」
「ああ。すげえ頑張った」
カイの声が少しだけ優しくなる。
「じゃあ……ご褒美に、いい子いい子して」
「……ったく」
カイは少し照れながら息をついた。
それでも、ユナの頭に手を置く。
ぽん。
そして、ゆっくり撫でる。
「えへへ……」
ユナは目を細め、嬉しそうに笑った。
ピコは、その二人をじっと見守っている。
この時間が、ずっと続けばいい。
そんな気持ちを、誰も言葉にはしなかった。
カイはユナの頭を撫でながら、ふと思う。
(このとき――俺は、これ以上ないくらい満たされた気持ちだった)
(でも、このあと、とんでもないことが起きるなんて――)
(まだ、知るはずもなかった)
《第9話・終わり》
次回予告
「さっきまで、いつもの日常だったのに。
コーヒー淹れて、バカみたいな話して、笑って――。
それがいきなり、世界から追われる側なんて。
なんか、ちょっと理不尽すぎない?」
「でも……すごく不思議。
こんな状況なのに、隣にはちゃんとカイがいて、一緒に笑って、抱きしめてくれる。
世界の果てに取り残されたみたいで、すごく寂しいはずなのに――。
これ以上ないくらいに幸せだなって、思ってる自分がいる」
「逃げるって、ただ怖いだけじゃなくて――。
もしかしたら、“自由”に近いのかもしれない」
次回、
『フラグメンツ・オブ・トゥルース~最後の投擲~』
第10話「逃避行のレシピ」。
「ねえ、カイ。
この逃避行――どこまで行けると思う?」
※作者の活動報告に各話のコメントを書いています。
https://syosetu.com/userblog/list/




