第9話③「おいしさの最適解」
ユナが指輪を掲げる。
淡い光が三人の身体を包み込み、次の瞬間、足元から現実の感覚が消えた。
気づけば、そこは仮想層だった。
ユナは勢いよく腕を振り上げる。
「パラレル・アーカイブ:クサナギ・カムフローラ!エクスカリバー・ライトエディション!」
テンションが一段階跳ね上がる。
前回と同じように、ユナの手元にクサナギとエクスカリバーが顕現した。
そしてエクスカリバーをカイへ差し出す。
「はい、カイ!」
「なんで俺が毎回これ持つ役なんだよ……」
「似合ってるから!」
「理由になってねえ!」
二人は武器を手に、仮想層の奥へ進んでいく。
入口付近では、本来の注文データがぐにゃりと歪んでいた。
ティラミスは別のスイーツへ。
アフォガードは別の飲み物へ。
客が注文したはずのメニューが、AIによって「最適」と判断されたものへ強制的に書き換えられている。
「うわ、勝手に全部変えてる……。早く戻さないと!」
「ああ、行こう!」
二人は通路を駆け出した。
その後ろを、ピコがふわりと追従する。
すると、通路の先に人影が現れた。
白いコック帽。
パティシエの制服。
整った姿勢。
だが、その顔には表情がない。
顔の中心だけが、黒く塗り潰されたような闇になっている。
まるで、そこだけ「虚無」が存在しているようだった。
カイがエクスカリバーを構える。
「こいつが異常の原因か」
しかしユナは、武器ではなく指を突きつけた。
「ちょっと!」
「何だ?」
「“感情の起伏が激しく、糖質消費量が高い”って、どういうことよ!」
「気にするの、そこか?!」
ピコが小さく首を傾げる。
「完全に根に持っていますね」
AIパティシエの口元が、わずかに動いた。
「人間は、実に無駄な行動、無駄な消費が多い……」
闇の奥から、低く冷たい声が響く。
「その中でも、おまえは特に無駄が多い。だから我々AIが、最適化してやらねばならぬのだ」
ピコが感心したように言う。
「すごい。精度の高い分析です」
カイも頷く。
「ああ、ぐうの音も出ないな」
「カイ! ピコ! どっちの味方なのよ!!」
ユナは顔を真っ赤にして、じたばたする。
「納得してないで反論しなさいよ!」
そして胸を張った。
「私はね! 食べたいものを、食べたいときに食べるの! それが一番おいしいの!!」
「非合理。非効率。ゆえに、排除対象だ」
「排除すんな!!」
AIパティシエが手を上げる。
「ならば――どちらが正しいか、勝負だ」
「勝負?」
次の瞬間。
ガン!
ガン!
ガン!
巨大なタイルが、ユナとカイの周囲へ次々と落下してきた。
「ちょっ、なにこれ!? 落ちゲー?!」
「いや、見ろ。これ……配置用だ。完全にボードゲームだろ」
ピコが即座に解析する。
「解析完了。タイル配置型ゲームです。ルールに従って勝敗が決まる形式ですね」
ユナはタイルを見渡し、口角を上げた。
「ふーん。この私にボードゲームで勝負を挑むなんて、いい度胸してるじゃない」
「いや、その自信どこから来るんだよ……!」
AIパティシエが一歩前へ出た。
「ルールは簡単だ。このプレートをつなげて、ひとつのデザートを完成させる」
空中に、色とりどりのタイルが浮かび上がった。
ユナの目が輝く。
「これ……カルカソンヌだ……」
「カルカソンヌ?」
「うん。タイルを置いて道や街をつなぐゲーム。それをデザートに置き換えてるみたい」
「ほう。行動は非効率だが、理解はそこそこ早いようだな」
「ちょっと! 褒めてる風にディスるのやめてくれる!?」
AIパティシエが手をかざす。
空中にルールが表示された。
道はスイートソースとビターソース。
城はケーキ層。
草原はクリームエリア。
修道院はデコレーション。
そしてミープルの代わりに、フルーツを配置する。
タイルを一枚ずつ置き、つながったエリアを完成させれば得点。
フルーツを置いた場所が完成すれば、その支配権に応じて点数が加算される。
さらに、ソースの美しいつながりや、全体の味のバランスによって追加点が入る。
最終的にスコアが高い方が勝者。
カイがルールを確認する。
「なるほどな。“どこにつなげるか”と“いつ置くか”が重要ってわけか」
「はい。さらに、どこにフルーツを置くかで得点効率が大きく変わります」
ユナは腕を組んだ。
「ほぼカルカソンヌそのままだけど……“味のバランスで追加点”。ここがクセ強いわね」
「つまり、ただつなげりゃいいわけじゃない、と」
「はい。“おいしそうかどうか”まで評価されます!」
カイが眉をひそめる。
「急に抽象度が上がったな……」
ユナはにやりと笑った。
「でも逆に言えば――感覚も武器になるってことよね?」
AIパティシエは即答する。
「感覚など誤差にすぎん。最適解は常に一つだ」
ユナがクサナギを構えた。
「その“最適解”、ぶっ壊してあげる!」
「頼むからルール内で壊せよ……」
「それでは――スイーツ最適化バトル、開始です!」
こうして、勝負が始まった。
ところが序盤は、完全にAIパティシエの独壇場だった。
無駄ゼロ。
効率優先。
AIパティシエは迷うことなくタイルを配置していく。
ポンッ!
タイルがつながるたび、目の前に美しく整ったデザートが生成される。
スコアが一気に積み上がった。
「くそっ、また先を越された!」
一方、ユナの盤面はというと――。
「ユナ、その配置だとビターソースが偏りすぎです。全体が苦くなってしまいますよ」
「やはり人間は非効率。最適解から外れている」
「大丈夫大丈夫!」
根拠のない自信。
「いや、だいぶ怪しいぞ、それ!」
ユナは次のタイルを手に取った。
そして、にやっと笑う。
「……“今は”ね」
タイルを置く。
ポンッ!
完成したケーキは、少しアンバランス。
得点も平凡だった。
「うーん……点数は伸びてないな……」
ところが次の瞬間。
スコアが跳ね上がった。
「……は?」
カイが表示を見つめる。
「な、なんだこれ!?」
数字は――20点。
「すげえ、20点だ!」
「なにっ?!」
AIパティシエの声が初めて揺らいだ。
ユナはくるりと振り向き、得意げに笑う。
「どう、見た!?」
そして盤面を指差した。
「甘さと苦さ、単体で見るからバランスが悪く見えるの。でも、重ねると“コントラスト”になる!」
「味の情報量が増えて、奥行きと変化が生まれる! それが――“おいしい”ってこと!」
ピコが目を輝かせる。
「まさにアフォガードの構造……! 対極の組み合わせによる相乗効果ですね!」
「さっきの“わざと偏らせた”のも、全部このためか……!」
「そ。最初から狙ってた!」
AIパティシエの身体を、わずかなノイズが走った。
「……その配置は非合理。再現性がない。誤差だ」
「じゃあ、もう一回やってみる?」
ユナが次のタイルを置く。
ポンッ!
再び高得点。
「……!」
AIパティシエの計算ログが乱れ始めた。
「“おいしさ”はね、一個の正解じゃないの」
ユナは笑った。
「混ざって、変わって、その瞬間ごとに違う――だから面白いんだよ!」
「解析不能領域に突入しています……!」
「いいぞユナ、そのまま押し切れ!」
ユナの勢いは止まらない。
タイルの上へ、これでもかとフルーツを配置していく。
「ユナ、そんなにフルーツを置いても、支配権は変わりませんよ」
「大丈夫大丈夫!」
AIパティシエの演算が乱れていく。
(また何か狙っている……! 何だ? 何が来る……!?)
ポンッ!
生成されたのは、フルーツが山のように積み上がった巨大なケーキだった。
芸術なのか事故なのか、判断不能。
そして――。
40点。
「よ、40!?」
「なぜだ?!」
ユナは胸を張った。
「無駄ゼロ、効率優先のあなたには絶対わからないでしょうね」
そして、ケーキを指差す。
「これが――“映え”だよ!」
「映え……だと?」
「人はね、味覚だけじゃないの。視覚、香り、雰囲気……ぜーんぶひっくるめて“おいしい”になるの!」
「だから、見た瞬間にテンション上がるのも、立派な価値!」
「視覚的満足度がスコアに影響……。システムが想定していない評価軸です!」
「そんな非合理な評価……許容できるはずがない……!」
ユナはクサナギを構える。
「そう。人間は非合理で非効率。でもね――その“ムダ”を楽しめるのが、人間なの!」
カイが苦笑する。
「なんかいいこと言ってる風だけど、だいぶ勢いだぞ、それ!」
「勢いも大事なの!」
「認めん……認めんぞぉぉぉっっ!!!」
AIパティシエの身体が、ドロリと崩れた。
巨大なケーキのモンスターへと変貌する。
クリームがうねり、フルーツが牙のように並ぶ。
ユナとカイは同時に跳躍した。
「本当のおいしさがわからないやつは――!」
「ここでまとめて修正だ!」
「くらえ、ケーキ!」
「入刀ォォ!!!」
ズバァッッ!!!
巨大なケーキモンスターが真っ二つに割れる。
きらめく光の粒子となって、跡形もなく消えていった。
ユナはくるりと振り返り、親指を立てる。
「カイ! 私たちの“共同作業”、完璧だったね! この調子で結婚式もいけそうだね♪」
「いや、本番で今のサイズのケーキ入刀やったら、参列者がざわつくわ」
「え、じゃあもっと派手にする?」
「そういう問題じゃねえだろ」
ユナがにやっと笑った。
「でもさ、いま“本番”って言ったよね?」
「……うっ、い、言ってない」
「言った!」
「言ってない!」
「録音再生しますか?」
「しなくていい!」
「ほらほら〜、照れてる〜!」
ユナが勢いよく抱きつく。
「うわっ、重っ……じゃなくて近い! 倒れる!」
「“共同作業”の距離感が急激に縮まっていますね」
「分析すんな!!」
騒がしい二人をよそに、仮想層で書き換えられていた注文データが、ゆっくりと元の状態へ戻っていく。
最適化されすぎた世界に、少しずつ、人間らしい“余白”が戻り始めていた。




